彼女をリリースしたら強く可憐になって僕のところへ帰ってきた
初月・龍尖
彼女をリリースしたら強く可憐になって僕のところへ帰ってきた
僕には彼女がいた。学生時代の話だ。最初で最後の彼女だ。
当時というか今もだが僕はあまり人と話すのが得意でない。
そんな僕になぜ校内で学力評価の高い彼女が告白してきたのか。答えはただの罰ゲームだった。彼女は僕と同じでおとなしい女性だった。
彼女の方も校内カーストが高くなく罰ゲームで僕に告白させられたらしい。そんなこととはつゆ知らず僕は浮かれてOKし付き合っていた。2週間くらい。
たまたま通りかかった教室の前で僕は衝撃の話を耳にしてしまった。僕の行動を逐一報告されていたのだ。
僕は怒りに震えた。誰にでもない自分への怒りだ。彼女がそんなことするはずないと勝手に思っていた自分への。
その日のうちに僕は彼女を振った。もう、ボロクソに。そして、帰って泣いた。次の日が土曜日で本当に良かったと思ったのを覚えている。
そんな事もあって、僕は身だしなみやら会話術やらを磨き社会人になって数年でようやく一般人(当社比)となった。
ある休日。僕はカフェにいた。一般人(当社比)となっても趣味は小説を読むこととと書くことだった。読む書くどちらも幅を広げることができたし彼女の存在は忘れたくても忘れられないものだった。
まったりと紅茶を飲みながらノートPCくんに文字を連ねる。プロットくんと資料くんたちを確認しつつひたすらに文字を打ってゆく。
快感ッ! 後で読み直そうぜ! 自分が最初の読者だよお! よしッ! 書けッ! などとはやる気持ちが溢れつつも指は止まらない。
溢れる思いをすべて込めて指を走らせる。気持ちが高ぶりENTERキーを打つ音が大きくなる。その時、傍らに置いたタイマーがブルブルと振動をした。
僕は素早くタイマーを切ると上書き保存を実行、画面から目を離して息を吐く。また、呼吸が止まっていたかもしれない。興奮するといつもこうだ。タイマーをかけていなければ無呼吸でいつ死んでもおかしくないかもしれない。
そんなことを考えつつ冷めた紅茶を一口飲み顔を上げると目の前にプラスチックのカップがあった。空中に。
バシャ、と僕は冷たいコーヒーまみれになった。僕にコーヒーを投げつけたのは隣のカップル。女の方。カップが僕にあたったことにその女は気が付かない。喧嘩がヒートアップしているのかそのカップルはどんどんと僕に近寄ってきた。
そして、彼らは僕にぶつかりその振り上げた手を僕へと振り下ろした。その瞬間僕は思った。あ、このネタどこかで使えるかな? 思い返すと馬鹿じゃないかと思う。でも、その拳は僕へ届かなかった。さっと間に入った女性がきれいなフォームで二人の腕を掴み上げていた。何があっても目を離さなかった僕だけがそれを見ていた、と思う。
「いってえ!なにすんだよ!」「いったいわねえ!なにするのよ!」そう同時に声を上げたカップルに女性は言った。
「迷惑になっていますわよ? あなたがた」
凛とした声、それに滑らかなお嬢様言葉。髪は黒く腰までありそうなストレート。おおおおお、お嬢様! お嬢様って本当にいたんだ!!! 顔! 顔が見たい!!
その女性は僕の方へ振り向くと目を丸くしている僕へ「大丈夫ですの?」と声をかけてくれた。
ふおおおおお、きれいな人だ! でも整いすぎている……、整形?お金持ちならありそうだなあ。などと思いながら「あ、はい。大丈夫です」と言うと、彼女は下の方を指して「こちらのことも気にかけてさしあげたほうがよくては?」と言った。
「えっ?」
変な調子の声を上げて下を見れば水まみれ画面割れのとても残念な状態になった愛機くんがいた。気分はorz、姿は棒立ち。
ハッと気がついて周りを見回したが例のカップルはすでにお店にはいなかった。
「彼らならわたくしがあなたに振り向いたときにはすでに逃げの態勢へ入っておりましたわ」
後ろ向いててなんで分かるんだこの人……。
「それに、その服も早くしないと処分する事に……」
そう言われて自分を確認すると白いシャツの上半分がコーヒー色に染まっていた。
「踏んだり蹴ったりだ……!」
僕がそう言うと彼女はあごに右手の人差指をつけて言った。
「ふふ、彼らには罰が下りますわ。わたくしの大事な、ティータイムを邪魔した罰が」
こわっ! お嬢様、こわっ!
