第6話 裏切りと覚醒と
「俺に?」
顔を上げる。
大人たちの目は敵意がこもったままだったが、何というか切実な感情も見えた。
「そうです。貴方に、このメイデン村を、パラディウス王国を、このイノセンティア全土を救ってほしいのです」
ビオ村長の言っている意味が頭に入ってこず、説明を求めてミントを仰ぎ見るが、ミントは真剣な目をしてまっすぐに紅雄の目を見つめて頷いた。
「俺は……何の力もない……ってこのやり取り前もやったな」
崖の上で何かしらの力に目覚めているクラスメイト達を見ている。だから、自分自身にも何かしらの力があるのだろうとは思う。が、
「俺は二年一組の仲間ですよ? あっちに寝返るとは考えないんですか?」
言った瞬間、大人たちがざわめき身構えた。殺気を込めた視線をぶつけ、膝立ちになり、剣を抜くものまでいた。
明確な敵意をぶつけられ慣れていない紅雄の背筋が凍った。攻撃をやめるように手で彼らを制す。
「ストップ……冗談……冗談です……!」
「当然、その可能性は考えております。なので、
枷と聞いて嫌な予感がして首を押さえる。
「枷ってもしかして命令に逆らうと爆発する首輪とか? それとも頭に直接埋め込むタイプ? そんなんこの世界に……もしかして魔法でそんな術があるとか? もしかして、もうすでにかけてる?」
ミントを仰ぎ見る。彼女はおかしそうにクスクスと笑って首を振った。さっきの紅雄の言動が滑稽でツボに入ったのだろう。
「そのような魔法があるにはありますが、この外れの村で使える人間などおりません。王都から呼び寄せることもできますが、あなた以外の『異能騎士団』の能力を見た限り、術を解除させることは容易いでしょう。ならば、強制的に従わせてもあなたに余計な悪感情を抱かせ、反発を招くだけ」
「なるほど、理にかなっている」
異世界の村の住民だから短絡的にそういうことをするのだろうという先入観があったが、このビオ村長は中々賢く理性的だ。というよりも、ゲームや漫画の知識で異世界を考えている紅雄の見方が間違っているのだが。
「なら、枷というと?」
尋ねる紅雄。
ビオ村長はゆっくりと腕を上げてピンと人差し指を伸ばした。
「その娘です」
ミント・ライトを指さしていた。
「枷? ミントさんが?」
「我が孫を、あなたの嫁にもらってやってください」
何、言ってんだ? このじじい。
「どうか、よろしくお願いします。旦那様」
ミントが深々と頭を床に擦り付ける。先ほど、紅雄がしたものと全く同じ土下座の姿勢だ。
「待て待て、待って? 話しが繋がってない。俺を縛る枷の話をしてた。枷の話はどこ行った?」
「その娘」
「よろしくお願いします」
一旦下げた指をビオ村長が再びミントに向け、一旦上げた頭を再び下げるミント。
「嫁⁉ ミントさんが⁉」
「時にベニオさん、歳はいくつで?」
「十六ですけど」
「ならうちのミントと同い年。さんなど付けずに気楽にミントとお呼びください」
「よろしくお願いします、旦那様」
「そうじゃなくて‼ どうして、ミントさんと結婚することが俺の枷になるんですか⁉」
女房ができると男は自由じゃいられなくなるとかそう言うことだろうか。
「魔王側にいるのは貴方の大切な昔の友人たち。彼らにあなたが弓を引くことはよほどのことがなければできますまい。ならば、よほどの理由を作ればいい。嫁です。愛のためならば男は、いや、何者であっても友情を捨てて弓を手に取るものです」
そう言うことだった。
「つまり、ミントさんと結婚させてやるから、俺に級友たちと戦えと」
「単純にそう考えてほしくはないですが、単純に言えばそうなりますな」
「殺しあえと?」
「そうですな。ミントのために」
「…………」
深々と頭を下げ続けるミントを見やる。
正直、ミントは可愛い。今まで見た女の人の中で一番可愛い……とは言えないが、ウチのクラスの女の子の三位ぐらいは可愛い。そして、村娘特有の素朴さと親しみやすさがあり、一緒に遊んだら楽しそうな感じだ。
「……フフ」
「………ッ!」
ふと、ミントが顔を上げて微笑んだ。
その瞬間、胸を矢でいられたような感覚に陥り、顔に熱がたまった。
「わかりました。戦います。この世界の人たちのため、魔王と。そして、俺の元クラスメイト達と」
紅雄の決意を聞いた途端に、ホールにいた大人たちがわっと沸いた。
「おお、やってくれますか」
流石にクラスメイトは殺す気はないが、元仲間のせいでこの世界の人々が苦しんでいるというのなら、守ってあげたい。
「ああ、言っておきますけど、この世界の人たちが困っているから助けようと思ったからで、別にミントさんと結婚したいからとかいうそんなふしだらな理由ではなく」
「え……」
ミントがかなりショックを受けた顔を浮かべていた。
