二百九十三話目 王都ネアクア

 後ろからついてきている男は、たまにいなくなるらしいが、しばらくするとまた現れるという。目的地が王都であることがわかっているので、一応ついてきていると言う感じなのだろうかと、ハルカは時折地図を広げながら、振り返ってみていた。


 いつ何を仕掛けてくるかわからないのは、少しだけ心配だ。しかしモンタナやアルベルトによれば、誰が一対一で戦っても勝てそうな相手だ、とのことだったので追い詰めずに好きにさせている。

 何よりノクトが放っておいていいと言っているので、ハルカはそれでいいと思っていた。

 ノクトを見て確信を持って名前を告げていたことから、おそらく王国の誰かから手配されたものではなく、ノクトの関係者なのだろう。

 危険の伴わない襲撃なら、いくらでもして欲しいと言うのはコリンの意見である。

 何せ撃退一度につき報酬が増える契約なものだったから、どうしたら襲ってきてくれるのか真面目に考えていたくらいだ。


 結局男は一度もハルカたちに襲ってくることなく、気づけば王都が見えるところまで着いてしまった。王都ネアクアは広い湖に浮かぶように建てられた城を持つ、王国一の都だ。

 エレクトラムが文化を取り込んでできた、活気のある街だとしたら、ネアクアは伝統的な建築や雰囲気を残した統一感のある街だった。活気だけでみればいい勝負であったが、どちらの街が洗練されているかと聞かれれば、ネアクアに軍配があがるのではないかと、ハルカには思えた。


「やはり王都だけあって、立派ですね」


 ハルカが足を止めて眺めていると、横に並んだあアルベルトが、腰に手を当てて、なぜか自慢げに言う。


「でも俺はヴィスタを見た時の方がすげぇと思ったけどな」


 確かに、初めて他の国の大都市であるヴィスタを見た時の方が、感動は大きかった。山を越えた時見えたヴィスタと連なる衛星都市に、広がる小麦畑。息を呑む光景というのはあのことを言うのだろう。


 他と比べるのは無粋な気はしたが、アルベルトがそう思う気持ちは、ハルカにも理解できた。


「土地柄的にヴィスタの方が豊かですし、あちらは各国に守られて学術文化だけに傾倒できていますからねぇ。ここはここでいい街ですよ。元々は人類の最前線の都市だったので、どうしても無骨な感は否めませんがねぇ」


 ノクトはふよふよと空に浮かびながら、目の上に手をかざして街を眺めている。しばらくそうしてから、珍しく先頭に降りてきて、ハルカたちの方を向いてゆっくりと王都へ進んでいく。


「変わりなさそうですねぇ。さぁ、もう一息、今日中に街に入ってしまいましょう」


 ノクトの声はいつもより幾分か高く、楽しそうに聞こえた。


 ネアクアに入って宿をとり荷物を整理し終えたところで、モンタナに声をかけられて、仲間全員で集まった。


「ついてきてた人、宿の場所確認してどっか行ったです」

「ちゃんとついてきてたんですね。やっぱり街の中でも護衛が必要になりますか。師匠、すぐに王宮に行くんですか?」

「そうですねぇ。会ってから何日拘束されるかもわかりませんし、早めに行こうかなと。明日はどなたが王宮まで一緒に護衛してきてくれるんですかぁ? 正装で、兵士さんとやりとりしなきゃいけなくて、終始堅苦しい態度でいてもらうことになるんですけど、みなさん一緒に来ます? ちなみにやらかしたら国際問題になるかもしれないです」


 わざわざアルベルトたちの嫌がるようなことを並べ立てるのには、何か理由があるのだろうかと、ハルカは首を傾げる。

 ノクトの話を聞いて、アルベルトたちは案の定苦い顔をした。


「俺堅苦しいとこやだ。無理だぞ」

「僕もやです……」

「んー、誰も行かないなら、私が行くけどー……」


 もしかしたら本当に厳しい場所だからという気遣いなのかもしれない。どちらにせよ、そういう場所に行くなら年の功がある自分が適切だろうと、ハルカは苦笑しながらみんなに告げる。


「……私がユーリ連れて行ってくるので、みなさん羽を伸ばしててもいいですよ」


 流石に子供を連れて行ったくらいで怒られないだろう。ノクトと離れるなら、ベッドを作ってやるのにハルカが一緒にいる必要があるし、そうでないなら誰かが宿に留守番することになってしまう。


「いいか、ハルカ。死なないからって言ってムカつく奴殴ったらダメだからな。お前が殴ったら人は死ぬんだ」

「あの、今まで私が突然そんな暴力を振るったことありますか?」

「殴りたいくらいムカつく奴がいるかもしれないだろ」

「急に殴ったりしません。少なくともアルよりは気が長いつもりです」

「でもなー、お前竜と戦った時、何しでかすかわからない感じだったからな。城ぶっ壊したりするなよ」

「変な話を持ち出さないでください」

「やっぱりあの天変地異みたいなのはハルカさんがやってたんですね。あの時何があったんですか?」

「師匠には秘密です」


 まじめ腐った顔で忠告してくるアルベルトをジト目で見つめてやったら、余計な話を持ち出されてしまった。

 ノクトが興味津々で首を突っ込んできたので、ピシャリと話を終わりにする。ユーリも首を伸ばして聞きたがっているのが見えたが、心を鬼にしてそちらを見ないように気をつけた。

 あの話をするとボロボロ泣いてたのまで話す流れになる。仲間のために必死になれたのは誇らしいが、同時に人に話すには恥ずかしい。


「そのうちヴァッツェゲラルドさんに聞いてみましょうかねぇ」

「なんだその舌噛みそうな名前」

「え、大竜峰の真竜さんの名前ですよ、ききませんでしたか?」

「そんな名前だったのか。そういやあいつ、最後の方田舎の爺さんみたいな話し方になってて面白かったよな。流石ノクトの知り合いだ、年寄り仲間だな」

「女性に爺さんなんて失礼ですよぉ」

「は?」

「ですから、女性であるヴァッツェゲラルドさんを爺さん呼ばわりなんて失礼ですよって言ったんです。いうならお婆さんですね、ふへへ」


 名前も知らないし、性別なんかもちろん知らない。思い出してみても、世間話をするような雰囲気ではなかったから仕方がないとハルカは思う。

 それにしても変なタイミングで、変な情報を仕入れてしまったハルカたちは、ノクトの気の抜けた笑い声を聞きながら、なんとも言えずにやはり変な表情をするのだった。


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