覇王新生 最強の変身能力は取り扱いに注意せよ!
村日星成
序章 無い無い尽くしの異世界生活編
第1話 落ちて、辿り着いたその先
「殺せッ暗黒時代の残滓を消し去れッ」
宮廷魔導士の一人がそう叫ぶと周りの魔導士達も力を合わせて魔法陣を構築していく。
「貴様らの所為で我らがどれほど苦しんだかッ」
「く、ククハハハハッ」
思わず笑みが零れた。
「何がおかしいッ」
だっておかしいだろ?
「おかしいだろ、なぁッ!?」
魔法陣は強力な重力を発生させ自らの肉体を地面へと括り付けて行くが、それをも凌駕する魔力を足元に集中してバネのように逆噴射をする、皮膚は切り裂かれていくが関係ない。すぐ再生する。
「ッ皆の者全力を持って――ッ!?」
「死ねッ!」
油断していた。
「――新時代にお前はいらない、覇王」
「――は?」
「死ね」
今のいままで気が付かなかった背後の気配、迂闊だった。
後ろを振り向く隙すらも与えられる事はなく、頭は砕かれ――
◆◇◆◇
俺
しかし両親を事故で亡くして伯父に世話になりっぱなしだったからそんな事は出来ない、暗い気持ちを打ち消す為に外で散歩しているが......
合わない仕事なんてやるべきではなかったな、過去の自分に言いつけてやりたい。
ちゃんと考えろよと......俺の性格的に意味はなさそうだが。
愚痴を零していると......
「......ん?」
不思議と辺りの人影がなくなっていた、普段なら人がいてもおかしくないというのに......
「は?」
足元に変な紋章が刻まれている、前を向くと家や空、空間といったものがカクカクとズレていくという不気味な光景に変わっていた。
「何だこれッ」
そこから出ようとしても見えない壁に阻まれる。
空を見上げると、太陽......のはずがなく、曇天の空を黒い何かが徐々に近づいて来る。
「あっ――」
それは腕だった、黒い腕に捕まれて目の前が真っ赤になった――
その光に包まれる、真っ赤な光。
それは――
とても恐ろしい感覚だった。
自分という存在が遠くになる感覚。
なにかが結合していく感覚。
思い出、歴史、関係......
喪失していく......断絶していく......
いま起きている事は尋常ではない事だ。
こんなのはいきなりすぎる、これは......
だけど――
きっと――
もう――
◆◇◆◇
「――■■■■■■■■■■」
?
なんだ?
激しい光と轟音が響くが何だなんだかわからない、ただ一つわかる事は――
「――へ?」
恐らくものすごい標高を頭から落ちている事だ。
「――(なんだ、どうすればいい、死ぬのか!?)」
光のおかげなのか、風圧は軽減されて痛みは感じてはいない、しかし落ちたらどうなるか。
「ヤバッ」
頭が回らずにいると、地面に近づいてくのが景色からわかる。
「――っ!」
うっすらと都市のようなモノが見えたのを最後に
「――」
流星の如く落ちた晃は森に落ちていく、視界は真っ黒くなり。
激しい爆発音が森中に響きわたるのだった。
■
「うっ......」
視界が真っ白になったり真っ黒になったり忙しい。
内心そう思いながら、両手を使い立ち上がろうとする......
「.......っ!死んでない!」
思わず両手を二度見する、普通に起き上がる。
地面にはクレーターの跡が残っていて、それほどの衝撃であったようで身体の状態を確認する五体満足のようだった。
「はぁ、よかった......」
辺りを見回すが、木、木、木と変わり映えのしない景色。
木漏れ日が森を幻想的に照らしている。
「......なんなんだよここは」
転生......いや、転移......なのだろうか、もしそうなのだとしたら、何か特典のようなモノが欲しい、いや、ないと生きていける気がしない。
「......とにかく落ちる時に見えた町に向かうか......」
我ながらやけに冷静な気がする、漫画とかで予備知識があるからか?......正直座り込んで考えたいが。
「そんな余裕ないしな......」
誰かに見つけてもらう、保護してもらうのが先だな、そうすればするべきこともわからだろう。
「......っ良し、せっかく異世界に来たんだ、気持ちだけでも楽しまないとな!」
気持ちを切り替えよう、日が暮れればまずい急ごう。
「初めての一歩!」
男、藤原晃22歳はこうして異世界生活の一歩を歩むのだった――
しかし、人生は甘くはなかった――
「まずい、まずい、まずい!」
森の中を獅子から逃げながら駆けていく、どういうわけか森の中に獅子がいた。
そして俺を見るなり襲い掛かってきた。
「わぁぁ!」
俺はそんな簡単に死にたくないんだよ!
