第13話 襲撃
昼過ぎ、いつもより数時間は遅いがへベルナが来る。
そして結局本はほとんど進むことがなかった。
キルケ―という魔導士が昔に居た事とその魔導士が魔法について弟子にも話していた事くらいしかわからなかった。
「アキラ、おはようございます」
いつものように静かに笑いながら、挨拶をしてくる。
「おはよう、へベルナ」
俺としては少し気まずいんだけどな、おんぶしてもらったわけだし。
「......前はありがとうな、背負ってもらって」
「構いませんよ、アレくらいなら何時でもできますし、良い運動になりました」
「運動って......」
「アイーシャから聞きました、まだ戦闘するのはきつそうですね......ただあの怪我で1日経ってるだけなのにその回復力はすごいです」
確かに完治はしてないが数日すれば回復できるだろう。
「......回復魔導士を連れてきたのですが」
「回復魔導士、回復を専門にした魔導師って事か?」
いるみたいなのは聞いていたけど。
「はい、回復魔法は高度な魔法ですから、専門にしている者もいるのです」
「俺、お金ない」
「安心してください、私は貯金がありますから」
「はぁ、何から何まで、頭が上がらない......」
「気にしないでください......では呼びます」
へベルナがドア越しに誰かを呼ぶ。
「ヒリア先生、お願いします」
そう呼ばれて出てきたのは小さなお婆さんだった、目を細めてヨボヨボ、小さなカバンを持っている。
「ヒリア=クホ先生です」
へベルナが教えてくれたヒリアという先生は近くの椅子に座る。
「アキラ=フジワラです......よろしくお願いします......」
「ほほっ、ヨロシクね、アキラちゃん......少し触るよ?」
そう言って俺の横腹を触る。へベルナはそんな俺を見守っている......マジで母親か
「これならすぐ治るわねぇ......」
そういって緑色の光が傷口を包んでいく。
「『ヒール』」
そう一言呟くと、俺の傷口はドンドンと小さくなっていき。
「すっすごい、痛くな......いたっ」
痛みはまだ引いていない、少し時間がかかるようだ。
「元気なのは良い事よ......これで大丈夫かしら?へベルナちゃん」
「ありがとうございます、ヒリア先生」
「ありがとう先生」
礼を述べるとヒリア先生は笑顔でそれを受け止めている。
「それでは私はヒリア先生を連れて――」
「私は一人で帰れるから平気よ......」
「ですが......」
「心配性ね、大丈夫、私はこう見えて強いからね」
細いヨボヨボな腕を上げる、正直強いとは思えない。
「へベルナちゃんも休んでね」
「......はい、ヒリア先生もお気をつけて」
「はい、ありがとう」
そう言ってヒリア先生はアイーシャに連れられて部屋を後にした。
「......【
「謹慎処分か」
「【
「......そうか」
「?あまり感情がないですね、喜んだり、安心したりするかと思いました」
確かに安心はしたし、俺を殺しかけた話の聞かない野郎だとは思ったが。
「あいつも被害者だろ」
「――」
仮に俺がドージャだったら、冷静にはいられないと思う、あいつは慕っていたマスターを変えられた、その原因の立つが目の前にそいつがいた......、
あいつは冷静さを欠いてはいたがその気持ちは理解はできる。
まぁそれはそれとして......
「まぁ、嬉しいとは思ってるがな!よくも俺を殺しかけたな、と、ざまぁみろと!」
「......そこは言わないでくださいよ......かっこよかったのに......」
とにかく敵が減った、これで一歩前進だろう!
