千四百二十九話目 もう大人

 適当に冒険者を追い散らしてから剣を納めて戻ってきたアルベルトは、ハルカの前に仁王立ちする。


「おいハルカ」

「……はい、なんでしょう」


 アルベルトはすっかり背が高くなった。

 少し見上げなければいけないほどで、ハルカよりもすでに十センチ以上大きい。

 顔立ちも体つきもすっかり男性らしくなって、もはやだれもアルベルトを少年として扱う者はいないだろう。


「嘘つかずに答えろよ。冒険者になったの後悔してるか?」


 アルベルトの質問には遠慮がなかった。

 ただし、それは確認のような尋ね方であって、ハルカが後悔しているかもしれないと疑っているような節はなかった。

 コリンは『しまった』というような表情になったが、はっきりと尋ねられてしまったので、今更ごまかしはきかない。

 ハルカはじっとアルベルトの目を見てから、一度目を閉じて、冒険者になってから今までのことを思い出す。


「……はじめの頃、少しだけ思いました。でも、最近は全く」


 冒険者になったことを後悔していない。

 世界中を回って、少しは変われたのではないかと思っている。

 仲間や、様々な出会いがあった。

 楽しいこと、喜んでもらえること、嬉しいことがたくさんあった。

 苦しいことや悲しいこと、悩むことは、何をやっていたってぶち当たるものだ。

 冒険者をしていたからぶつかったマイナスな感情はあるだろうが、冒険者をして居なかったらぶち当たっていた壁だってあったはずだ。


 だからハルカは冒険者であることを後悔していない。

 ただ、自分の感情に整理をつけられないことを、いつも悔やんでいるだけだ。


「そうか。んじゃ、これからも頼むぜ。でもな、あんまり一人であれこれ決めんな。最初から言ってるけどな、俺たちにも頼れよな。俺だっていつまでも子供じゃねぇんだ」


 はっきりと宣言したアルベルトは、向き合ってみれば確かに少し大人びて見えた。

 コリンと結婚をしてからアルベルトは随分と落ち着いた。

 元来の性格上、子供のようなことを言ったりしたりすることはあるが、分別はついている。

 そうか、みんな大人になったのか、と、ハルカはなんだかすとんと納得した。

 最近なんとなく、自分もしっかりせねばと思う気持ちが強かった。

 きっと周りの成長をなんとなく感じ取って、焦っていたのだろう。


「最初に会った頃は子供だったって認めたです」


 出会った頃から身長の変わらないモンタナがアルベルトを見上げる。

 モンタナは昔から落ち着いていたが、最近は前よりも周りを見えるようになった。

 一人に寄り添うのではなく、場の状況全てを整えるのが上手くなった。

 言い返す言葉が思いつかなかったのか、アルベルトは少しだけ考えてから腕を組んで胸を張った。


「……ま、少しはな。今より小さかったからな」

「大人な対応です」

「このやろ、馬鹿にしてんな……?」

「分かるですか」

「はいはい、子供みたいな喧嘩止めてね」

 

 コリンがぽんぽんと、モンタナとアルベルトの肩を叩き、それから振り返ってハルカの肩にも手を乗せる。


「まあでも、そういうこと。私とアルがハルカのこと冒険者に誘ったんだもん。ハルカがしんどそうなときは、ちゃーんと助けてあげるから安心してよ」


 そう言ってコリンはハルカの首に抱き着いて、そのまま無理やり抱き寄せる。

 コリンは以前よりもずいぶん穏やかになった。

 明るくて活発な少女に、女性らしさが増してきたような感じだ。

 皆成長して変わっている。

 最年少のアルベルトもそろそろ十九歳だ。


「おー、よしよし、ハルカ、辛かったね。……ごめんね、もっとあたしたちがしっかりしてればよかった。最近きりっとしてることが多いからさ、ハルカがこういうの苦手だって分かってるのに、つい任せちゃった」

「いえ」


 皆が悪いわけではないとわかっていても、何と答えるべきか迷ってハルカは言葉をそこで止めた。悩んでいるうちに、コリンはハルカの肩をがっしりと掴むと正面から向き合ってしかめ面をする。


「いえじゃないの、そうなの」

「……はい」

「よし」


 目を丸くして返事をすると解放された。

 傍から見ればハルカも随分と変わったのだろう。

 皆が少しずつ変わっていて、変化を受け入れながらより良い関係を築いていこうと努力している。


「帰ろ。皆心配してるかもしれないし」

「……そうですね」

「レジーナ、もう先行ってるです」

「あ、ホントだ。もう行くよ、ほら。ったく、帰ってから話すって言ってるのに、アルが勝手に変なこと聞くから」

「気になったんだからいつ何聞いたっていいだろ別に」

「色々考えてたの!」

「じゃあ先に言えよ」

「言ってたでしょ!」


 アルベルトとコリンは言い合いを始めたが、別に仲が悪いわけではない。

 最近では割と大人しかったが、これもまた、旅が始まった頃からのいつもの光景であった。



 今後の方針なんかを色々と話しながら歩いて帰ると、街へ着くころにはすっかり夜になっていた。

 今回の件が知れ渡っているのか、街の人々から避けられるようになってしまっていたが、これも仕方のないことだ。老舗の冒険者宿が一瞬でなくなり、その中核メンバーが帰ってきていないのだから。

 明日は冒険者ギルドへ寄る予定だったが、とにかく今日のところは宿へ戻る。


 宿へ戻ると、案の定、エリやサラたちが心配して待っていたので、コリンの方から状況の説明。

 大まかに内容を聞いた彼女らは、別に反対するでも非難するでもなかった。


「ま、そんなところでしょ。これで〈アシュドゥル〉の冒険者はよっぽどの馬鹿でも手を出してこないんじゃない?」


 総評を出したのはエリだった。

 冒険者としての経歴も長く、ヴィーチェのサポートをする形で冒険者間の争いも多数見てきた。

 冒険者の争いの中では、喧嘩で済むものから、殺し合いに発展するものまでさまざまあるが、後者になる場合の大抵は情報不足によるものだ。

 すなわち、弱者が勘違いして調子に乗ったから殺されるパターンになる。


 悪質な場合はギルドに誰かが訴え出ることもあり、降格や罪として裁かれることもあるのだが、互いに武器を持った冒険者同士ということで、両成敗と黙認されることも多い。

 だからこそ冒険者は自分の身を守るためにも、チームを組んだり、大きな宿クランの庇護下に入ろうとするものなのだ。


 宿対宿の争いで一方的に潰されるなど、事例はほとんどないのだが、それはもう、宿主の判断が悪かったとしか言いようがない。普通はもうちょっと拮抗してにらみ合いなどが続くものなのだ。

 馬鹿なことをしたものだ、というのが大きな宿に所属して活動してきたエリの見解であった。


 話を聞くところによると、ヨンたちは無事遺跡の探索権利を手に入れ、今はまた遺跡の中に潜っているらしい。一度奥の部屋まで到達したおかげか、今のところアンデッドが再び動き出した気配はなく、ハルカが閉じ込めたあたりの廊下で、皆倒れ伏しているそうだ。


 情報交換が終わると、各自がそれぞれ部屋へ戻っていく。

 今日のところは寝るばかりだ。

 ハルカも自室へ戻って、久方ぶりに体を横にしてゆっくりと目を閉じる。

 考えることは色々とあったが、一度眠って頭を休めようと思うと、次の瞬間にハルカの意識は、すとんと暗闇に落ちていた。


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