第12話 旅立ちと襲撃と

 森の街道をミントと共に歩く紅雄。荷物は最小限に肩にかけたバックに入れて、軽装備で進む。


「この道を一週間ほど歩けば、王都に着きます」

「一週間も……バスとか電車とかはないのか?」

「向こうの世界の乗り物ですか? すいませんそのようなものは。乗り物と言えば、竜馬車りゅうばしゃしかありません」

「リュウバ? 馬みたいな竜なのか?」

「いえ、普通の竜です。昔は馬にひかせていた車を、最近は竜に取り付けて飛んで運んでもらうんです。早くて快適ですよ」


 空を指さすミント。

 ブワッと風が吹き、紅雄たちにすぐ上を竜が飛んでいった。


「あんな風に」

「うわっ、普通に竜がいる⁉」


 そういえば、初めてこの世界に来た時も普通に竜が飛んでいた。

 間近で見る竜に驚く紅雄に、クスクスと笑みを向けるミント。


「どうしたんですか? 旦那様、森の中ですもの、竜はいますよ」

「だってあれって魔物だろ? 普通に空を飛んでて危なくないの?」

「魔ではありますけれど、魔ではありませんから」

「どう違うの?」


 同じものじゃないのかと、紅雄は首をひねる。


「魔物は万物に宿る魔力を糧に生きている生物の総称です。我々人族は魔力を扱えはしますが、生きる上で必要ではありません。が、竜や妖精のような体内に生まれつき魔力を扱える魔導機関を備えている種族は魔力がないと死んでしまいます」

「ふ~ん、じゃあ、あの飛んでる竜もって……質問に答えて無くない?」

「魔族は、魔王と契約した種族のことです。魔族は魔王に忠誠を誓い、体のどこかに刻印を施され、目が赤く光ります。魔族は魔王の命令には絶対順守で、魔族以外の生き物に対して敵意を常に抱いています。ですので、非常に危険なのです」

「あ、なるほどね」


 ミントの説明で、この世界の生き物について少し学べた。


「じゃあ、あの飛んでる竜は魔族じゃないんだ?」

「刻印が見られないですし、魔族の赤く光る眼は目立つんですよ。遠目からでもわかるぐらい。だから、あの竜は魔族じゃないです」


 竜の頭がこちらへと向けられる。竜の瞳は黒く、輝きも放っていない。こちらに興味なさそうに飛び回り、悠々自適に森の上空を旋回している。


「竜は翼から大気の魔力を食べてエネルギーにしているんです。だから、こっちがよっぽどのことをしない限り襲ってはこないですよ」

「そうなんだ。ドラゴンってこの世界だと安全なんだな。ああ、だから、馬みたいに共生することができるのか」


 納得して手を叩く。


「じゃあ、あれに乗りたいなぁ……近くに乗れる場所ないの?」

「この先にあるファラオスの街に竜馬車乗り場があったと思います。あと半日ほど歩いたらつきますよ」

「いいことを聞いた。じゃあ、その街についたら乗ろう! 竜馬車っていくらくらいかかるの?」

「片道五万パラドですよ」

「ゲッ」


 パラドというのはパラディウス王国で使われている通貨で、ほとんど日本円と変わらない相場だ。つまり、片道五万円……。


「そんな金はないぞ」

「ですね。フフ……地道に歩きましょう」


 ビオ村長からもらった小銭入れを握り締める紅雄を可笑しそうに見つめるミント。


「ハハ……!」

「フフフ……グスッ……」

「おい、ミント、泣くなよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい旦那様……おじいちゃん……!」


 小銭入れを握りしめて泣き出したミントの肩を抱く紅雄。

 精いっぱいだった。村のことを頭から追い出して少しでも明るく旅立とうと必死に笑っていた。だが、ふと気が抜けるとメイデン村の人々の顔が頭をよぎり、涙が零れ落ちる。


「……ふぅ、乗り物が無理なら……魔法は? 瞬間移動の魔法とかないの? 俺の『空間交換ポジション・チェンジ』みたいに一瞬で移動できるような」


 涙を止め、楽に移動することを諦めずにミントに問いかける。


「ありませんよ。このイノセンティアでの魔法は、五大元素から構成されています。火、水、雷、風、土。それら自然界の力を使うことしかできません。旦那様たちの使う能力のような自然界が介在するよちの無い現象を起こすことは……あっ」


 何かを思いだしたかのようにミントが口元に手を当てる。


「一人だけ、そのような魔法を使える人がいました。パラディオス王国、守護十傑聖騎士ガーディアンパラディンの一人、雷光姫ライトニングプリンセス、ライカ・ギャレック・ストレリチア様」

守護十傑聖騎士ガーディアンパラディン? なんか前そんな名前を聞いたことがあるような」

「有名ですからね。あの人たちがいれば、ゴブリンの軍勢なんて数千万いようがものともしない。それほどの力を持ったパラディオス王国の英雄です」

「ああ……」

 そういえば、メイデン村で目覚めた初日にそんな話を聞いた。それほど強い将軍がいても、『異能騎士団アルタクルセイダーズ』の前には歯が立たないと。

「で、ですね。雷光姫ライトニングプリンセス、ライカ様は代々ストレリチア家に伝わる固有魔法を使えるのですよ。それが『疾風迅雷グローム・アクーラ』。雷の元素を使う魔法で、高速移動ができんですよ」

「『疾風迅雷グローム・アクーラ』……どれくらい早いの?」

「噂程度ですが、イノセンティア全域、どこへでも一瞬でたどり着けるほどの速さとか」

「は?」


 早すぎる、それって……。


「光速、光並みの速さってことじゃん!」


 光速と光の速さという言葉にミントはピンとこず、首を傾げる。


「う~ん……でも、たどり着けない場所はないって聞きましたよ。なんでも、ストレリチア家に代々伝わる雷衣サンダークロスに付加され続けた魔法によって、雷と体を同化させているという話を聞きました。だから、雷と同じ速さで動けると」


 すさまじい、それこそチート能力じゃないか。


「へ、へぇ……だから、雷光の姫。雷や光と同じ速さで走れる姫ってことか」


 そんな騎士がいても、二年一組の連中に勝つことができないのか。どうも、元クラスメイトとしてはそんなにすさまじい強さを誇っているというのがピンとこないのだが、パラディオス王国の現状をかんがみる限り、与えられた能力が凄すぎるのだろう。

 俺の能力と違って。


「…………」

「旦那様?」


 自分の両手を見つめる紅雄。

 本当に情けない。神から能力を与えられたというのに、こんなしょぼい能力を与えらえて、世話になった人たちが危機に陥っているのに何もできずに逃げるなんて。


「………ミント、やっぱり」


 戻ろう、少しでも力になろう、そう言おうとした時だった。


「旦那様ッ‼」


 ミントが突然覆いかぶさってきた。


「ミ、ミント⁉ 何を⁉」


 ミントの漂わせる女の子特有の甘い香りと胸に当たる柔らかな感触に戸惑いながら、顔を上げる。

 ミントは切羽詰まった顔をしていた。


「逃げましょう、旦那様!」

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