「......ただ、わからない事がある、ネイロスの所へどうして向かわなかったんだ?」
ドージャや他の冒険者がネイロスを慕っていたのはわかったが、なぜギルドを抜けずにネイロスを追わずにいたのか不思議だった。
「実はネイロスは行方不明なんです、私も影ながら捜索の手伝いをしているのですが、さっぱりで......」
ドージャは俺やマスターを変えられる原因を取り除けば戻って来てくれると思ったのだろうか、へベルナは悲しげな顔をした、するとまたいつものような顔つきに戻り。
「......では、私は用事があるので」
「用事って?」
「えぇ、採掘場の調査ですよ、私が案内しないといけないので......」
「調査って、そんなにすごいものが?」
「すごいというより怪しいですかね、アキラは今日は安静にしていてくださいね?『ヒール』は怪我は治せても疲れを癒すわけではありませんから」
「ン―ッ!」
へベルナは大きく伸びをする。
「また来ます、今日もゆっくり休んでいてくださいね」
へベルナはそう言って部屋を後にする
魔石採掘場に向かっていくのだった。
「あっ【キルケ―の魔法論】について聞いておけばよかった......」
◆◇◆◇
へベルナは採掘場の最深部で目撃したモノを調査する為に再度最深部へ。
調査に同行したのは【
【
【
同じギルドのへベルナ=マギアフィリアは道案内兼戦力として。
そしてプロイントス家の使者兼見張り役として兎型獣人ウササ=ラルジャが選ばれた。
「なるほど、奥にそんなものが......」
「はい」
ガレナは静かに笑みを浮かべながら私を見てきた。
「見張りがいたのにどうしてこんな奥まで行けたの?へベルナ?」
あ。
「......どうしてでしょう?」
「そう.......ウササは知ってる?」
「しっ知らない、私知らない、お菓子なんて貰ってない!」
ウササは口を塞ぐがもう遅い。
「そういう事ね、へベルナ?」
「......はい」
ある程度歩いていくと行き止まり、つまり最深部である。
「そしてここの階段と......確かに異質な魔力を感じる......」
ガレナは地面に手をつける。
「この下に?」
「はい」
地面のドアを開ける。
「それでは、足元に気を付けてください」
■
「......確かに、これは......」
ガレナも空間が異様であることを把握したようだ、真っ赤であることよりも円状の空間に満ちる邪悪な魔力それは、中央部の祭壇らしきものを中心にして広がっている、恐らく魔力の元凶は既になく今はその残滓が発生しているのだろう。
「この紋様もきっと意味があるはず......」
祭壇を中心に紋様がところどころ目を模した形をしながらカクカクと放射状に拡散されている。
ウササはやはり調子が悪くなるらしく、入り口付近の端に座っていた。
「トラッテ、この紋様の形も全て記録しておいて」
ガレナは真剣にそう語りトラッテもそれを詳細に記録する。
「はい、わかりました」
そんな中バルガは、壁に埋め込まれているいくつもの赤い結晶に意識を向けていた。
「なぁ、この薄い青の奴はなんなんだ?」
バルガは腕を組みながら、それを見ている。
「それが気になっていたのです、何か意思のようなモノがありますよね?......それに、これは意識不明事件の時に見かけたのに似ています」
核には薄い青の塊がユラユラと浮遊している。それは何かを知らせようと動いてる気もしたし、ただ無意味に浮遊しているだけにも見える。
バルガと共に壁の結晶を観察する。
「装飾品用に色を変えた魔石もあるって話を聞いた事はあるけど、なんていうか物好きな人もいたものね」
ここにある魔石は全て深紅というには禍々しすぎる。
「あと、祭壇らしき所......」
中央部の祭壇には血のように赤黒い魔石の欠片らしきものが残っていた。
「......これは、回収するのは無理ね」
「ガレナもそう思いますか」
「それに周りの結晶の中の塊、これも何かあるはず......」
この調査隊事態即席で誕生したもの、近く本格的な調査隊が結成されるだろう。
