第3話
世間では五月病という言葉がある通り、5月の長い休みの後は、まだどこかダラダラした空気感が残っている。
かくいうボクも、結葉と出かけた日以外はずっと家に引きこもってネトゲをしていた。
まだまだ五月の前半だというのにも関わらず、日差しの強さがますます増し、冷房をつけないと暑くて熱中症になってしまいそうに思えるくらいだ。
クーラーの中で食べるカップアイス。
口の中が寂しくなったらポテトチップス。
甘いものが欲しくなったら今度はチョコレート。
完全にダメダメな食生活を送ってしまった。
でも不思議なことに、体重はあまり変わらないというのが数少ないボクの取柄だったりする。
授業中にも関わらずこんなことを考えてしまうあたり、やはりボクも五月病にかかってしまったみたいだ。
キーン、コーン、カーン、コーン
いつの間にか、本日最後の授業に終わりを告げるチャイムが鳴った。
最後の授業は生物で移動教室。
今日は掃除当番でもないし、ホームルームが終わったら真っすぐ帰ってネトゲ三昧だ。
みんなが自分の教室に戻る中、ボクはまだ立ち上がらない。
あまりみんなの輪の中に入りたくないからだ。
最後にひっそりと風のように去っていく。
ただし、あからさまに一人でポツンといると先生からも目をつけられてしまうから、その絶妙なタイミングを見計らうのが重要になってくる。
それがボクのスタイルだった。
最近は結葉と一緒に行動してばかりだったから、こうやって一人で行動するのは久しぶり。
なぜ一人かというと、今日は結葉がズル休みだからだ。
昨日まで北の方にある父方の実家に行っていたため、「疲れたしなんかダルいから今日は休む」とのことらしい。
ようやく席を立って教室を去ろうとしたとき、あるものを拾った。
誰かの生徒手帳のようだ。
名前を確認してみると「真中沙央梨」と丁寧な字で書かれている。よく物を落とす子だな。
ちょっと微笑ましく思っていると、
パサリ
「これは……去年の体育祭の写真かな?」
1年生のときに同じクラスだった女の子たちが仲良くピースをして写っている。
たしかカメラマンの人が撮り歩いていたっけ。
基本的に卒業アルバム用だと思うが、希望者にはサンプル写真の一覧の中から選んで購入することができた。
ボクは当然買ってない。
何の思い入れもないし。
でも、この写真————
「あっ、武田さんが拾ってくれたんだ。私の生徒手帳さん」
急いで戻って来たのか、ちょっと息を切らしながら真中さんがやってきた。
「う、うん。そうだ、中にあった写真も落ちてきちゃって、ちょっと見ちゃった」
「あ、そうなんだ……。拾ってくれてありがとう」
一瞬、戸惑ったような目をした気がするけど、すぐにまた優しい柔らかな表情に戻った。
「去年の体育祭だよね? 写真買ったんだ?」
「大切な思い出だからね。でも、こうやって落として失くしたら嫌だなぁ。そうだ! この写真さんもお庭にしまっちゃおうかな!」
「お庭にしまう? 大切なものなのに埋めちゃうってこと?」
「大切なものだからだよ♪ 大切なものとか宝物を失くすと悲しくなっちゃうでしょ? だったら無くさないように、自分の一番身近なところに大切にしまっておくの。なんかタイムカプセルっぽくて、ずっと未来まで一緒になれる気がする」
大事そうに写真を胸に押し当てながら、笑顔でそう答える真中さん。
周りの人間関係も良好で、みんなから頼りにされて、学級委員までやって、この学校での生活をちゃんと送れている。
この子の住んでいる世界は、やはりボクとは決定的に違うみたいだ。
先に教室へ戻っていった真中さんを見送り、自分も後に続く。
ふと、先ほどの写真が頭をよぎる。
真中さんを含め3人で仲良くピースをしている、その後ろ。
つまらなそうに競技の様子を見つめている人間が一人。
やっぱり……あれはボクだよね?
まぁ一緒のクラスにいたんだし、写真に写り込んでしまうこともあるか。
楽しそうにしているところに、ボクのような暗い顔をした人が写り込んでしまったのは本当に申し訳ないと思ってしまった。
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