第91話 ユングリング家の災難4 〜息子に負けた上、災害級の魔物を前に逃げて領地が内部崩壊して無一文どころか借金だらけになってもやしを食べる日々になった件〜

「どうしてこうなったのだ……」


広い屋敷に一人ぽつんとひきこもりながら、ユングリング家長、ノアの父親は一人呟く。


ユングリング家はノアの追放、執事長エーリヒの出奔、更には官吏たち、それどころギルドや商人たちが大量に親戚筋のアシュフォード領主アーサー、いやノアの元へ押し寄せた。


その為領地の財政状態が……悪いらしい。彼には財務報告を理解する能力も説明してくれる家臣もいなかった。


それで体裁を気にした彼は最初高い金を払い、闇の人材で嘘の財務報告書を公表していた。


だが1週間とたたず、捏造が知れ渡り、ついにユングリング家の財政は破綻した。


3男のノアのせいで、私の人生が変わってしまった。


ノアが追放刑から生還し、アシュフォード領主の養子となったというニュースが王国中を駆け巡った。その上先日の決闘の際に運悪く出くわしたSSS災害級の邪神の使徒をノアが倒したので、ノアの知名度は急上昇、結果的に3男ノアの追放刑についての疑惑が追及され、財務報告の虚偽までバレた。


私が各種利権を独占し、下級貴族から賄賂を巻き上げていたことも。


上級貴族に賄賂を贈り、様々な便利を図ってもらっていたことも。


みなやっていたことなのに!


3男の領地経営が優秀すぎるが上に、その優秀な息子を追放してしまったばかりに、悪目立ちした。王都の平民からのヘイトもハンパない。


まあ、ノアを追い出したことは元妻のハンナに押し付けてやりはしたがな。


そう言えばルイとテオは行方不明で、もう1週間もアシュフォードの奴隷商の商売のアジトと聖剣教から帰ってこない。


何かあったのか? まあどうということはないだろう。


いざとなったら養子を取ればいいだけだ。


だが……そんな些末なことより、もはやこに王都に私の居場所はない。

それにつけても……あのクソ陛下。あのくたばりぞ来ないは私を責め立てた。


何故ノアを追放したのか?


何故領地経営の財務報告の虚偽報告なぞしたのか?


賄賂、横領……何故このようなバカな真似をしたんだとか?


何を言ってるんだ?


あの魔法の才能がないくせに生意気なノアの使い道など他にあるか? それのどこが悪い?


私が領地経営に失敗などするわけがない。だから復活するまで些末な情報を隠した、それのどこが悪い?


賄賂、横領、みなやっている。もちろん一番やっていたのは私だが、それのどこが悪い?


「……私のほうが追放された……のか……世話ない、がな」


ノアの親父ガブリエルはそう呟く。


その時。


——ガン!


ああ、またか。


誰かが、私の家の窓に石を投げ入れたんだろう。


もう何度も石を投げ込まれているから、今では窓ガラスは全部なく、窓際には石が散乱していた。


それだけではない。


時折、家の前で私を罵倒するヘイトスピーチをする者が後をたたない。


まあ、私が昔陥れた奴らだろうがな。


他の貴族共もそうだ。それまで賢者の私にへりくだっていた貴族どもがすっかり掌を返して、今では上から目線で私に意見してくる。私を見下すとか……自惚れるな。


だからもう、かれこれ一週間、王城には行っていない。


何故、この私がこんな目に会うのだ?


何故、この私がこんな惨めな思いを?


決まってる。


ノア!……あの出来損ないの息子のせいだ!


「必ず……必ず見返してやる……!」


そう決意し、私は昼食のもやしを口に入れる。


「……美味い」


私は粗食の中で、このもやしが一番美味いと思った。


いや、今はもうこれしか買えないのだが。


明日にはどこか小さな家へ引っ越しをしよう。


都落ちだが、やむを得まい。


しばらくすれば領地の経営も元通りになるに違いない。


そうしたら、あのノアに復讐してやる。


そう考えると、顔の筋肉が緩んだ。


「ふ……ふふふ…!」


その妄想だけを信じて、私は一人、もやしを食べ続ける。




彼は知らなかった。国王は……ノアの罪が無実である……というよりリリー殺害の罪に何の証拠もないこと……リリーとノアが愛し合っていて、話に無理があること……そしてユングリング家 の家臣から本当の犯人はおそらく長男と次男のテオとルイではないかという状況証拠を……少なくともノアが犯人である筈がないことは判明していた。そして裁判に家長レオが圧力を加えたことも裁判官の自白で理解していた。


更にはノアは国王と市井の女に産ませた自身の本当の子で、彼と市井の女は心の底から愛し合っていた。当然実の息子のノアのことは片時も忘れたことはない。


国王は自身の子、ノアを追放刑に処し、命の危機に陥れたこと……その復讐を遂げるため、着々と準備を進めていた。


そう、彼の未来はない。

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