あれ? でもこの仕草、どこかで見たような……。
そう思って首をかしげる僕を見た彼女は指をつけたまま首を少し傾けた。
「どうかなさいまして?」
「うーん……、どこかで会ったような気がするんですよね。あ、ナンパではないですよ」
僕がそう言うと彼女はくすくすと笑い、「では、ごきげんよう」と踵を返し店を出ていこうとした。正直に言おう。その時、僕の頭はどうかしていた。興奮と好奇心と下心がごちゃまぜになったパニック状態だった。
「待ってください。これを……! 名刺です! 私の……!」
僕は彼女を呼び止め無事だったズボンから財布を取り出し彼女に名刺を差し出した。
彼女は名刺を一瞥すると口角を上げて言った。
「さすが、面白い御方。貰いますわ。では、また」
コツーン、コツーンとヒールの音が聞こえなくなるまで僕は彼女の出ていったほうを見続けた。
「また……。またって!またって言った……!」
興奮する僕は下を向いて現実に引き戻された。
「PCくん……。いや、原稿くん……」
クソッ! あいつらただじゃおかねえぞ! でも僕にそんな権力ないからだめだ……。でも、あの人すごく素敵な人だったなあ……。いい香りしたし、香水かな?なんて香水だろうか。お花系かなあ。
そんなトリップはあまり長く続かなかった。お店が呼んだ警備員にひっ捕らえられあれやこれや聞かれて結局今日着ていたシャツくんと僕の愛機くんは無事死亡となった。幸いなことに原稿くんはクラウドバックアップによって生存が確認されたが彼女に出会ったことを除くととても残念な一日だった。と、そこで終わればよかった。
その日の夜、僕は出社準備として財布を入れ替えていた。そこで気がついた。
「今日って、休日?」
そうだ、今日は休日。平日なら名刺入れを持っているし休日の名刺って……、確か……。
「あああああああああ!!!!」
叫び声を上げて慌てて休日用の財布を確認すると、そこから出てきた名刺は……。
「ノリで作った作家としての名刺……」
だからか! だから笑ったのか!!
「あー、もうだめだ。これはもう会えないよ。ははは……」
乾いた笑いしか出なかった。でも。
「あんな気品のある人に僕なんて釣り合わないよねえ……。逆に良かったかも……」
ネタになったということで。うん。切り替えていこう! こういう切り替えの良さも頑張って身につけたんだ!
「でも、すてきな人だったなあ……」
その日は珍しく眠れなかった。
数日後、僕のプレイベートアドレスにメールが届いた。スパム以外のメールなんて久しぶりだ。差出人はよくわからなかったし内容もいまいち要領を得なかったがとりあえず解ったのは一度会いたいと言うことだった。具体的には今度の休日(日付指定)に指定の場所へ来てくれ、と。
えっと、これはあれかな?マルチ商法的な……。
無視!したいけれどもスパムじゃないメールでこのアドレスを知っているのは、あの人だけなんだよなあ……。
遠目で、遠目で確認するだけ……、ちょっとだけ。少しだけ……。
やがて休日になり下心を出してその場所へ向かえば彼女はおらず、やはり騙されたかあ、と振り向けば目の前にはあの女性が仁王立ちしていた。腕を組んで満面の笑みで。
「やはり来ましたわね。ツナギアワセ先生っ♪」
「グハッ!」
その声で、僕の名前を、PNを呼ばないでくれ……。往来のないところとは言えそれはキツイ、キツイです。
うずくまる僕に彼女は「大丈夫かしら……、先生?」と首を傾げた。
「だ、大丈夫で、すから、先生は……、先生はやめてください……」
ですなら、と彼女は僕の両肩に手をおいて立たせ「お名前をお聞きしても?」と聞いてきた。いや、手が、お力がすごいですよ?痛いです。いや、痛いです。お力がどんどん入っていますよ?
「カワセ……、ツナグ。です」
僕は痛みを堪えながら声を絞り出した。すると、彼女は僕の肩に手をおいたままうんうんと頷いた。
「お久しぶりです。いや、久しぶり。ツナグくんっ!」
彼女の声が変わっていった。僕は、彼女を知っている。
「あなたは、いや、まさか、本当に……? でも……。あっ! あの癖!」
そうだ! 彼女の癖! 右手の人差し指を顎に当てる癖!そのまま首を傾ける癖!! なんで気が付かなかったんだ! 僕は!!!
