第36話 最悪な朝はカラスと共に

――時間は朝。毎日見ているニュースの『なんだ気になるんだ』というコーナーを見終わり、喜久と村雨は外へ出ようとしていた。


「ラーテルって強いんだねー」

「ライオンにも戦いを挑むんだもんね。パパも初めて知ったよ」

「私もラーテルみたいになりたーい」

「お尻臭くなっちゃうよ」

「それはやだー」


他愛のない話だ。いつもの日常だ。それこそが幸せだ。だが最近は物騒なことも多い。それこそ幼稚園の死体とか。


「それじゃ行ってきまーす」

「行ってきまーす」

「はいはい、気おつけて行くのよー」


だから毎日村雨を幼稚園へ送っていた。今日も今日とて同じこと。そう思っていた――。



――まず最初に感じたのはだった。


「――村雨。パパ忘れ物しちゃった。取ってきてくれる?」

「忘れ物?どんなの?」

「パパの部屋の机の上にあるハンカチ」

「わかったー」


ドタドタと走っていく村雨――見えなくなった瞬間、すぐに海琴を呼び出した。


「海琴!ちょっと来てくれ!」


仕事用の服を着ながらやってくる。


「なぁに?どうしたの急に?」

「――これ」

「え――――」




死骸しがいだった。カラスの死骸しがい。それも素人でも分かるほど形跡がある。


喜久も海琴も一度だけ幼稚園の死体を見たことがある。胸の部分がえぐられ、そこにはぬいぐるみの綿が詰まっている――それと同じ物が玄関に置かれてあった。


走る戦慄せんりつ。同時に村雨が走ってくる音も聞こえてくる。


「パパー?ハンカチなんてなかった――」

「村雨。少しテレビ見てなさい」

「え?でも時間――」

「見てなさい」

「……はぁい」


母親の圧に負けたのか、トコトコとリビングの方まで歩いていった。



疑問。そして恐怖。二人の背中に悪寒が流れていた。


「なんで……これが……」

「誰かの仕業よね」

「……暇人にしても少しやりすぎだろ」


海琴は中に戻って幼稚園に電話をかけた。


「今日は休ませるわ」

「そうしろ。俺は警察に行ってくる」

「うん」

「俺が来るまでは家の扉は開けるなよ。窓もだ。カーテンも閉めとけ」

「分かったわ」




10分後。喜久は警察官の男と共に家へと戻ってきた。


「……幼稚園のと一緒ですね」

「そうなんですよ」


この警察官は幼稚園の死体の時も来ていた人だ。だからこの異常さはすぐに理解してくれた。


愉快犯ゆかいはん……だとしてもやりすぎか。誰かに恨まれるようなことをしました?」

「いえ……私も妻もしていません」

「じゃあ変なことはありませんでしたか?特に娘さん。変な人に声をかけられたとか」

「外に連れてく時は絶対に私か妻が連れっています。そんな人は見ていません」

「そうですか……」


警察官はあごに指を当てて考えている。


「相手側が誰かも分からないんじゃ手の出しようもありませんね……」

「そこをなんとかできませんか?パトロールを強化するとか」

「もちろん強化はします。青谷さんの家付近のパトロールは特に。ですが明確な実害が出てこない以上、こちらからできるのはこれまでというのは知っておいてください」

「あぁ……そ、そうですよね……」

「力不足で申し訳ございません」

「い、いやそんな」


なんて優しい人――と余裕があれば思っていただろう。しかし犯人の目星すらない状態。喜久の心には焦りと困惑が流れ込んできていた。



今日は喜久も仕事を休むことにした。話し合いたいこともあるし、何より2人が心配であったからだ。


警察官との話も終えて家へと入る。村雨とテレビを見ていた海琴はこっそりと喜久の所まで来た。


「どうだった?」

「ダメだ。『明確な実害がない限りこちらから手は出せない』って。パトロールは強化してくれるらしいけど」

「そう……」


2人は楽しそうにテレビを見ている村雨を見た。


「あの子を何日も休ませるわけにはいかないわよね」

「そうだな。俺もあんまり休めねぇし」

「でも……あの子に何かあったら……」

「――大丈夫だ。犯人はすぐに捕まるさ」

「そうよね。そのはずよね……」


いつもは幼稚園へと行ってる時間。いつもなら見れない物珍しい番組に村雨は見入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る