第4話

 友助と一緒に教室に入り、まっすぐ自分の席につく。


「おはよう!」


 相変わらず外面リア充の友助は、教室に入るや否や、元気よくクラス中に挨拶を始めた。

 女子に対しても何のためらいもない。挨拶される女子も笑顔で応じていた。

 挨拶くらいなら俺にもできるかな。

 だが、入学してからほとんど女子と会話をしてないのに、いきなり挨拶したら気持ち悪がられるか。


 うーん、難しい。


 完全にスタートが出遅れたな。

 陸上だったらスタートは得意な方だったのに。なぜ女子が絡むとうまくいかないんだ。

 程度の違いこそあれ、どんな人間にも得意なものや苦手なものは存在する。

 すでに妹や友助にも指摘されていることだが、俺は勉強と走ることが得意だ。


 中学生までなら運動ができればモテる。

 高校生になったら勉強のできるやつが注目され始めモテる。

 そう思っていたのだが、今まで一度もモテたことがない。


 なぜなのか。

 そんな答えを知っていたらとっくになんとかしている。

 しかし人間というものには知恵がある。

 その知恵を駆使して苦手を少しでも克服する方法があるのだ。


 それは、得意なことを活かすということ。

 たとえ苦手分野だとしても、得意分野に置き換えて考えることによって、思いのほかすんなりとできてしまうことだってある。

 料理が苦手だったとしても、化学の勉強が得意であれば、元素同士の掛け合わせを調理に置き換えることで、難しいと思っていたものでも身近に感じることができ、理解が早まる。


 俺の場合、走ることに置き換えれば克服できるはずなのだ。

 陸上や水泳のようなタイム競技の場合、ある程度まではすぐに伸びるが、結果を出すのが難しくなるときがくる。

 そこから自分をどこまで追い込み、細かいところまで努力できるかが勝負になる。

 自分に足りない筋肉があれば鍛え、自分のフォームを修正するために、カメラで撮影して客観的に観察することで改良を重ねてきた。

 なるべく遅い時間の食事は控え、バランスよく栄養を摂るように心がけてきた

 そんな努力の一つ一つの積み重ねにより、全国中学陸上競技大会においてファイナリストにまで上り詰めることができたのだと思う。

 だから恋愛においても同じく、小さな努力の積み重ねとして、美少女ゲームをプレイしたり、架空の彼女を想定したりしてイメージトレーニングを怠らなかった。

 第一声をしっかりと出すために、ボイストレーニングもしている。(顔は整形でもしない限り直らないため置いておく)


 ————でもダメだった。


 なぜなのか。


 やっぱり妹や友助が言っている通り、気持ち悪い部分があるからなのだろうか。

 しかし、意見を聞ける人なんて限られているから自分がどれほど気持ち悪いのか、どうすれば良くなるのかなんて分からない。


 うーん。難しい。


「おーい、ぼーっとしながら目つき悪くすんな。怖いぞ」


 一通り挨拶を終えた友助が、自分の席である俺の後ろの席に腰かけた。


「なぁ、俺って気持ち悪いのか?」

「うん、気持ち悪い」

「おい、そこはフォローしてほしいところだぞ」

「気持ち悪いというか、あまり馴染みのない人からすると、ちょっと怖いんじゃね? 目つきとか悪いし。まっ、絡んでみると案外おもしろくて良い奴なんだけどな」

「そうか」


 こいつ、飴とムチの使い方うま過ぎないか。思わず照れてしまったぞ。


「じゃあ、他の人にも聞いてみようぜ。おーい、陽子と可憐!」


 前の方の席で談笑している二人組の女の子たちに、いきなり声をかけやがった。

 にしても、すでに名前呼びか。チャラい。チャラ過ぎる。


「なぁに?」


 一言でいえばイケイケ系のギャル。

 俺の中での通称「ギャル姉さん」こと、水上陽子みなかみ ようこが返事をしてこちらに顔を向けた。


 ギャル姉さんの隣にいる高崎可憐たかさき かれんさんもほわほわとした笑顔のままこちらに顔を向ける。

 どうしてギャルと一緒にいるのかも不思議なくらい可憐で可愛らしい雰囲気をまとっている。

 まさに名前通りである。

 目が合いそうになる前に素早く目線を下にする俺。情けないぜ。


「いやぁ、直行がさ、自分が周りからどう思われてるのか気になってるらしくてさぁ。陽子と可憐はどう思ってるのかなって」


 やめろぉぉぉぉい!

 なに聞いてくれてんだ、このリア充が!

 ろくに話したことないんだし、何も感想なんてあるわけないだろ。


 でも……もしだ。


 もし仮に話したことはなくても、日ごろの真摯な行いを見てくれているのだとしたら?

 もしかしたら、もしかしなくても、ここから始まるラブストーリーがあるかもしれない。

 少し目線を上げつつ、だが二人と目が合わないようにして反応を伺おうとすると、


「うーん、よく分かんないけど、ちょっと怖いかなぁ。何考えてるのか分かんないし」


 ギャル姉さん容赦ねぇな。はっきりものを言えるのは素晴らしいが。


「あとたまに女の子を見る目が飢えた野獣みたいに鋭くなるよね。でもそのくせ、女の子と話してるところを見たことがない。もしかして童貞?」


 前言撤回だ。

 このアマ、素晴らしくもなんともない。

 ただの失礼な奴じゃないか。


 俺は報復をするために、


「う、うるせぇー」


 心の中では大きく、実際は聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声量で、斜め上に向けて叫んだ。


