偏愛のシンギュラリティ~妹が好きすぎてVRゲームのサポートキャラをそっくりにカスタマイズしてしまった件
オカノヒカル
第1話「ねぇ、マスター。わたし、アレ欲しいなぁ」
「マスター。また『初心者狩り』が出たみたいですよ」
冒険者ギルドに併設された酒場。
俺の横に座るのは、メイド服の黒髪美少女だ。名前をアメリアという。
セミロングで眉毛の上で切りそろえられた、いわゆる『オン眉』の髪型。左目の下には泣きぼくろがある17歳の子である。
リアルとまったく変わらない存在感。息づかいや、女の子の特有のいい匂いも漂ってくる。だが、彼女は人間ではなくいわゆるNPCだ。
ここはフルダイブ型VRMMORPG「カナン」の中の世界。ユーザー数1千万人を超える有名なゲームであった。
F-LINKと呼ばれる規格を介して、人体に直接ケーブルを繋ぐタイプのVR機が使用される。なので、旧来のゴーグルを被るタイプと比べて数千倍の鮮明なリアルな世界を体感できるのだ。
美味しい料理を味わうことも、甘美な花の香りを嗅ぐことも、さらに18禁の設定がクリアできていれば、その手のエッチな体験さえもできてしまう。
VR童貞なんて言葉が流行ったくらい、VRの世界で初体験をすることに力を入れているユーザーもいた。
ゲームの方は、オーソドックスな中世風ファンタジーな異世界が舞台であり、剣と魔法が攻撃のメインとなるシステムである。
「初心者狩り?」
俺はアメリアに対して問いかける。
「初心者を見つけて強制的にPvP(※プレイヤー同士の対人戦)を仕掛ける奴ですよ。マスター知らないんですか?」
彼女は俺のサポートキャラでもある。ソロでも楽しめるようにと、パーティーを組めない『ぼっち』ユーザーへの配慮で実装されたものであった。
「PvPの仕様は承知しているよ。ただ、初心者狩りってのは噂レベルでしか聞いたことがないから」
「ホントですかぁ?」
情報強者としてマウントをとるように薄笑いを浮かべるアメリア。といっても、それほど威圧的には感じない。どちらかというと、かわいい年下の女の子が背伸びをしているようにも思える。
AIが操作する作られたキャラクターとはいえ、プログラムとは思えない行動や会話を時にしてくるのだ。その人間臭さは、ログインしている他のプレイヤーと区別が付かないだろう。
なにしろ、こいつは平気で嘘を吐くし、サボるし、なんなら甘えてくる。
「まあ、詳しいことは知らんけどな」
「やっぱりぃ。じゃあ、マスターにわたしが教えてあげますね」
「おまえ、なんか偉そうだな」
「やだなぁ、情弱に嘲笑うことなんかしませんよ」
こいつ、隙あらば俺の事をからかおうとする。自分で作ったサポートキャラなんだから自己責任だろうと言われそうだが、性格設定はランダム。だから、わざと指定したわけではない。
「初心者なんか倒しても、メリットないだろ? 経験値なんてたかが知れてるし、装備だってたいしたものはない」
初心者なんかを襲ってもPvPの最大のメリットである『相手のレア装備を奪う』ということさえできないだろう。
「ほら、アレですよ。ライバルの都市国家に初心者が居着かないようにする嫌がらせ」
「なるほど」
俺が所属している都市国家『テルダン』は、北方にある『ナルシム』と戦争中だ。
ギルド同士の戦争と違って、定住している都市単位での戦いとなる。なので、その規模はかなりなものだ。
ユーザーは最初に移住する都市国家を選択し、そこに所属することになる。もちろん、途中で都市国家を変更することは可能なので、いかに新規ユーザーを獲得するかが、戦争を勝利させる要因でもある。
「見かけた場合は、速やかに『確保せよ』とのクエストが出回ってますよ」
「つうても、俺が勝ちそうになった時点で、その手の
「今度のアップデートで、PvPモードで勝負がつかないうちにログアウトで逃亡した場合は、ペナルティが付くそうです。だからクエスト達成条件に『相手を強制ログアウトさせた場合も含む』となっていますよ」
「ペナルティ?」
「30日間都市国家間戦争に参加できなくなります」
「そういうことか。それで『倒せ』じゃなくて、『確保しろ』ってことか。まあ、おとなしく牢に入れられるユーザーなんて少ないもんな」