「トラッテの記録が終わったら引き揚げましょう」
■
「皆さん、記録終わりました」
トラッテの言葉を待っていたかのようにウササはぴょんぴょんと跳ねる。
「やったこれで帰れるよ!」
「もう外は真っ暗でしょうね......」
「何かあるかと思ってきたが、俺が来た意味なかったな」
「バルガ、ギルドに戻ったらメンバーに色々言われるわねぇ」
「あぁ、言わないでくれ、無理して言って何もなかったとか......」
ガレナとバルガが話している間、私は何かを感じて階段の方に意識を向ける。
「ん?へベルナ、どうしたの?」
「......いえ、何か近づいてくる音がしませんか?」
ウササは耳を立てる。
「――ッ!誰かすごい速さで来てるよ!」
「っ一人!?」
「うん!」
「そう、見張りを連れていないと......だとしたら相手は不法侵入をしている事になります、ウササ後ろへ」
「んッ!」
ウササはそう叫ぶとそのまま階段を離れて私の後ろに隠れさせた。
「バルガ、ガレナ!」
「わかってるわ、トラッテはウササを」
「っわかりました!」
トラッテはウササを連れて後方へ移動する。
「俺は先頭で戦うぜ、ガレナサポート頼む」
「バルガ、あなたが倒れたら、全員死ぬかもだから、お願いね?」
「へっ責任重大だな、任されたッ!」
「私はここでは大きな魔法は使えません、トラッテ達を守りながら援護します、バルガたちは相手に集中してください」
階段の前に立つ、先頭にバルガ、その後ろにガレナ、さらに後ろには、ウササを後ろにしてトラッテとその二人を守るへベルナ。
ドッドッドッドッドッ――
激しい足音が聞こえて来る、もうすぐだ――
――バンッッ
階段から何かが飛び降りてきた――
「――ッ」
二足歩行の紫色のリザードマンだ、剣を持っていることから剣士であることが察せられる。白かったであろう鎧は返り血で全身を汚している、血で薄汚れた剣をバルガに向ける。
「お前、人殺したな?」
後ろにいるウササとトラッテを守りながら警戒をする、バルガとガレナは堂々としている。
「手加減なしだッ」
バルガもまた相手の出方を伺い――
私が瞬きした瞬間――
バルガは拳を鉄に変化させていた
「――ッ鉄拳制裁』」
一瞬だった、魔物もそれに気が付いて防御態勢をとるが間に合わない。
顔面を――
「――ッ」
――殴り飛ばす。
「――まだだッ」
「ッ!」
さらに追撃し、そのまま階段に叩きつける。
「おらッ――」
魔物の足を持ちもう一度、地面に叩きつける。
「ひゅ~さっすがねぇ、バルガの鉄拳お師匠顔負けじゃない?」
叩きつけ見下ろしているバルガの元へガレナは近づていく。
「はっ師匠の前でそれ言ってみな、笑われんぜ」
魔物はよろよろと立ち上がる、凄まじい耐久力、殺すつもりはなかっただろうが、あれを食らっても立てている。
「死ね『四連切』」
隙を突き相手は疾風の如き4連切。
「ッッ」
バルガは防御の態勢を取りどうにか耐えるが――
「ッチ、悪い油断した......」
「中々強力ね、仮にもギルドマスター相手に」
「はい、これほどの使い魔を使役するというのなら、相当な実力者......」
あの時戦った魔導士かそれ以上の可能性がある。
「バルガ、退きなさい」
「ガレナ、しかしな......」
「退いてくださいバルガ、死にますよ」
「......わかったよ」
相手は剣を持ちながら構え続けている。
「ガレナ、私が行きます」
「......わかったわ」
ガレナは補助サポートを得意にしていて戦闘は得意ではない、使い魔もやはり戦闘タイプは少ない為私ががバルガを除いて唯一戦闘が得意なタイプだ。
「だが、ここでは大きな魔法は使えないだろ?」
「規模の大きな魔法は、ですよ......まぁ隠し玉なので、あまり人には見せたくはないのですが......仕方ありません」
こんな時の為に習得したのだから。
「名前くらい名乗ったらどうですか、それともそんな知能はない魔物なんですか?」
「ッ......我が名はアールズ、細切れにしてやるぞ......小娘」
「どうぞ?」
アールズは剣を構え飛び掛かる。
