第8話 最後くらいは
卒業式の日はエマの想像通り、屈辱の1日となった。
エマはもちろん優秀者として表彰された。それだけならとても誇るべきことだと思う。
だけど……やっぱりエマの隣でルークが最優秀生徒として表彰された。
悔しいことに、ルークは学業だけでなく、生活態度や武芸でも好成績の、ここ十年で一番の優秀な生徒であったとこれ以上ないくらい褒められていた。
みんなの視線はルークのみに集中して、エマは隣に立っているのが辛いレベルだった。
「ああ、もう行きたくない」
卒業式のあと、寮の部屋で着替えながらエマはため息をついた。鏡の中のエマはもうすでにドレスに着替えていて、エマの後ろではララがブラシを持ってエマの髪の毛を結っている。
「そんなことを言わないでよ。ダンスだってあんなに練習したのに」
「ダンスかあああ…」
エマはまたため息をついた。
結局エマのダンスは上手くなることなく、そのうちエマのダンスが下手なのを知ったのか、声を掛ける男子学生はみんな、練習相手すら断るようになってしまった。練習相手がいなくなったエマは、最後はララと練習をした。
しかもエマのダンスが上手くなったかといえば……疑問だ。
だけど、ララはある程度のところで「まあ、いいんじゃない」と合格を出した。
「あとは相手がなんとかしてくれるわよ」と笑顔で太鼓判を押してくれたけれど、エマは不思議だった。
練習相手に誘っても断られているのに、本番で相手が登場するとは思えない。
納得できないエマとは別に、ララはエマの後ろで髪の毛を結いながら機嫌が良さそうに笑っている。
エマのドレスは青いドレスで、スカートがふわっと広がって可愛らしいものになっている。ララは茶色のエマの髪を綺麗に結い上げて、最後に結った髪に薄いブルーの石のついたかんざしを指した。
小さな青い石がたくさんついたかんざしは、歩くたびにその石が揺れてキラキラ光る。二人でドレスを買いに行った時に、ララが選んでくれた。
他のがいいというエマに、ララはこれがいいと言って譲らなかった。
髪の毛を整え終わると、ララは鏡の中のエマを見て微笑む。
「あら、可愛くなったわね」
お化粧をして髪を言ったエマはいつもと違って見える。少し恥ずかしくて鏡の中の自分から目線を逸らせてララを振り返ると、嬉しそうに笑って頷いてくれた。
ララと一緒に卒業パーティの会場に行くとそこにはもうたくさんの人が集まっていた。
先生も同級生も卒業生の姿もあったけれど、みんなが着飾っていて華やかで、そして会場全体は賑やかだった。
校長の挨拶の後、会が始まって会場のざわめきはピークに達した。
食事をする人、話す人、みんな思い思いに過ごしていた。
楽団が音楽を演奏し始めるとダンスをする人が会場の真ん中に集まった。ダンスに合わせてドレスの裾がふわりと広がって、見ていて壮観だった。
だけど、ダンスをしようと思っても、みんな決まったパートナーがいてエマは一人ぼっちだ。
やっぱり……。
あんなに練習したけど、結局踊らないかもしれない。それなら食事でも楽しもうかと食事や飲み物の置いてあるスペースに行こうとして体を翻してこっちを歩いてきた人に気がついて、足を止める。
「あ」
歩いてきたのは、ルークだった。向こうもこっちに気がついて立ち止まる。いつものように何か言ってやろうとして、エマは思わず言葉を飲み込んでしまう。
ルークは黒いタキシードを着ていた。黒く光る布はとても上等だとわかるもので、彼によく似合っていた。そしてそんな立派な格好をすると、中身が最悪で口の悪い意地悪な皮肉屋でも、本から抜け出たような立派な貴公子に見える。
エマも言葉を失うほどの素敵な姿だった。
ルークはエマの姿を見て、少し目を見張らせて、それからにっこり笑ってエマに近づいてきた。
「やあ」
そう声をかけられて、エマは苦笑いした。見慣れない格好のルークに戸惑っているのだけれど、それに気がつかれないように視線を逸らせて誤魔化した。
ルークは笑ってエマの格好を見る。顎に手を当てて納得したように頷いた。
「なんかこう……君でもこうやってちゃんとするとそれなりに見えるんだね」
「はああ?どういう意味?」
「うーん、そうだな。ドレスとお化粧に感謝するといいね」
「……馬鹿にしないで」
ちょっとムッとして返事をすると、ルークはエマの表情を気にすることなく笑った。
「まあ、でも悪くないと思うよ」
「悪くないってなによ」
ルークは視線を逸らせたエマの目の前に移動すると、笑顔を見せた。その笑顔がいつもの3倍マシでキラキラして見えるのはエマの気のせいだろうか。
「言っておくけど、僕は冗談でこんなこと言わない」
「からかわないで」
一歩、エマに向かって足をすすめたルークを見上げる。
エマは自分の心臓が早く打っているのを感じていた。いつもならちゃんと言い返せるのに、今は何を言えばいいのかわからない。
これは……ルークのせいだ。
この人が見慣れない格好をして、あんな格好で私を少しでも褒めるようなことを言ったからだ。
そのせいで緊張しているんだわ、とエマは自分の心の中で呟く。
いつもと同じだったら、こんな事にはならないはず。
そうよ、いつもと同じ口の悪いルークよ。
そう言い聞かせてもエマの心臓はずっと強く打っていて、その音がルークに聞こえそうで、エマは焦る。それを意識したら今度は顔が赤くなってくるのがわかった。
気がつけばエマのすぐ近くまで来ていたルークに驚いた。
「ちょっと、これ以上近寄らないで」
エマが両手の掌をルークに向けて距離を取ろうとすると、ルークは眉をしかめた。
「は?なにを言っているの?」
そう言ってまた一歩近寄るから、エマは焦ってしまう。
「だから近寄らないでって」
「どうして?」
「どうしてって……」
ルークがエマの手首を掴んだ。
その手が熱くて、その熱さにエマは驚いて体をびくつかせた。
エマは視線を上げる。見上げた先でルークが思いのほか真剣な目をしていた。
「ねえ。最後くらいは僕たちも……」
ルークがそう言った時、遠く会場の奥から今年の最優秀生の表彰と挨拶があると発表された。
周りの視線が一気にルークに集まる。
エマがルークを見上げると、ルークもじっとエマを見ていた。
その目が何かを言いたいように感じて……、エマはどうしていいかわからなくなった。
だけどルークはその場から動こうとしない。会場の一番奥でたくさんの人がルークの登場を待っていた。まわりから視線に耐えかねて、エマは自分から視線を逸らせた。
ルークに掴まれた手を自分へ引き寄せる。思ったよりも簡単にその手は離れた。
「早く…行ったほうがいいんじゃない?」
ルークは少し迷って、それから周りを見渡すともう一度エマを見た。
「早く行きなよ」
エマがそういうと、ルークはみんなの待つ方へ歩いて行った。
ルークが歩いていくとあっという間にたくさんの人に囲まれて、エマからは彼の姿が見えなくなって、背の高い彼の頭だけがかろうじて見えるだけになった。
そのままルークは表彰され、みんなの前で挨拶をした。
先生や親への感謝を述べる言葉は、エマも思わず感心するくらいとても素晴らしいものだった。
ルークの挨拶はまだ続いていたけれど、なんだかそれを聞いていられなくてエマはそっとその場を離れた。
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