第4話 馬鹿と孤独と
紅雄の体を暖かな光が包んでいた。
眠りのまどろみから引き上げる母の声のような暖かさだった。
「ん……んぅ……」
目を開くと、女の人が紅雄の傍らにいた。彼女は紅雄に手をかざし、彼女の手から光と暖かさが発せられ、紅雄の体を癒していた。
「ここは?」
「……!」
女の人は紅雄に声をかけられて体を跳ねさせた。ビックリした拍子に肩にかけられた伝統工芸っぽい刺繍の入ったケープが波のように揺れた。だが、すぐに平静を取り戻すと、優しい口調で紅雄に語り掛ける。
「気が付かれましたか? お名前は言えますか?」
歳は紅雄と同じか、少し上ぐらいだろうか。
の髪にエメラルドの瞳、そして、おっとりした顔立ちに見た人を安心させる柔らかな笑みをたたえている。
「………あ」
紅雄は彼女の問いを無視して、上から下まで彼女を見つめ、自分の周囲を見渡す。
木組みの家の中だった。古臭い木の臭いが漂い、家を構成している木の板は年季が入ってところどころ黒ずみがある。そして、女の人に視線を戻すと、彼女は布の白い服を身にまとい、
「俺の、名前は姫田……紅雄。呼びにくかったら、ベニオでいいんだけど。あ~……」
状況が少しだけ把握できたことで、彼女の質問に答える。
日本人離れした彼女に日本の自分の名前は発音しにくいのではないかと気遣ったが、そういえば、彼女の言葉が自分に通じているので、何かしらの魔法で日本語が通じているのではないかと勘繰る。
「はい、姫田紅雄さんですね。ようやくお目覚めになって嬉しいです。私の名前はミント・ライト。このメイデン村の村長の娘です」
予想通り、彼女はにこっと笑った。
彼女は日本語を話していた。異世界に転送したときに神が自分たちにそれを理解できるように魔法をかけたのだと確信する。口元も日本語を話しているような動きになっているが、この世界の共通言語も日本語ならば、彼女の名前がアメリカ人のような名前なのはおかしい。
「ミント・ライトさん。メイデン村って……どこ? 念のため聞くけど、ここは日本じゃないね?」
「目覚めたばかりで記憶が混濁しているのですか? ここはパラディウス王国領内東側にあるメイデン村。日本という国ではありません。貴方たちは、主神ロキによってそこからこの世界に使わされた『ワタリビト』なのですよ。記憶にございませんか?」
「あ~……あ~……段々思いだせてきた……」
バスが事故にあい、神にこの世界に連れてこられたこと、そして、チート能力を得たのに、中々自分に発現しなくて木に頭を打ち付けたことを。そのまま気絶して、この村に運ばれたのか。我ながら何て間抜けなんだ。
つーか、あの神の名前ロキなんだ……なんか急に信用できなくなって不安になってきた。
「大丈夫ですか? 貴方はこの村近くの丘で仲間の人たちと一緒に召喚されて、そこであなたただけは木にいきなり頭を打ち付けて気絶してしまったと、この村に運ばれたのですよ」
やばいな、木に頭を打ち付けたことが伝えられている。じゃあ、ここで寝ている間ずっとこの娘を含めたほかの村人に馬鹿だと思われていたってことか。
「それは、ごめん。わざわざ看てくれてありがとう、ミントさん。じゃあ、他の、俺の仲間はまだ村にいるのか? それとも皆俺を残して旅立っちゃったとか?」
少し冗談で尋ねる。まさか、そこまで薄情じゃないだろうと思いつつ……、
「ええ、みなさん旅立たれました」
「え、皆? 一人残らず?」
「ええ、ベニオさん残して、一人残らず」
そこまで薄情だった。せめてあの優しい好青年、将だけは残ってくれると思っていたのに。
「三ヵ月前に」
「三ヵ月前に⁉」
ちょっと待て……そんなに俺は眠っていたのか⁉
「え、ええ……頭を打った衝撃が強くて陥没していたので。頭蓋骨が割れて、脳にまで欠片の骨がいくつか……」
「そんなに強くやってた⁉ 俺完全に馬鹿じゃん!」
頭を抱え、もだえる紅雄。彼に見えないようにこっそりミントは頷いた。
「ですので私はずっと治癒魔法をかけ続けて何とか回復されて……あまりにもひどかったので、目覚めない可能性も高かったのですが……あの、自殺はやめた方がいいと思いますよ? それにするにしても、もっと痛くない方法が……」
「自殺未遂者だと思われてる⁉ そりゃそうだよね! あんな馬鹿なことしたんだからね! いや、違うんだよ。自殺しようと思ったんじゃなくて、啓示を受けようとしたの。頭に衝撃を受けたら、何か閃くかなと思って」
「はぁ、それはお気の毒に……」
「憐れまれてる⁉」
完全にミントは可哀そうな物を見る目をしていた。
「はぁ~……まぁ、いいや。じゃあ、この世界はどうなったんです? 魔王が支配したって聞いてたけど……いや、俺たちみんなチート能力を持ってるんだからもう倒してるか。三ヵ月も時間たってるんでしょ? なら、もう魔王は倒されてるんじゃない?」
軽く聞いた紅雄。だが、ミントは沈痛な面持ちで瞳を伏せた。
「実は……そのことについては私の口からは……」
「え……」
そんな、嘘だろう……。
二年一組の仲間はチート能力を神から得て、三十人、紅雄を覗けば二十九人いたんだぞ。不死身に魔物使い。その他諸々物凄い能力を得た人間が二十九人も。彼らの行方について言葉を紡ぐということは……。
「全滅、したんですか? 俺の仲間は……」
「そのことについては私が話しましょう」
しわがれた声が聞こえた。
「初めてお目にかかります。私はこの村の村長、ビオ・ライトと申します」
白いひげを蓄えた老人が髭を撫でながら、軽く会釈をした。
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