「『黒薔薇』」
杖の先から現れた黒と紫の荊と薔薇の花、それがアールズを包み込んでいく。
「なんだ?......このような荊もどき......すぐに切り裂いて......」
アールズの鱗は荊の棘をへし折りながらブチブチと引き裂いていく。
「『――』」
小さく呟く、それは何の魔法か、白い光が『黒薔薇』を包み込んでいく、瞬間に『黒薔薇』の様子が一変し、生き物のように動き始める。
「――ッ!?」
黒い薔薇というよりはとぐろを巻いた蛇による捕食であった、荊がアールズの身体をミシミシと締め付けていく、
「き、きさバァァッ」
「......」
血を流しながらそれを苦しそうに足掻き続けている。
「ひっ、へベルナ......」
ウササが離れていくのを感じた、どうやらトラッテの後ろに隠れたらしい。
バキバキと洞窟内だから嫌に響く骨を砕く音、アールズは剣で荊を裂こうと足掻くが
「無駄」
先端の薔薇の花が頭部に突っ込むとさっきまでもがていたアールズは明らかに力を失っていく。
「目的は何ですか?」
ポタポタと血が零れ落ちていく。
「我は、あ、主より命を受けた......だ、が。目的の物はない......」
「何を言っているのですか」
「っ......」
アールズはそういうと光の粒に包まれていき消えた。
「......退去......これは術者が退去命令を出したのでしょう」
杖を横にスライドさせて『黒薔薇』を解除した。
あぁ、しまったな、またやってしまった。
「いや、すごいなへベルナ、あんなのあるならさっさとやってくれりゃ良かったのに、俺がやせ我慢してたの無駄じゃねぇか」
「今のは体力使うのであまり使いたくなかったんです」
「あれだよな、あのまま殺せたんだよな多分、えぐい魔法だよ、ホント」
「......」
歴戦の戦士であるバルガにとっては、ああいう事も瞬時に呑み込めてしまうからだろう。
「貴方の隠し玉ってアレの事なのね」
「あの、皆には言わないでくださいね」
「えぇ、ギルド連中が知ったらどう言うか、マスターなんて心配するでしょうね」
「はい、過保護なんですよ」
ガレナは私とは長い付き合いだった、私がそれなりに訳ありだというのはわかっていた、故にこういった出来事もすぐに呑み込んだ。
しかしそんな事に耐性のない者もいた。
「トラッテ、怪我はないですか?」
「え、あ、大丈夫ですよ」
ウササに近づいていく。
「ウササは、大丈夫?」
「......だ、大丈夫」
「良かった」
「......」
「ウササ?」
やっぱりね、ウササはトラッテの後ろに隠れるようになった。
「全くとんだ大仕事になっちまったな、とにかく急いで外に出るべきだな
「はい、術者が逃げる前に」
急いで採掘場の出口へと向かう、出口に近づいていくと大きな戦闘音が聞こえ始めた。
「みんな、警戒を!」
私はそう叫ぶ、瞬間に炎の玉が飛んできた――
「ッ『魔力障壁』」
即席の防御魔法だった。
「けほッけほッ大丈夫ですか......」
突然の攻撃魔法に戸惑いながらも直撃ではなく落石に対する防御魔法だったため、どうにか防げた。
へベルナは採掘場から出るや否や、穴ぼこだらけの地表の状態、所どころ血痕が残っている。
「一体......」
遺体も在っただろうに吹き飛ばされている。
「ッ誰」
リードルが力なく座っている。
「......ぐふッ」
ガレナはリードルの顔を見て
「どこかで見た事があるような......ッ【暗闇の蛇】のリードル!どうしてこんな」
「ッり、リードルだぁ!?」
バルガは思わず叫ぶ。と言う事は此処では誰かと戦闘を行い、そして【暗闇の蛇】のギルドマスター・リードルは負けたという事だ。
「とにかく回復をッ」
それからすぐに兵士や冒険者たちがやってきた、相当大きな戦闘であったようだ。
またどういう訳かアキラが少し先の森で倒れていたという事も報告された、直後に帝国の兵士たちも集まり始め事情聴取を受ける事になるのだった。
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