「可憐はどう思う?」


 そのまま横に流す感じで、ギャル姉さんが高崎さんに尋ねる。


「なんかマジメそうだよねぇ。 あとなんとなく良い人そう?」


 引きつった笑いをしつつ、全部ふんわりとした意見だった。

 はっきりとものを言うギャル姉さんとは違って、相手を傷つけまいと言葉を選んでくれているようだ。

 しかし、そんなふわふわな感想しか出てこないということは、全く、全然、これっぽっちも意識されていないということだ。

 優しいが、その優しさが心に染みる。


「そっか、ありがとな! 話をさえぎってすまなかった」


 友助が二人に礼を言って、再び俺に話しかけた。


「そういうことみたいだぞ」

「なにがそういうことだ、いきなり二人に変な質問しやがって。気持ち悪がられたらどうすんだよ」

「何事も行動を起こさないと。脳内トレーニングはいいが、実際に動かないとそれは妄想で終わっちゃうぞ」


 ぐっ、確かに……

 腐ってもリア充だけのことはある。こいつは俺と見えている景色が全く違うようだ。


「それにしても、あの二人、どう思うよ?」

「どうって何がだ?」

「そりゃ、決まってるだろ。お前の将来のパートナーになりえそうかってことだよ」

「なに言ってんだよ」

「二人ともレベルは相当なもんだと思うぞ。陽子はあんな見た目はしてるが、そこまでバカじゃないし、よく周りを見てる。現に、お前のことをちゃんと見てないと分からないような感想を言ってたろ?」


 たしかに。金髪で整ったミディアムヘアーは、彼女の持ち前の明るさと力強さを表している気がするが、話す言葉は短絡的ではなく、しっかりと考えたうえで発言している。


「だが、言っていいことと悪いことがあるだろ。何が、もしかして童貞?だ」

「気にしてたのそこかよ。まぁ、ものははっきり言うタイプだし、その分、敵を作ることもあるだろうが、そこを直行が守ってやれば、案外コロッといくんじゃないか?」

「逆に俺のメンタルがゴリっとへし折られそうだよ」

「たしかにな。それで可憐は……まぁ特に興味は持たれてないって感じだな。このクラスで一番可愛いのに。」


 分かってるわい、そんなこと。

 高崎さんは友助の言う通り、クラス内で一番可愛い方だと思う。

 それだけにとどまらず、学内でミスコンとか開催されたら伊勢崎先輩と争えるくらいの可愛さだ。

 見た目は名前のごとく可憐だけど、誰とも分け隔てなく話すし、ノリもいい。

 だからこそギャル姉さんともつるんでいるのだろう。

 ボブカットで、サラサラして艶のある髪、笑ったときにちょこっとできるえくぼは、愛嬌を倍増させている。

 そして何よりも近くを通る度に鼻孔をくすぐる女の子特有の甘い香り。

 なんで女の子っていい匂いがするのだろうか。

 男にはない、甘い匂いを出す細胞組織が存在するのだろうか。今度調べてみてよう。


「なんにせよ、そろそろ女の子と会話をして徐々に慣れていった方がいいんじゃないか? じゃないと童貞のままだぞ」

「大切なパートナーに捧げると誓ったこの純潔だ。それまで守ってやるさ。」

「一生かけて守ってそのまま守護神にならないようにな」

「ほっとけ」


 キーン、コーン、カーン、コーン


 そうこうしているうちに、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。

 チャイムと同時に、いかにも仕事ができそうな雰囲気をまとう女性が入ってくる。


「ほら、チャイムが鳴ったぞ、席に着け」


 ピシッと黒色のスーツを着用し、右側の髪は耳にかけ、左側は少し顔にかかるようにサイドダウンさせた髪型がよく似合う我が担任・安中小百合先生だ。

 担当は英語。クールビューティという言葉がよく似合うほど、すべてにおいてキリッとした雰囲気と、近づくのをためらってしまうほどの美貌を持つ。


 だが、一つ欠点がある。


「きゃっ」


 ドスンッ


 クールビューティをキメていた安中先生が、教壇に躓いて盛大にこけた。


「いててっ、すまんな。よいしょ」


 ゴツンッ


 立ち上がろうとしたら、今度はチョークボックスに頭をぶつけた。


「くぅ~」


 さっきまでの凛々しい声とは裏腹に可愛らしい声で悶えている。

 ニヤニヤとほころんだ顔の男子。

 心配する女子。


「いやぁ、すまなかった。日直号令を」


 そう、ものすごくドジなのだ。

 これを天然とでもいうのだろうか。


 この間はいい感じに伝線したストッキングを履いていて、男子生徒を身悶えさせていた。

 しかし、怒らせるとものすごく怖い。課題を忘れたり授業中に居眠りをしてしまうと、秘儀「あっすまん、手が滑った」で教科書や手に持っているものを容赦なく頭にたたき落としてくる。とても冷ややかな目をセットで。

 一部の生徒は、その制裁をハッピーセットと称してわざと悪さをするという輩もいる。

 ちなみに俺はマゾではないため、ハッピーセットをわざと受けるようなことはしない。むしろ生活態度は良好だ。


「――というわけで、もうすぐ期末試験期間に入るため、部活動は停止となる。文武両道の我が校の校風に恥じぬよう、勉学に励んでくれたみゃえ、あっ」


 最後の最後で噛んだ。

 恥ずかしそうに少し顔を赤らめている。

 完璧すぎると人は敬遠してしまう。

 が、こういう隙があるからこそ、さらなる人気を得ているのだろう。ドジっ子ティーチャー、恐るべし。


「コホン、勉学に励みたまえ」


 改めて言い直し、朝のホームルームの終わりを告げた。

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