第89話 決戦1

戦いは熾烈を極めていた。


「光あれ、地は混沌であって、闇が深淵の面にあり……水によって生まれる『爆裂【ハイドロエクスプロージョン】』!!」


「光あれ、地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動さん『暁光の慈悲【ヒューペリオン・ブレッシング】』!!」


クロエちゃんの爆裂魔法にアリスの光の攻撃魔法が炸裂した。


「す、すごいのです。わたくし、神級以上の魔法なんて初めて見ます」


「魔王のクロエちゃんはともかく、ポンコツのアリスさんまで人外とかご主人様は仲間まで桁が外れてます。僕、ますます尊敬しちゃいます!」


そんなルナも聖剣で邪神の使徒を圧しているとか、桁が外れている自覚がない。


混乱の中、取り残されていた人物がいた。自身の養子だった育ての親、レオだ。彼は焦っていた。


突然現れた化け物。実際に対峙はしていないが、とてつも無い化け物だと言うことは肌で感じた。これ程の魔力を発散するなど、経験したことの無い強さだ。


一度は逃げようとしたが__いや、今もさっさと逃げ出したいが、自身が賢者の称号を授けられた存在であることに思い至り、竦む足を止め、踏みとどまった。


だから逃げ出せずにいたのだが――なんと、ノア達が戦いを始め、観客が逃げる時間を稼いでいるではないか。いや、このままだと倒せるんじゃないか?


驚くべきことに、全員の攻撃が化け物に大きなダメージを与えている。


誰かの攻撃がヒットするたびに、化け物は怒りの咆哮をあげていた。


と、言うことは、あの化け物は攻撃と見かけに極振りの防御力皆無の魔物に違い無い。


はっ!!


ならば、史上最強の爆裂魔法の使い手の私であれば、あの化け物を瞬殺できるのでは? と――レオは思いはじめていた。


アリスやクロエが使っている魔法はレオの爆裂魔法など児戯に等しいものだとも知らずに。


信じられないことに私が負けてしまった。さぞかし汚い手で私を出し抜いたのだろう。このままでは、ユングリング家の名声も私の賢者の名声も完全に落ちてしまう。ここで、すこしでも名誉挽回しなければ。


既に病気に近い被害妄想と現実捏造。王都の平民は既に賢者が卑怯者で息子のノアに遠く及ばない。真の賢者と言えるのはノアであり、今も市民のために戦っている。


賢者は逃げた上、そこで化け物に怯えて隠れている始末だ。


てんで見当違いに思いを胸に、こっそりと後ろから魔法を放つ。


「うおおおおおお『爆裂【プロメテウス・ブレイズ 】』 !」


レオ渾身の爆裂魔法が邪神の使徒を襲う、が。


襲ったんだが。


「ガァ……?」


「へ?」


まったく効いてない。当の邪神の使徒も攻撃が気のせいか? と言った具合。


いや、むしろ回復したような?


そんなバカな?


動揺するレオに、邪神の使徒が目を向ける。


気のせいではなく、新たな敵と認識した化け物は軽く尻尾をふる。牽制程度だろう、だが。


身体強化や鍛錬などしていないレオには情け容赦ない一撃となった。


「ぴゃゃゃやややややああああああ!!」


吹き飛んだレオは奇声を上げながら呆気なく飛んで行く。


「誰だ? こんな時に遊んでいるのは?」


俺は誰だか知らないが、こんな時に敵を回復するという信じられないやつに憤慨した。


だが__。レオか?__。ほんと使えないヤツだ。


空を飛んでいるレオを見てようやく腑に落ちた。


死んではいないだろう。落ちたら気絶するだろうから、目を覚ましたら、治癒すればいいだけ、だから問題ない。


レオの火系の爆裂の魔法のおかげで、せっかく削った化け物の体力がむしろ回復してしまった。


この化け物は闇属性だが、火とも相性がいいらしい。火魔法はどうも回復になるようだ。


「ピヒャーーーー……」


奇声を発しながら、レオが落ちてきたのは、俺の真上。


戦いの最中に邪魔をされて敵わん。


もちろん避ける。


どすん。


「うぽぉーーーーー!」


こんな時にまで遊んでいるレオに呆れたが、また気絶した。


穴を作ってめり込んでいた。


こんなところに穴を作られたら邪魔でかなわん。


全く__だが、穴にめり込んでいる間は助ける必要もないからいいか?


彼に期待するのは間違いだとは思うが、ほんとに使えない奴だ。


しかし、この化け物を俺たちだけで倒すとか、かなり無理ゲー。


決定打がない。アリスの光神級攻撃魔法にさえ耐える闇属性の化け物とか、頭おかしい。


そう、焦っていると。


何もない空間にぽうっと突然文字が浮かび上がった。


『力が欲しいか?』


欲しい。 仲間を守りたい。王都の人達を守りたい。


強い力が欲しい。


「……欲しい」


俺の心の声が思わず出た。


文字はコンマ数秒で消えた、だが。


『力が欲しければ空気を読め』


俺は空気を読んだ。

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