このゲームは相手を倒すだけでなく、拘束出来るという機能があるのも特長だ。ゆえに、何か犯罪を犯した相手を捕まえたり、逆に犯罪を犯して捕まえられたりもする。
「投獄モードは、それはそれで経験値のおいしいイベントはあるんですけどね」
このゲームでは投獄されることにも意味はある。有名なのは、投獄中だけ発生する「盗賊団の財宝」のクエストだ。
金策に特化したイベントであり、たいていのユーザーはこなしたことがあるだろう。
他にも投獄中にだけ発生する隠しキャラやイベント、隠しアイテムもあり、デメリットだけでないのがこのゲームの仕様だ。
「俺も一回、敵国でわざと捕まって、その手のイベントこなしたこともあったな」
「その時はまだ完全にソロだったんですよね?」
アメリアをサポートキャラとして連れ歩く前の話だ。
「ああ。それよりも、その『初心者狩り』を『確保』、もしくは『強制ログアウト』させた場合の報奨金はいくらだ?」
俺がそう聞くと、アメリアはコンソールパネルを目の前の空間に開き、気怠そうにそれをタッチして操作する。
「5000ゴールド……微妙といえば微妙ですかね?」
「この前倒したドラゴンは一桁違ったもんな」
「今回はスルーでいいんじゃないですか?」
「そうもいかんだろ。騎士の称号をもらったばかりだし」
その称号は、初心者を補佐しようとするユーザーに都市の運営側から与えられるものだ。人口増加に貢献したという理由である。特典はかなりおいしい。
「まあ、それでマスターは特定区画へ立ち入りが許されていますからね」
「だからこそ治安維持は最優先の仕事だよ」
初心者が安心して住める都市にしないと人口は増えないし、都市間での戦争になったときに不利になる。
戦争に勝てば交易が有利になるし、相手国からの賠償金が分配されるのだ。なにより経験値のおいしい狩り場を領地にできるのがメリット。
戦争に勝つことで、個人レベルでも有利にゲームを運べるのだ。
「なんか面倒くさいですね。もっと自由に冒険したくないですか? 都市に縛られないで、こう南の島で遊びたいじゃないですか」
「それ、冒険じゃないだろ」
思わず苦笑いが零れる。AIプログラムだというに、こんな思考を持っていることが驚きだ。
もちろん、キャラの外見は好き勝手にカスタマイズできる。が、性格に関してはガチャ要素が強い。
従順で女の子らしく、もしくは少し色気がある性格が男性ユーザーの間では好まれるようだ。
アメリアのように、変に人間臭い子は嫌われる傾向にある。ユーザーによっては、キャラメイクし終わって性格が確定し、それが自分の好みでないとわかった瞬間にデリートという
「海行きましょうよぉ。水着タイプのアーマーが実装されたじゃないですか」
「ビキニアーマーだろ? あれって防御力のないネタ装備じゃないのか?」
「いいんですよ。海で泳ぐだけなんですから」
「水着じゃねえだろ!」
「ねぇ、マスター。わたし、アレ欲しいなぁ」
猫なで声で、甘えるように肩を寄せておねだりしてくる。思わず腰が引けてしまうのを、必死にこらえた。
「こういうときだけ可愛い子ぶるな! それにそんな物を俺にねだるなっての!」
「えー? サポートキャラの装備品はマスターが買うのが常識ですよ」
「まったく……まあ、検討くらいしてやるけどさ」
なんだかんだいいながらも、俺は彼女には甘いのかもしれない。
そもそも、彼女の顔は俺の『思い人』に似せて作ったのだ。性格が違うとはいえ、その本人を目の前にしているようなものである。平常心ではいられない。
だからこそ俺は、それをごまかすために、わりと冷たく当たることもある。
「わーい、やったぁー!」
本当に嬉しそうにはしゃぐアメリアに、「こんなもんは機械的な反応をしているだけだ」と思うと同時に、リアルな人間に抱く「かわいらしい」という感情も芽生えてしまう。
言葉にすれば、AI相手に何をとち狂ってるんだと思われるかもしれない。
けど、人間は創造物である小説やマンガのキャラクターもかわいいと思えるのだ。別に不思議なことじゃないだろう。どちらも虚像であり、生身の人間ではないのだから。
非実在少女最高!!
けど、そんな変態にはなりたくはない……。
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