【06】危険人物


 『失踪した高校生二人のバイク見つかる』


 10月10日の早朝から行方が解らなくなっていた赤牟市在住の有坂克也さん(17)と豊口圭吾さん(17)の乗っていたバイクが、猿川森林公園キャンプ場の駐車場で発見された。

 警察は二人が付近の山林でトラブルに合い遭難したものと見て、地元消防団や猟友会と連携し、引き続き捜索にあたるとした。


(2010年、地方新聞のニュースサイトより抜粋)




「やあ。こんにちわ。君たち、ひま?」

 ニヤニヤと笑う男の姿を足の先から頭のてっぺんまで、茅野循は素早く観察する。

 そして、素っ気なく言い放った。

「忙しいわ。ナンパなら、よそでお願い」

「つれないね。これから、どこか行くの? もしそうなら僕らのバイクの後ろに乗ってく?」

「けっこうです」

 茅野は立ちあがる。そして、桜井に向かって、

「行くわよ」

「あ、うん……」

 桜井も立ちあがり茅野に続く。そのまま店を後にした。

 そして駐輪場で自転車の鍵を外しながら桜井が何かを思い出した様子で笑う。

「そういえば、前もこんな事、あったよね。五十嵐脳病院のとき」

 すると茅野は神妙な顔つきで言う。

「あの二人組、もしかすると、あのときの不良どもより危険かもしれないわ」

「危険?」

 桜井は自転車に股がると首を傾げながら聞き返す。

「あの二人、いかにもバイカーといった格好だった」

「そうだね。あたしたちと同い年ぐらいかな?」

 茅野が頷く。

「私にもそう見えた」

「でも、何かおかしいところあった? あーゆう、軽いノリのナンパ男、あたしは嫌いだけどさあ」

「梨沙さん、よく見て。この駐輪場」

 桜井は茅野の言葉を受けて駐輪場を見渡す。

「ん……?」

「私たちの自転車しか停まってないわ」

「あ……本当だ」

 はっとして、桜井は茅野の顔を見た。

「彼らのバイクはどこにあるのかしら? 確かあの二人組は私たちより前に店にいた。私たちがここにきて自転車を停めた時も、駐輪場は空だった・・・・・・・・。私たち以外の自転車は見当たらなかったわ。それに駐車場にも……」

「トラックだけだね」

 大型トラックが三台停まっている。他に軽自動車が二台。

「トラックの運転手には見えないわ。あの二人組」

「うん。確か私たちとあの二人組を抜かした客は、三人だった。店員は二人……」

 茅野は再び首肯する。

「その通りよ。あの二人組、バイクに乗ってきたというのが嘘だとしても、こんな山沿いの国道にあるラーメン屋まで、徒歩で何をしにきたのかしら?」

「自転車のあたしたちも大概だけど。でもおかしいね。バス停は近くになかったし。いったい何なのかな?」

「まだ、なんとも言えない。でも……」

 そこで、いったん言葉を切って……。

「嫌な予感がする」

 と、続けた。

「循らしくない曖昧な言葉だけど……それは余程の事だね。きっと」

 桜井も滅多に臆す事のない親友の態度に、ただならぬ物を感じたようだ。

「兎に角、ああいう手合いは無視よ。明らかに怪しいもの」

「うん」

 桜井と茅野は自転車を漕ぎ出す。

 そして駐車場を出る時だった。硝子張りの壁の向こうに見える座敷席で、例の二人組が彼女たちの方をじっと見ていた。

 猫に似た男はニタニタと笑い、背の高い方は無表情で眼だけをギョロギョロと動かしている。

 桜井と茅野は無視して『辛味噌じゅうべえ』の駐車場を後にすると、再び猿川森林公園キャンプ場を目指した。




 山肌にそってカーブを描く道の左側に猿川森林公園キャンプ場の駐車場が見えてきた。

 そこに自転車を停める。

「今から九年前、行方不明になった高校生たちのバイクが、この駐車場で見つかったらしいわ」

「ふうん」

 桜井は周囲を見渡しながら気のない返事をした。

「取り合えず、キャンプ場に行って、テントを設営しましょう。それから探索よ」

「りょうかーい」

 二人は駐車場の奥にある森の小道の先へと向かった。

 やがて小道は、なだらかな下り坂となり、視界が開ける。

 そこには山毛欅ぶなもみじの木々に囲まれた草原があった。

 もう少し経てば、紅葉こうようが見頃になるだろう。

 いくつかのテントが点在し、そこでは若者や家族連れが思い思いの時間を過ごしていた。

「東京ドームよりは狭いわね」

「そだね」

 桜井は、その茅野の言葉に同意すると、

「……まあ、とりあえず、晩ごはんは期待していてよ。腕に寄りをかけたキャンプ飯を作るから」

「楽しみにしているわ」

 ……などと、いつも通りの呑気な会話を交わしながら、坂道を降りたすぐ左にあるログハウス風の管理小屋へ向かう。

 そこで受付を済ませ、まきを購入した後に、適当な場所でテントの設営にかかる。

 それから貴重品や探索に必要な荷物を持って、キャンプ場を後にした。

 再び駐車場に戻り、山沿いにカーブする道の先へと向かう。

 すると、やがて右側に荒れ果てた山道が見えてくる。

 かつて、その入り口を塞いでいた遮断機の棒は折れてなくなっていた。

 山道は、おびただしいすすきや猫じゃらしなどの雑草に覆われ、沿道からも木の枝が飛び出している。

「これは、厄介だね」

 全然、厄介そうに聞こえない口調でそう言いながら、桜井はリュックから山鉈を取り出す。

「じゃあ、あたしが先に行くからついてきてよ」

「お願いするわ。梨沙さん」

 そう言って循は、撮影の準備を終えたデジタル一眼カメラを構える。

 桜井が鉈で背の高い雑草や沿道に飛び出した木々をぶった切りながら進む。

「うりゃ! うりゃ! うりゃ! うりゃ……あははは」

 楽しそうである。

「いいわ! 梨沙さん。その調子よ」

 その少し後ろを歩く茅野。彼女もなぜか楽しそうだ。


 ……そうして二人は、旧猿川村トンネルの前まで到着した。

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