千四百一話目 大けが

 ジーグムンドたちの拠点は、床が敷かれておらず土のままであった。

 地面には直接ベッドが何台も置いてあり、唯一板が並べられてある場所は、何やらごちゃごちゃとした物置のようになっている。

 未だ土がついているようなものもうずたかく積み上げられており、素人であるハルカからすると、ここの床を敷いて何の意味があるのかが分からなかった。


 酷く薄暗いが、ジーグムンドは慣れたもののようでまるで気にした様子はない。

 普段から光の届かない遺跡の中に籠っているから、外から差し込む僅かな明かりさえあれば、生活には十分なのかもしれない。


 そんな内部の様子よりも、気になったのはベッドで目を閉じている面々である。

 致命傷はないようであるが、見る限り傷がない者はいない。

 ジーグが出迎えに顔を出したのは、他の面々がこうして寝込んでいたからなのだろう。


「このざまだ」

「……酷い怪我ですね、何があったんですか」

「実はな……」


 ジーグムンドが声を発したところで、顔にぐるぐると包帯を巻かれた小さなシルエットが、モガモガと騒ぎながら上半身を起こす。そうして顔の包帯を無理やりはがすと元気に騒ぎ始めた。


「おい! だから勝手にあれこれ喋るなって! 痛い!!」


 この元気な声は小人族のヨンだ。

 口の端をひどく怪我しているようで、大声を出したせいでそこからだらりと血を流している。そうまでして文句を言うのだから、この小人族、本当に遺跡馬鹿である。


「どうせギルドにはもう報告している。遺跡の入り口の封鎖も頼むつもりだ」

「あああ、もう! こうしてる間にもあそこに別の奴が忍び込んでるんじゃないかと思うといてもたってもいられないって! くそくそ、俺がもうちょっと強けりゃジーグの足も引っ張らなかったのに! ああいってぇ!」

「大人しくしてろ。怪我が治らないぞ」


 喚き散らしながら血をだらだらと流すヨンの姿は、暗がりで見るとややホラーだ。

 流石のジーグムンドも顔をしかめて注意する。


「口の怪我なんてどーだっていいんだよ! 足だ、足が治ったらすぐに遺跡にとってかえすぞ!」

「駄目だ。何度も話しただろ。それに口の怪我はちゃんと治せ。腐って死にたいのか」

「腐ってたまるか。気合いで何とかする!」

「なんでお前は遺跡のことになるとそんなに馬鹿になるんだ、いい加減にしろ」


 文句を言いながらもジーグムンドは怒りをあらわにすることなく、ヨンを諭し続ける。

 いつものやり取りなのだろう。

 ベッドで休んでいる他の面々も声を抑えて笑っていた。

 こんな状況にもかかわらず意外と元気そうだ。


 その騒ぎに奥の方で眠っていた青年も目を覚ましたようで、手をついてゆっくりと上半身を起こす。こちらも体中あちこちに包帯を巻いており、到底無事とは言えなそうだ。


「おや、そちらは麗しのハルカさんじゃないか。僕のことを覚えてるかな? 〈プレイヌ〉の街で運命の出会いを果たしたのだけれど」

「あー…………、クエンティンさん、ですよね」


 本当にまともに話したのは一度だけだ。

 今日は髪型がセットされていないせいで、前よりもずいぶんと童顔に見えて分からなかったが、ハルカをナンパしてジーグムンドに連れていかれた男性だ。そういえばこの男もジーグムンドの仲間であった。


「うるさい黙れクエンティン、本当に、今それどころじゃないし、お前は静かに寝てろ!」

「おお怖い……。確かに今は女の人に声をかける余裕もないや。一休み一休みと」


 怒っているようにも聞こえるヨンであったが、その眉間には皺が寄り、声には心配するような雰囲気すら感じる。

 小さな声で「いてて」と言いながら、そっとベッドに寝転ぶクエンティン。

 おそらく怪我の具合があまり良くないのだろう。


 ハルカは仲間たちと顔を見合わせる。

 知っての通りハルカたちはジーグムンドの強さを評価している。

 それにギャーギャーと喚いているヨンだって、こんな小さななりをしているが二級冒険者なのだ。

 ジーグムンドのチームの戦闘力は決して低くないはずだ。

 それでも逃げ帰ってきているのだから、遺跡に出現した何者かの強さがうかがえる。


「まー、ハルカの好きにしたらいいと思うよ?」

「そですね」

「治してやるんだろ?」


 コリンとモンタナがハルカの背中を押すと、アルベルトも当然のようにハルカに問いかける。


「そうですね」


 ハルカは頷いてジーグムンドの方へ向き直り、一つ提案を持ち掛ける。


「ジーグムンドさん、私は治癒魔法を使うことができます。皆さんの怪我を治しますので、代わりに遺跡の情報提供と案内をお願いできませんか?」

「いいのか!? いてぇえ!!」


 思わずベッドを両手でたたいて飛び起きようとしたヨンは、手も足も痛めているのか悲鳴を上げてそのままベッドにひっくり返った。


「それは……、俺たちにしか得がない」

「いえ、私たちは遺跡の素人です。玄人に危険のある場所の案内をしてもらうのですから、それなりの対価だと思いませんか?」

「いや、しかしな……、せめて金を……」

「ない袖は振れねぇ! 気が変わる前に早く受けろ馬鹿! 今受けろ、すぐ受けろ! 頼むダークエルフの姉ちゃん! なんだっけ……、ハルカ、そうだ、ハルカ! それで受ける、俺が受けるし案内もする! なんでもする! 俺たちが一番に新しい遺跡の探索をしたいんだよぉ!」


 「痛い痛い」と間に挟みながらも、ヨンがじたばたとベッドの上で喚いて暴れている。

 見た目のままの子供のような所業に、ハルカは目を丸くしてから苦笑しながらジーグムンドにもう一度尋ねた。


「あ、あの、いいですか?」

「すまん、あいつ馬鹿なんだ。悪いが頼めるだろうか」

「はい、喜んで」


 ハルカとしても過去の歴史を知るために遺跡の専門家とは強めの縁を持っておきたかったところだ。

 ジーグムンドたちの怪我を喜ぶようで悪いが、ある意味ちょうど良い機会でもあった。

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