緑色の身体に青いタテガミに黄色い瞳、ただ大きさは口だけで大人が3人くらいは入りそうだ。
「(変な方向に逃げすぎると、本格的に森に迷っちまう!)」
こんなのがいるような森に長居はしたくない、その為、右に左に動きながら繰り返して、できるだけ真っ直ぐに行くように逃げていたが。
「(そら、あっちの方がスタミナはあるよな)」
冷静に考えればそうだ、だが時すでに遅い。
ッ!?
紫色の光が腹を貫いていく。
「イイッ!?」
腹から感じる今まで味わった事のない熱、激痛、耐え切れず
勢いのままに大きく転んでしまう。
「グルルル」
笑っている......あの獅子は馬鹿にするように笑みを浮かべて、近づいてくる。
「クソッ――」
動こうにも腹の傷で動けない、痛みを我慢するので精一杯。
「どうすれば、俺は......」
死にたくない。せっかく転生、出来たのかもしれないのにこれじゃあ死んでも死にきれない。
「顔色悪いライオンがよぉ......」
腹に空いた穴は手で押さえても血がドバドバと零れ落ちている、素人目に見ても致命傷だろう。
「あぁこのまんま死ぬなんて......嫌だ、嫌だなァ!」
ルンルン気分を壊された事と自分を今にも殺そうとしている事、力がない自分が恨めしい。
「――うおおおおぉ!」
全力で立ち上がる、血が噴き出るが我慢する。痛みは大声で誤魔化し、全力で獅子に向かって走る
「――」
獅子は突然に大声を発しながら殴り掛かってきた事に驚く。
「ラァッ!」
思いきり奴の顔面を殴りつける、獅子は怯むが――
すぐに立て直し爪を立てて――
「――ッ」
上肢を切り裂く。
これは死んだ。
血しぶき、痛み、そしてすぐに痛覚が無くなり意識が飛んでいきそうになる。
なんなんだ、なんでこんな簡単に!
俺はまだ何もしていない、何も成しえていないのに!
――ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!
異世界転移してすぐ死ぬなんて、嫌だ。死ぬのも嫌だが、童貞のまま死ぬのは嫌だ!この世界で誰も俺の事を知らない中、人知れず死ぬのは嫌だ、この世界の事をロクに知らないまま死ぬのも、何も成せないまま、何も残せないまま死ぬのも嫌だ!
「――」
そんな思いに呼応するように身体の内に『なにか』を感じる、熱......力......今にも溢れようとしているそれは、意思のようなモノにさえ感じる――
――戦え――
そんな強い意志を感じた、あふれ出る力、俺はそれを逃すまいと集中する、これが何の力かなんてどうでもいい、俺が今死なないなら、どんな奴の力だって使ってやる!
力を貸してくれ――
獅子は爪を立て――
「――!?」
先ほどまでにあった弱者の気配は消えた。
いや人間の姿もどこかへ消えていたのだ
一体何事か
逃げてばかりだった人間が、何か奥の手を使ったのか――
ビュンッ
「――」
右上から紫色の光玉が獅子を狙い放たれるが外れる。獅子はすぐに気づき、光玉が撃たれた方角を見ると――
「しかしこいつは凄いなァ」
樹の上には人型ではある決して人間ではない異形の姿をしていた。
「今の俺は誰にも負ける気がしねぇな」
全身をオレンジ色に変化させ、頭部から2本の真っ赤なクリスタルが角のように反りあがっている、腕はまるで龍のツメだ、それは巨大で、一つ一つが刃のようである。
「ハハハッこれは良い、絶好調だ!」
肉体は中肉中背であった元の姿よりも筋肉質に変化し、髪は燃えるように真っ赤な色に変わっていた。牙をむき出しにして瞳の白い部分は黒色に変色し黄色く鋭くなった目つきを相手に向けている。その容姿は禍々しき異形であった。
「どうしたよ、ライオン」
気持ちの高揚を抑えられない、生物として上位の存在になれた気がした、こんな獅子に何の恐れも感じない。
「逃げた方がいいぜ、逃げられればな!」
獅子は既に逃走していた、勝てそうにない相手に時間を割く必要はない、しかしそんな獅子が逃げた方角に向けて。
「『フレア』」
魔法なんて使えない、覚えていないからだ、そもそも魔法の名前を知らないのだ。しかし不思議と呪文が言えた、なぜなのか、自身もわからない。
右腕から出たいくつもの炎の玉は獅子の逃げる後ろ姿にまるで追いかけるように飛んでいく。
ダァン!
