【02】ラブホテルに詳しい茅野さん


 九月最初の三連休の初日であった。

 山中を突っ切る路線の上を電車は走る。

 右手の車窓には崖の下を流れる渓流があった。

「ひゃー。これが、どまん中弁当!」

 と、言いながら四人がけの座席で、膝の上に乗せた駅弁の蓋を開けたのは、桜井梨沙である。

 ふっくらと炊きあげたブランド米の上にブランド牛のそぼろと煮つけが乗っている。

「タレの匂いがたまらないわね」

 その向かいの窓際に座り同じように弁当を膝に乗せ、口にくわえた割り箸を割るのは茅野循であった。

 今回二人は三連休を利用して隣県へと遠征にきていた。

 もちろん、心霊スポット探訪である。

 因みに交通費は先日のゴニンメサマ事件でせしめた依頼料が当てられた。

「……んで、今回はどんなところなの?」

 桜井がタレの染み込んだごはんと牛肉を口の中でもぐもぐしながら問う。すると茅野は得意気に鼻を鳴らした。

「その名もずばり“クリスタルパレス”よ」

 そう言って、どこぞからか見つけてきたドクターペッパーのリングプルに指をかける。

「まるで、RPGに出てくるダンジョンの名前みたいだね」

「クリスタルパレスはタワー型のラブホテルよ」

「タワー型?」

 桜井がポリ瓶のほうじ茶を、ずずず……すすった。

「普通のビジネスホテルなんかと同じタイプね。フロントがあって、そこで部屋を選んだり清算をしたりするの」

「ふうん……」

 と、いつものいまいち理解していない感じの相づちを打つ桜井。

「他にはどんなタイプがあるの?」

「戸建て型とモーテル型ね」

「色々とあるんだねえ」

「戸建て型は、ホテルの敷地内にガレージのついたコテージが何棟かあって、大抵はガレージに車を停める事でコテージの電子ロックが開く仕組みになっているわ」

「ふうん……それで?」

「会計は退出時に専用の清算機で行われるの。こうした戸建て型のメリットは、フロントなどで他の客や従業員と顔を合わせないで済む事だと言われているけど。それで、モーテル型は……」

 と、そこで茅野は桜井がにやついている事に気がつく。

 怪訝けげんそうに眉をひそめて問う。

「何なのよ……?」

「循はラブホテルに詳しいねえ」

「なっ……」

 茅野の顔が真っ赤に染まる。

「わっ、私は……べっ、別に雑学として、知ってるだけで、そういう、いかがわしい場所には……ネットで見ただけだし……別に詳しくなんか」

「循って、たまに、えっちなネタであたしの事、からかってくるときあるけど、自分は防御力0だよね」

「な……梨沙さんの癖に……」

「ふふふん」

 完全に一本取られた茅野は「おほん」と盛大に咳払いをして誤魔化す。

「……兎も角、話を戻すけど、今から七年前ね」

「だいたい、あたしらが知り合った時ぐらい?」

「そうね。……それで、そのホテルの三号室に宿泊していたカップルが無理心中を図ったらしいの。かなり凄惨な現場だったというわ」

「やばいねー」と、全然やばくなさそうな口調の桜井だった。ごはんと牛そぼろを一気にかき込む。

「……で、そのカップルの幽霊が出るの?」

「そうね。他には、肝試しに訪れた人の話によると、三号室に入った途端に頭痛がしたり、気分が悪くなったりしたなんて話もあるわ」

 桜井は、ほうじ茶を啜り神妙な表情になる。

「呪い……なのかな?」

「解らないわ……それで、今年の六月頃の事なんだけれど。その三号室で、身元不明の男の死体が見つかったらしいの。死後、数ヵ月は経過していて死体は腐乱していたらしいわ」

 そう言って、茅野も弁当を食べ始める。

「何で、その人は死んだの?」

 桜井の問いに、茅野はドクターペッパーに口をつけながらかぶりを振る。

「死因は発表されてない……というか、多分だけど検死なんか、ろくにされていないと思うわ。勝手に入り込んだ浮浪者だろうと、ネットニュースの記事には書かれていたけれど。目立った外傷はなかったらしいから事件性はなしと判断されたでしょうね」

「まさか、カップルの霊に祟り殺されたとか……」

「さあ」と茅野は肩をすくめる。

「取り合えず、今日はホテルに一泊して、明日の朝、現地に向かいましょう」

「りょうかーい」

 二人はしばし弁当を食べるのに集中する。

 そして、次の駅の社内アナウンスが聞こえてくると……。

「ねえ、循」

 おもむろに桜井が顔をあげた。

「今日、あたしたちが泊まるところって、ラブホテル?」

「ばっ、馬鹿。違うわよ……。そもそも、最近はそういう宿泊施設では女子会なんかのプランもあるみたいで、別に男女がえっちな目的以外でも、アミューズメントとしての……」

 凄まじい早口でまくし立てる茅野。桜井はニマニマと笑いながら肩を竦める。

「はいはい」

「梨沙さん、もう……」

 茅野はむくれてドクターペッパーを一気に飲み干した。

 そして、せ返った。




 宿泊先のビジネスホテルのロビーで、九尾天全はノートパソコンを開き、珈琲カップを手に取った。

 画面には、廃墟マニアのブログが映し出されている。

 この町の郊外を走る国道沿いに所在するクリスタルパレスという名前のラブホテル跡だった。

「ここで間違いない……」

 あのかびの生えた高野豆腐のような建物。

 いかにも廃墟然はいきょぜんとしたその佇まいから、その方面で検索してみると、あっさり見つける事ができた。

 このホテルから近くはないが、さほど離れてもいない。徒歩では少しきつい距離だった。

 そして、そのサイトによれば今から三ヶ月ほど前、浮浪者の男の遺体が発見されたのだという。

 その発見された場所というのが、過去に凄惨な無理心中事件が起こった部屋らしい。

 九尾は、その三ヶ月前に遺体となって発見された男が、あの不気味な男なのではないかと推測した。

「……とりあえず」

 九尾はスマホを取り出すと原田常務に電話をかける。

 この男がオカシンと何らかの関わりがないかを聞く為だ。

 しかし、通話は繋がらなかった。

 仕方がないのでクリスタルパレスについての質問をメールで送り、折り返しの電話を待つかたわらで、食事を取る事にする。

 ノートパソコンをスリープにして閉じると大きく欠伸をした。

 すると、そのときだった。

 フロントで二人の少女がチェックインの手続きをするところが目に映った。

 一人は小柄で、癖のある栗毛を後頭部で尻尾のように揺らす可愛らしい少女。

 もう一人は、長い黒髪で背が高くスタイルのよい少女だった。

「今日の夕御飯は近くにあるラーメン屋にしましょう」

「いえーい。冷やしラーメン! まだ九月だしやってるよね?」

 ……などと、賑やかな会話を交わしながら、エレベーターの方へと向かってゆく。

 九尾は自らのお腹をさすりながら、自分の夕食はどうしようかと思案を巡らせるのだった。

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