第16話 この女の子誰?

俺は安息の間に入り呆然とした。


そこにある筈がないモノがあったからだ。


いやそれはモノではなかった。


女の子だった。


クリスタルのような透明な物体に閉ざされた中にその女の子はいた。


「誰?」


俺は思わず尋ねた。


だが反応はない。


女の子は目を瞑って眠っているようだ。


どういう風になっているのかわからないが、琥珀の中の虫のようにクリスタルの中に閉じ込められている。


しかし。


「き、綺麗だ」


俺は思わず感想を漏らした。


信じられない位整った顔立ち。


歳は俺と同じ位か?


俺はつい迂闊にもクリスタルに触れてしまった。


しまった!


と、思った時には女の子は目を開けていた。


女の子と視線が合う。


「あ、あの、俺は、その」


思わず言い訳じみたことを言ってしまう。


次の瞬間。


パリーン


と、クリスタルが割れた。


「……あ!」


まさかクリスタルがそんなに簡単に割れてしまうとは思ってもおらず、そもそもこの子が誰かもわからず狼狽する。


そして女の子はゆっくりと宙を浮きながら優雅に床に着地する。


それにしても綺麗な子だ。


衣装は貴族の令嬢のようにレースがふんだに使われている白いブラウスに青いスカート。


かなり高貴な身分の令嬢に見える。


再び彼女と視線が合うと、彼女は口を開いた。


「ありがとう。あなたが私を助けてくれたのね」


は?


何のことだ?


「い、いえ俺はただ君が入っていたクリスタルに触れただけで何もしてないよ」


事実だけを伝える。


別に助けるというつもりはなかった。


興味は引いたが、むしろ何者かもわからないのにクリスタルに触れてしまったのは迂闊だった。


しかし、彼女はニッコリ笑顔をたたえるとこう言った。


「ううん、あなたが私を助けてくれたの。この階層の安息の間にたどり着いた者がクリスタルに触れると私の封印は解けるの。ようやく私は解放されるのね」


「き、君は何者なの?」


率直な質問。


どう考えても普通の人間である筈がない。


思わずゴクリと唾を飲み込む。


何者か?


敵である可能性は否定できない。


「私は吸血姫アリス。大昔に勇者様に封印されたの」


「勇者様って、あのおとぎ話の?」


「多分そうよ。私は勇者いつきに封印されたの。でも、別に悪さをした訳じゃないの」


「勇者いつき? 誰それ?」


俺は聞いたことがない勇者の名前が出て来てわからなくなってしまった。


「勇者いつきを知らないの? まあ、私が封印されてどれ位年月が経ったかわからないから風化したのかな。私は仲間に裏切られていつきに封印してもらったの。この階層にたどり着いた者を助ける為にね。そしてようやくあなたが辿りついたと言う訳だよ」


「仲間に裏切られた?」


裏切られた。


俺はそこに興味が湧いた。


実家に裏切られてここにいる俺にとってそれは興味があることだった。


「そうよ。私は仲間に裏切られてね。信じてたのにね。生きていれば必ず殺されるからほとぼりを冷ます為にここに封印してもらったの。代償は私の封印を解いた人を助けること」


にわかにには信じられないが、嘘を言う理由も見当たらない。


だが、俺は疑問を口にした。


「助けるって、君は何かすごい能力を持ってるの? こんなダンジョンの奥で生き残るには相当な力が無いと無理だよ。俺も何度も死にかけた」


「ふふ。私は普通に死ぬことはないよ。白木の杭で心臓を貫きでもしない限りかな」


「!!!!!」


白木の杭で心臓を貫かないと死なない者。


それは。


「き、君は吸血鬼?」


「だから最初に名乗ったでしょ? 私は吸血姫アリス」


そう言えばそう言った。


驚き過ぎて聞き逃していた。


「じゃ、まずは、お礼をしようね」


「お礼? 一体何を」


吸血姫アリスはいきなり俺を押し倒してキスをした。


「ちょ! いきなり何を?」


俺は彼女を無理やり引き剥がそうとするが、すごい力だ。


この子何?


ゴリラ?


何とか引き剥がしたものの、俺は理解ができない。意味わかんないだけど?


「なんで嫌がるの? 私のキス、嫌だった? 男の子の方がいいタイプ?」


「ちがーう!」


「そう、じゃ、照れてるのね♪ でも勘違いしないでね。私、決して一目惚れした訳でも、この気に乗じて既成事実作ろうとか、早く結婚して赤ちゃんは男の子と女の子一人づつがいいとか思った訳じゃないんだからね!」


いや、これ絶対一目惚れしただろう。


勝手に自分の心曝け出すとか、この子自分の心がダダ漏れになる病にでも犯されてる?

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