二百八十七話目 誰かのおしまい

 近くにある陣地にたどり着いたハルカたちだったが、巨人を倒したという報告をする前に、兵士たちに囲まれることになった。

 戦場の最前線に武装した知らない奴らが現れたら、こんな対応をされても仕方がないとハルカは思ったが、アルベルトは既に臨戦態勢だ。

 いざという時のためだろう、モンタナも自然体ではあるが、武器を抜いて、それに便乗する。


 ハルカは宥めるつもりで、二度アルベルトの背中を軽く叩き、一歩前へ出た。預かっていた依頼書を取り出して相手に見えるように提示し、声を張る。


「ヴェルネリ辺境伯閣下からの依頼で、十メートル級の巨人を討伐にきた冒険者です。依頼を達成したので、現場の確認をお願いしたいと思い、こちらに立ち寄りました。この通り、閣下より拠点の場所が描かれた地図も預かっています。敵対するものがこんな重要な情報持っているわけないでしょう? この部隊で方針の決定権のある方との対話を望みます」


 ハルカの話を聞いて、背の小さな男が、兵士の間を縫うようにして現れた。他の兵士と変わらない装備をしており、中に紛れていたら、とても彼が指揮官であるとは思えないような見た目をしている。

 強いてそれらしいところを上げるとすれば、鼻の下に綺麗に整えられている口髭だ。


 男は口元を隠すようにしてその髭を撫でながら目を細めて、ハルカが手に持っている依頼書と地図を眺めた。


「……確かに、閣下のものだ。ひとつ聞く、巨人は十メートルより小さかったな?」

「いいえ、目測でしかありませんでしたが、十メートルより大きく見えました」

「……倒したというのなら答えてもらおう。あの恐ろしい棍棒をどうやってかいくぐったのだ?」

「素手だったので、棍棒の話はちょっとわかりませんが……」


 どうも話が食い違っている。もしかしたら別個体の巨人がいるのかもしれない。確かにあの巨人は聞いていたものよりも少し大きかったから、その可能性は否めないだろう。


 男はジッとハルカのことをしばらく見つめて、それから振り返って隣に立つ背の高い男に告げる。


「私が同行しよう。ヘンディ、部隊を頼む。何かあれば交戦せず撤退しろ」

「はっ、承知しました」


 返事をしたヘンディという男の方が、よほど指揮官らしい偉丈夫だったが、どうも口髭の男はしっかり部隊の信頼を得ているらしい。口髭の男に侮るような視線を向けるものは誰一人としていない。


「この部隊と前線一帯の指揮をとっているカタンという。後ろについていくので、その巨人の元まで案内を頼む」


 きびきびとした動作ではるかたちのそばまできた男は、背筋をピンと伸ばし、右眉だけ上げながら自己紹介をした。




 一時間ほどかけて巨人を倒した現場に戻ると、肉食の獣が集まって、巨人の躯を仲良く齧っていた。これだけ食べ物が豊富にあると、肉食獣同士が集まっても争いは起こらない。


 しかしハルカたちがその場に姿を現すと、獣たちはわずかに警戒し、食事をやめる。カタンはその光景を見ても眉一つ動かさずに、落ち着いた様子で隣に立つハルカに告げる。


「追い払ってくれないか?」

「まぁ、構いませんが」


 ハルカは右腕を軽く振って、いくつかのファイアアローを空に生み出し、巨人の周りに無造作に着弾させる。飛来する炎を避けようと肉食動物はその場を素早く離れ、着弾し爆発が起こるのと同時に散り散りに逃げ去っていった。

 動物が火や大きな音を恐れるのは、この世界でも変わらない。


 カタンは腕を組んで頷いた。


「なるほど、魔法使いか」

「そうですね」

「……これで最後の質問なのだが、この巨人を倒したときに、周囲に兵士が数人捕えられてはいなかっただろうか。装備は先ほどの場所にいた者たちと同じだ」


 ハルカは巨人が最初に口から吐き出したヘルムを思い出し、言葉を選びながら答える。


「見ていません。しかし、最初に見た時、巨人は何かを食べていました」

「…………そうか」


 カタンは組んだ腕を解いて、はじめに会った時のように口元を隠して髭を撫で、視線を空に彷徨わせた。


 ややあってから、再びカタンは口を開く。


「巨人の討伐を確認した。近頃我々を悩ませていたのは、この巨人に間違いない。依頼書に私から確認のサインをさせていただく。それから地図を貸したまえ」


 カタンはハルカから差し出された依頼書にささっとサインを済ませ、地図に一本の線を迷いなく引いた。


「ここから本陣まで最短で戻れる最新のルートだ。活用するといい」


 二つの紙をハルカに押し付けるようにして返したカタンは、ヘルムを深くかぶりくるりと振りかえる。その後ろ姿は少し寂しげで、心なしか、ここに来たときよりも肩が下がっているように見えた。


「送っていきましょうか?」


 ハルカが尋ねると、カタンは両足をそろえてピタリと止まり、姿勢を正して答える。


「いや、結構。気遣いありがたいが、随分と失礼な態度をとった上、時間も使わせてしまった。……それに一人になりたいときもある。それでは、気を付けて本陣へ戻りたまえ」


 カタンの背中が小さくなった頃に、アルベルトが近くによってきてハルカの持った地図を覗きこんだ。


「なんかヤな奴だったな」


 苦手意識を持ったのか、途中から近くに寄ってこなかったアルベルトは、恐らくカタンが最後に何を言ったのかもちゃんと聞いていない。

 ハルカは苦笑しながら地図を覗くアルベルトの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「うお、なんだよ」

「多分色々あるんですよ、大人には」

「は? 何言ってんだよ」

「子供にはわからないです」

「そう変わらねぇだろ」


 反対側から地図を覗きに来たモンタナは、ちらりとハルカを見上げながらそういった。撫でられ待ちだ。モンタナはかわいがられるのがうまい。

 わしわしと片手で頭を撫でてやりながら、ハルカは地図に目を落として二人に告げる。


「とにかく、折角近道を教えてもらいましたし、早く帰りましょうか。アルだって早くコリンに会いたいでしょう?」

「べっつに」

「……素直じゃないですね」

「です」

「お前らなんか性格が爺に似てきたぞ」


 しかめ面をして文句を言うアルベルトを見て、二人は目をそらして小さく笑った。

 一緒に旅をしていれば、少しくらい似てくるのも仕方がないというものである。




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