【04】人間のクズ
グラスの中で氷が揺れる音。
酔客のもたらす話題に、女たちが
そこは県庁所在地の駅近くにある、うらぶれた飲み屋街だった。その一角にある“キャバレーギャラクシア”の店内での事。
小茂田源造が煙草を唇に挟むと、すぐに左隣のキャバ嬢がライターを差し出して火をつけた。
小茂田は右隣の女に腕を回しながら、勢いよく白煙を噴射する。
「あー、オレはよぉ、生まれる時代、間違ったんだよなぁ……」
小茂田は麦焼酎のつがれたロックグラスを
煙草を吸い、煙を吹き出しながら赤ら顔で左右のキャバ嬢を見渡した。
「……
キャバ嬢たちは首を縦に振ったり、首を傾げて「知らないですぅ」と鼻にかかった馬鹿っぽい声を出す。
しかし、彼女たちは前田慶次の事を知らない振りをしているだけだった。
あらゆる客の色々な話題に対応しなければならないキャバ嬢は、様々なジャンルの物事について実によく知っている。
前田慶次ほど有名な戦国武将の名前だけで、マウントが取れると思っている小茂田の方が、彼女たちを見くびり過ぎである。
しかし、ここで『知ってる』などと言えば、小茂田の機嫌が目に見えて悪くなるので、彼女たちは無知な振りをしているだけだった。
そんな風に気を使われているとは知らない小茂田は上機嫌で語り続ける。
「前田慶次はさぁ……
実は小茂田も前田慶次がどういう人物かよく解っていなかった。パチンコで何となく名前を知っただけに過ぎない。
「あー、オレもなぁ……戦国時代に生まれていれば前田慶次のように評価されたのになあー」
そう言って、小茂田は焼酎のグラスを一気に空けて、テーブルに勢いよく叩きつけた。
「でも、源造さんって、この辺じゃ有名なんですよね?」
「ん、おうよ……レイコちゃん知ってるのオレの事?」
「ええ。噂で……」
小茂田源造。
若い頃は、この辺一帯で活動していた暴走族“
彼は喧嘩の強さなどよりも、自分と敵対した者を容赦なく
あるときなど、敵対したグループのリーダーの寝込みを家族ごと襲った。
四人家族だったその一家を
結果、そのリーダーは今でも車椅子での生活を余儀なくされ、彼の一家は離散した。
この事件で何人かの少年が逮捕されたが、小茂田に捜査の手が及ぶ事はなかった。
県警の関係者である彼の叔父が、小茂田富子の要請で便宜を図ったからだった。
「オレが声をかければ百人は軽く動くから」
赤ら顔で新たにつがれた焼酎を呷る小茂田。
彼の話は事実で、かつての小茂田源造は悪童の王様だった。
しかし、それはもう二十年近く前の話である。
今の小茂田は王様でも何でもない、ただの酔っぱらいの中年でしかなかった。
小茂田源造は焦っていた。
彼は愚かであったが、自分の現状が解らない程ではなかった。
もう三十半ばを過ぎて、昔一緒に馬鹿をやっていたかつての仲間たちは、そろいもそろってまともな職につき、結婚して子供までいる。
大人になってすぐの頃は、いつまでも昔のやんちゃなままの自分を誇り、どんどんとまっとうになってゆく仲間たちを鼻で笑って見くだしていた。
そんな彼がようやく自分の愚かさに気がつき始めたのは、三十歳が目前と迫った頃だった。
若い頃は自分が号令をかければ、真夜中でも飛んでくる仲間たちが、嘘や冗談抜きに百はいた。
しかし、根気よく彼と交遊を持つ者は年々減り続け、ついには片手の指で収まる程度にまで数を減少させた。
その数少ない仲間たちも、まるで自分たちが十代の頃に馬鹿にしていた大人たちのような顔でつまらない言葉を喋るようになっていた。
対する自分は未だに汚い
仲間たちが事ある事に口にする『源ちゃんは変わらない』という言葉。
それが何だが馬鹿にされているように聞こえ始めたのもこの頃からだった。
そんな時に出会ったのが、小中高と同じ学校で来津市出身の
この頃の愛弓は、ホスト崩れの馬鹿な男に引っかかり、その男を養う為に昼間のレジ打ちに加えて慣れない夜の仕事をやり始めたばかりだった。
その彼女が働き始めた店で偶然にも二人は顔を合わせた。
愛弓はどちらかというと大人しく真面目な性格で、やんちゃな小茂田とはまったく接点がなかった。
しかし、話すうちにお互い馬が合う事が解り、小茂田の強引なアプローチもあって、すぐに男女の仲となった。
そして、小茂田は愛弓の身体に刻まれた無数の痣から彼女がDVを受けている事を知った。
彼はすぐに、そのホスト崩れのヒモ男を物理的にも精神的にも入念に追い込み、二度と愛弓に近づかない事を念書つきで誓わせた。
この一件で二人の絆はより深い物となる。
しかし、小茂田は後から当時を振り返り、自分は愛弓の事を本気で愛していた訳ではなかったのだろうと、自己分析していた。
単に周りの仲間たちのようにまともなレールに乗りたかったのだと。結婚はその為に必要な儀式だったのだと……。
更に愛弓は、まともな幸せを掴み損ねた女で、まともな大人になりそこねた自分と同じレベルに思えた。
そんな彼女がちょうどよかったのだと小茂田は結論付けていた。
「……オレだって、本気を出せば、アイディアいっぱつドカンよ? 金がザクザク」
小茂田は泥酔しながら軽快に語り続ける。
キャバ嬢たちは、流石のプロフェッショナルといったところで、彼の益体もない話に的確な相づちを返し、自然に見える作り笑いを絶やさない。
「
そこでふと、小茂田は思い出す。
先月、昔の仲間だった
棚橋は昔、黒鬼死隊の副長で小茂田の参謀だった。
背中を預けて喧嘩もしたし、一緒になってパトカーを煽った事もあった。
小茂田とは違い地頭が良く、高校卒業後は大学に進学して、今は県南の離れた町で働いている。
きっと、彼なら上手く動いて昔のように仲間を集めてくれるだろう。
そして、その仲間たちと共に再び登りつめるのだ。
小茂田は嬢たちに「ちょっと、ションベン」と言って席を立ち、トイレへ続く通路で棚橋に電話をかけた。
しかし……。
『現在、おかけになった電話番号は使われておりません……』
その無機質な音声を聞いた途端、小茂田は
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