間章 雨の降る前
第34話 ここから
名は
ここは『阿波野原製紙株式会社』。生前に喜久が働いていた場所だ。この時はバブルが弾けて不況の時代。それでもそこには必死に働く人達の姿があった。
「喜久!これを頼めるか?」
「はいはい――わっかりました。今日中に終わらせます」
「すまん助かる!」
自分の仕事も終わっていないというのに上司の仕事を受け入れる。優しさ、上司の頼み、というのもあるにはあるが――最大の理由は終わらせられるだけの実力がある他にない。
「なぁ喜久!これどうすんだっけ?」
「あーそれはな――」
片手で仕事をこなしつつ同僚の質問に
「先輩……ここミスしちゃいましたぁ」
「はぁ?何やってんだよ――ったく。直しといてやるから、自分の仕事に戻れ」
「ありがとうございます!」
後輩からの頼みもすぐに
この会社での喜久のあだ名は『スーパーマン』である。どんな仕事もこなし、上司からは好かれ、同僚からは頼られ、後輩からは尊敬される。嫉妬すら湧かないほどのまさしくスーパーマンであった。
「なぁお前には弱点の1つや2つはないのかよ」
率直な疑問を持った同僚――
「顔が良すぎるくらいかな」
「分かった。欠点は
そんなことを言っているがイケメンなのは事実である。今の美的感覚から見ても整ってると言わざるおえない。
仕事ができてイケメン。こんな良物件に女性が寄ってこないはずもなく。――だがこれまで寄ってきた全ての女性は交際を断られている。その理由はただ一つ。
「――あと何ヶ月だ?」
「3ヶ月くらいかな」
「もうすぐじゃねぇか。今度はどっち似になんだろうな?」
「村雨は俺に似てるからなぁ……次の子は
喜久には愛する家族が居たからだ。学生時代からスーパーマンだった喜久。手に届く範囲の物は全て手に入った。お金も、尊敬も、女も。
――そんな中で出会ったのが今の妻である海琴。唯一自分に惚れなかった海琴に興味を抱いた喜久だったが、時間が経つにつれて逆に海琴のことを好きになっていった。
なんやかんやラブロマンスがあって結婚。長女の村雨も産まれ、次の子も産まれようとしている。まさに幸せな人生。前世で何をしたのかが気になるほどだ。
「名前は決めてあるのか?」
「それがまだなんだよ。家族総出で考え中でよ」
「男の子だっけ?女の子だっけ?」
「女の子だ。俺は男が良かったんだけどな。一姫二太郎ってよく言うじゃん?」
「俺んとこは3人とも男だから分かんねぇ」
絵に描いたような幸せな家族。これからもずっと幸せが続くように……じゃない。これからもっと幸せが大きくなるように。そんな願いを喜久は――青谷一家は持っていた。
――そんな話をしている時。喜久の後ろで人が転ける音がした。
「どうしたー?」
「ご、ごめんなさい転けちゃってぇ」
「ちゃんと下見ろよー。ほら
新人のOLだ。OLの女性は半泣きになりながら
「どうしたどうした?」
「すみません。僕の不注意で当たっちゃって」
「そうか……ちゃんと拭いとけよ」
「すみませーん」
サラッと自分の責任にする喜久。その光景に女性だけでなく、男性すらもキュンと心臓を揺らした。
自分のハンカチを出して床を拭こうとした時――顔の横からタオルが差し出された。
「使っていいわよ」
「……お、おう。ありがとう」
――脳を揺らす香水の甘い匂い。
――シルクのような美しい髪。
――絵画のように見惚れてしまう顔。
その女の名は――雨宮祐希。後に悪霊となる女であった。
貸してもらったタオルで床を吹いていると、隣からひそひそ話が聞こえてきた。どうやら若いOL2人の声だ。
「雨宮さんって美人よね」
「そうよね〜もう嫉妬すら湧かないもん」
「あの人が男だったら狙ってたのになぁ」
「どうせ男でも手が出ないでしょ?」
雨宮の話だ。彼女もまた仕事が出来る女であった。まさしく女バージョンの喜久である。
「……」
「そーいえばお前。ちょっと前に祐希ちゃんに告白されてなかったか?」
どこか気まづそうな顔をしていた喜久に晴太が話しかける。
「されたよ」
「……もしかしてオーケーしたのか?」
「なわけねぇだろ。俺は海琴一筋だ」
「はは、だよな」
「……だから気まづいんだよ」
遅れて
「なんでだ?女の子をフるのは1回だけじゃないだろ?」
「まぁ……そうだけどさ。なーんか違うんだよ。あの人。怖いっていうか……恐ろしいっていうか……。関わっちゃいけない感じがするんだよな」
「おい失礼だぞ?」
「あ……すまん」
「お前らしくねぇな。……でもそこまで言うなら何かあるんじゃないか?」
「そうかなぁ……」
歩いていった雨宮の方に顔を向ける。――目が合った。背筋が凍るような冷たい目。喜久は思わず顔を
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