「そんな、ふしだらな理由です」
「いやはや、素晴らしい。まさに勇者。貴方がやってくれないと言ったらどうすればよかったか。どうしても、この場で魔王側につくと言おうものなら、村人総出で今から貴方を殺さなければならなかった」
ビオ村長が恐ろしいことを言いながら胸を撫でおろす。ホールに待機している大人たちも同様に安心したように隣り合った人と微笑んでいる。
あんなに大人が自分を殺気立った目で取り囲んでいたのはそう言うことだったのかと、合点がいくと同時に、軽口でも「魔王の方に行こうかな」とか言わなくて本当に良かったと紅雄もホッとした。
「で、ベニオさんはどんな能力をお持ちなのです?」
「へ?」
「あるのでしょう? 他の『ワタリビト』と同じ、この世界の理を変えうる非常に強力な能力が」
ビオ村長はじめ、ホールにいた村人全員が期待を込めた瞳で見つめる。
「あ~……えっと……能力か、能力ねぇ……」
立ち上がる紅雄。
紅雄の能力の啓示、それが来なくて、この村で眠り続けることになったのだが……。
「あの、剣と盾を借りていいですか?」
啓示は、来ていた。
目覚めてこの集会場に歩いてくる間に、紅雄がどんな能力を持っているのか、頭にその知識が浮かび上がっていた。
「あ、あるぞ」
大人の一人が壁に立てかけられてある飾り物の盾をとり、自分の腰に差している剣を抜き近寄ってくる。紅雄に全力の警戒の目を向けて、じりじりと寄り、剣と盾を紅雄に差し出す。
「うわあっっ」
紅雄が受け取ろうとした瞬間、剣と盾を引っ込めた。
「嫌がらせしないで下さいよ」
「いきなり殺しにかかったりしない? 能力で何か危害を加えたりしない?」
子供のように大人の男が怯えながら問う。紅雄のクラスメイトはどうやら、この世界の人間にひどいトラウマを植え付けたようだ。
「しないしない。ほら、早く」
「本当? それにいきなり剣を巨大化させるとか、爆発させるとか。そんな危ないこともしない?」
「しないしない。俺の能力そんなに派手な奴じゃないですから」
「…………」
剣と盾を持ってきた男はビクビクと震えながら紅尾に剣と盾を渡し、紅雄の手に握られるなり、ダッシュで逃げていった。
「あ~……そんなに逃げなくてもいいのに」
さて、ここからが問題だ。どうやって、自分の能力を見せようか。どうにか能力をごまかして見せるか。正直に見せたら、多分、村人たちはまた殺気立った目を自分に向けるだろう。
「では、見せてください。ベニオさん。貴方の異能を」
「……はい」
どれだけ思案しても、誤魔化しの方法が見つけられない。
「いきます」
ので、紅雄は正直に包み隠さずに自分の能力を見せることにした。
「『
紅雄が能力を発動させた。
「……? 何が起きたのですかな?」
だが、見ている村人たちには何かが起きているようには見えなかった。
紅雄は持っている剣と盾、その柄の部分を皆に見せた。
「紋章?」
紅雄が手で触れていた部分に、黒い
「終わりですか?」
「いいえ、これからです」
ビオ村長は一瞬失望しかけたが、紅雄の言葉を聞くと、再び目を輝かせた。
紅雄は剣と盾を持ち直し、力を込めた。
「いきます……『
次の段階の能力を発動させた。
「おお……」
紅雄の持っている剣と盾が一瞬消えたかと思ったら、再び出現した。
紅雄は精いっぱいのドヤ顔で、一瞬消えて出てきた剣と盾を見せつけた。
「これが、俺の異能。『
なんと、剣は紅雄の左手に、盾は紅尾の右手に握られていた。
瞬きもしない間に、紅雄の手に握られた剣と盾が持ち替えられたのだ!
「……終わりですか?」
「逆もできますよ。『
再び剣と盾がワープし、最初に握られていた位置に戻る。
「何度でも『
剣と盾が何度も消え、紅雄の右手と左手を行ったり来たりする。
固まっていたビオ村長が段々体を震わせる。
「それ、で、終わりですか? それ以上は何ができるのです?」
「それ以上と言われましても……
俺の能力『
「えっと、嘘でしょう? 他にも何かできることがあるでしょう?」
「そう思うでしょう? できないんですよ。これが」
「…………」
ビオ村長がフリーズしてしまった。
「あの……その……」
ミントがどう声をかけていいか分からず、紅雄に手を伸ばしたまま戸惑っている。
ホールに来ていた大人たちは誰か一人深いため息を吐き、
「解散」
と、小さな声が聞こえ、ぞろぞろと集会場を出ていった。
大人たちが退場していく中、長い沈黙からようやく立ち直ったビオ村長がゆっくりと口を開いた。
「ミントを嫁に出す話はなかったことにしてください」
そして、深々と頭を下げて土下座の姿勢をとった。
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