大きな爆発音と共に真っ赤な炎が森を深紅に染める、そんな姿を茫然と見つめて感慨にふける。
「......初めて魔物?を倒したのか......」
なんだか嬉しい気分になってきた、意気揚々と獅子が燃えている所に走り寄る。自らの戦果を確認するためだ。
「へへっ、とにかく戦闘方面はどうにかなるな!」
静かに燃える残骸を見て......少し冷静になってくる、炎の魔法を使ってしまった、このままでは山火事になるのではないか?
「......まずい」
まだこの姿を維持できている、そもそもどうやってこの姿になったのか、さっきの魔法も感覚でやったためによくわからない。......だがそんな事より
「とにかく急いで消火して!......あっ水が!」
近くに水がない、水魔法とかあるなら早く使いたいが、魔法の使い方がわからない。
さっさと逃げればいいのだろうが、どこか後ろめたさを感じて逃げずにいると――
「――!」
後ろから誰かの声が聞こえて来る、このままだと俺が森を燃やしただけの悪党に思われてしまうだろう。
いや、もう既に――
「『十文字切り』」
「ッ!?」
声が聞こえ振り向いた瞬間、縦と横に大きく切られる、この姿じゃなかったら恐らく4当分にされていただろう。
「まっ――」
「問答無用ッ」
ライトイエローの髪をした男は騎士なのだろうか、白い鎧を着て、俺に対して攻撃を仕掛けてくる。なんて奴なんだ、ここじゃあ攻撃をするのが礼儀だとでも言うのか?
だったら
「礼儀だったら、返してやるよ!」
「フンッ!」
思いきり殴るが容易く避けられる。
右に左に攻撃しても、避けられて......完全に実力も経験も負けている。
「『水激斬』」
奴は俺に攻撃すると同時に森の火事を水の斬撃で鎮火する。相手はこっちだけではなく、戦いながら鎮火する方法を模索していたのだ。勝てる見込みがない。
「くッ――」
「っ逃げる気か」
しかしわざわざ戦う必要もないだろう、第一ここにじっとしていたのは火事が心配だっただけだ、俺にとってこの勝負の勝敗なんてのはどうでもいい、生き残る事が一番なんだ、誇りも守るモノもないからな!
「当たり前だァ!」
捨て台詞を吐いてすぐに逃げる、もうどの方角に町があったのかなんてわからない、
すぐに追いかけてくるだろう、地の利をどう生かすか、この姿のタイムリミットがどれくらいなのだろうか。
「ッ!」
「――」
背後の気配を感じ取り、振り返る様に殴り掛かるが容易く避けられ、横腹を切られる。
「ッ!!『フレア』」
「――グァッ!」
反撃の隙に赤い炎の玉を解き放ち騎士と後ろの木々諸共、炎で吹き飛ばす。
思いきり炎を出した為かかなりの距離飛んでいったようだ。騎士を後目に逃げる、あの炎もすぐに鎮火して追いかけてくるはずだ、逃げなければ、誰にもわからないところへ。
「はぁ、はぁ......」
どれだけ走ったか、気が付くと大きな川にたどり着いた。
川か......
かなり流れが荒い、茶色っぽい事から前日は雨だったのだろうか、かなり危険だ......ただ躊躇しているわけにはいかない、さすがに泳いだとは思わないだろう。
深呼吸して、一気に!
■
「――(無謀だったか......!)」
川の流れに乗って泳ぐがあまりに無謀だった、せめて浮き輪の代わりになるようなモノくらい即席で作るべきだった、後先考えずに行動しすぎだ、そうやっていつも後悔している癖に......こんな自分が嫌になってくる......。
それに体の調子もおかしい、というより変身する前の力になっていってる気がする。
「(まずいぞ!変身が解けたら、すぐ溺れる!)」
身体の状態はもとに戻っていく。
「――」
凄まじい倦怠感と眠気......駄目だ!ダメなのに......こんな所で眠るなんて正気じゃ......
あの姿になった反動......なのか......
泳ぐ速度も落ちて来て、辛うじて溺れないようにするが
意識はドンドンと飛んでいく――
頭の思考もドンドン止まって行って――
真っ暗になった――
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