僕が目を見開くのと同時に彼女、クヌギ タマキは僕を抱きしめた。
「ツナグくん! ツナグくぅん!!」
だから力が強いって! でも柔らかくていい香りで、気を失いそ……。いや、男がすたるぞ! 言わなくては!!
「タ、マキ……、さん。ちか……ら、がくる……し」
「ああっ! ごめん! わたし……、力加減が苦手で……」
そう言ってタマキさんは僕の本体だけは離してくれたが両手をしっかりと握っていた。
「ごめん……、色々覚えんだけど最後まで力加減を習得できなかったの……」
そう言ってうなだれたタマキさんはまたぎゅっと僕の手を握った。痛いってば。
「でも、変わったね、すごく。きれいになったんだね」
痛みに耐えながらそう言うと彼女の握力が更に強くなった。
「ツナグくんだって! かっっっっっっっこよくなってる!!! あのとき別れて、多分、正解だったんだあ……。神様あありがとお!!」
だから痛いってば!!!
「あのときはごめん。僕が一緒に立ち向かうべきだったんだ。一応、彼氏だったし……」
「違うよ! あれで良かったの! あのまま付き合っていたらあなたまで食い物にされていた……! それは嫌だった! だから! わたしも……!」
「食い物? どういう……?」
僕の握力が強くなる。まるで彼女の握力には及ばないけれども。
「大丈夫、春を売るとかそういう感じじゃないから」
そう言ってタマキさんは僕の耳へ、まだしたことないから、と囁いた。その瞬間、僕の背には悪寒が走った。この展開、どこかで見たことあるぞ! つーか、僕の小説ぅ!!
「タマキさん……っ! 僕の、その……」
「もちろん! 読んでるよっ! 全部!」
満面の笑みかよ! 彼女にPNって言ったっけ? いつ?
「あっ……!」
名刺だ。
「違うよ」
「え?」
「PNの名刺を渡されたのはびっくりしたけど、もっと前から知ってたよ。小説を書いていたって」
「でも、僕らが付き合っていたときに僕はきみにPNなんて……」
僕が困惑の表情を見せると彼女はにこーっと笑った。以前会った時のお嬢様スマイルとは全く違う、あのときの、彼女の時の笑い方だった。
「ふっふっふ……、秘密なのだー! なんてね? 好きな人のことを調べるのなんて当然でしょ?」
「好きな……、ひと?」
「うん! 好きな人!」
え……? え……? つまり? どういう、いや、落ち着け落ち着けよ、俺。
「つまり、は、最初から僕に告白するつもり、だった?」
「まっさかー! あのときはわたしもツナグくんと同じだったから声なんてかけられるわけないよ!」
朗らかだけれどもなんだか暗い声で彼女はあっけらかんと言い放った。
「あいつらの命令は、覚えてる?」
「命令……。僕の動きを」
「そう、報告しろって」
そう言って彼女は目を細めた。
「あれはなんの得でもない、ただの暇つぶしだよ」
暇つぶし……。
「タマキはそこの兵士だったんだろ?」
「お?だいぶ昔に戻ってきたね!」
言うなよ、こっちも興奮してんだよ!
「茶化すなよ。他にも兵士がいたのか?」
「いたね。でも、みんな去っていったよ」
「去っていった……って学校をか!?」
「そう、だからわたしが最後のひとりだったの」
暇つぶしの兵士が……、最後のひとり……。
「だから、アイツラに一泡吹かせるために誘導したの。わたしがあなたに告白するようにそして、失敗してわたしが学校を去るように……、アイツラが学校にいられなくなるように!」
「っ……! あれを僕に聞かせたのは……!」
「本当にごめん……、あなたに迷惑はかけたくなかったの」
「だからって……」
僕は無理やり彼女の手を振りほどくと彼女の、タマキの頬を両手で挟んで目をじっと見つめた。僕ってこんな力が出たんだなあ……。
「タマキ……。もう一度、やり直そう。好きだ、タマキ。今でも僕も好きだ」
僕はそう言ってタマキの頬にキスをした。
「……、そこは、唇ではなくて?」
あ、お嬢様モード。照れてるな?
「タマキ、照れてるでしょ」
「タマキさん、と呼んでくださる?」
いや、知っちゃったあとだしなあ……。
「いつでも戻ってくれるんでしょ?」
「いえ、わたくしにはわたくしというものがありましてですね。先程のことはイレギュラーな感じでして……」
「キャラがぶれてるよ。タマキ」
「ううううう、あーーー!!! もう!! ツナグくんの前ではもう無理っ!!」
僕らふたりは笑いあっていろいろな話をした。別れて、それから今までの話を。
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