二百八十二話目 驚きの新事実

「私たちも巨人との戦闘経験を積むために、こちらに入ってきたという部分もあります。報酬をいただけると言うのなら、喜んで依頼は受けましょう」

「そう言ってもらえると思っていた。巨人が最後に目撃された場所、今いるであろう候補地を地図に記しておいた。これ以上の被害が出る前に、討伐してもらいたい。子供を連れているようだが、その子も前線に連れていくのか? こちらで預かっても良いが」


 基本的にユーリがついていくかどうかというのは、ノクトの行動次第だ。ハルカだってユーリのためにベッドを作ってやれないわけではないが、いざ戦闘になった時に、細かく気を配ってやれる自信まではない。


「師匠は今回どうするんです?」

「僕はお留守番してますよぉ」


 ユーリが目をまんまるくして、ノクトのことを責めるような視線で見つめるが、そんなことはお構いなしだ。


「ママについていきたかったら、早く大きく強くなるんですよぉ」

「あの、師匠までママって言うのやめてもらえますか?」

「はいはぁい」

「あー、今回は私も残ろっかなぁ」


 気の抜けたやりとりの後に、続けたのはコリンだ。


「魔物もそうなんだけど、ああいうでっかいのって、私相性が悪いんだよね。だから、こっちで留守番しようかなーって。あ、サボろうって気じゃないんだよ? この間の竜の時も思ったんだけど、私にできることってあんまりないじゃない。だからここで地道に日雇い労働でもして待ってよっかなーって」


 言い訳をするように言葉を切らないコリンに、ハルカたちは何も言えなかった。


 コリンは戦闘に積極的なタイプではない。強くなりたいという気持ちが仲間ほどにない自覚もあった。

 足を引っ張りたくなかったから、身体強化の訓練は毎日欠かさず付き合っていたし、その辺の一般人くらいなら何人きても、たとえ武器を持っていたって返り討ちにするくらいの自信はあった。

 でも、この間の真竜との戦いは、強気なコリンにとっても少し毒が強すぎたのだ。あの戦いにはついていけないと思ってしまっていたのだ。


 実際のところはどうなのか。

 ハルカはコリンがアルベルトやモンタナに、実力で大きく劣るとは思っていなかった。

 固い棒を使って実践の訓練をしているとき、コリンはアルベルトの振り下ろしを素手で凌いで、地面に転がすことがあった。

 モンタナと力比べをすれば、普通に勝利する。なんなら、三人の中では、身体強化によって体の部位を最も丈夫にできるのはコリンだった。


 ただ実際に命のやりとりになったときの、瞬間的な思い切りの良さでいえば、確かにコリンは劣っているように思えた。それはアルベルトやモンタナが競って前線に走っていくせいで経験が積めてないせいでもあったし、コリン自身がサポート的に動くことをよしとする性格であるせいでもあった。


 誰も話さない気まずい沈黙を破ったのは、ヴェルネリだった。


「……ノクト殿に、子供、それにそちらのコリンとやらはここに残るのだな。コリンは書類の整理はできるか?」

「え、はい。元々商人の生まれなので、得意です」

「では依頼から戻ってくるまでの間は、外部に出してもいい書類の整理をするために雇うというのはどうだ? 報酬は働き次第になるが」

「あ、それいいかも。……みんなはどうかな?」


 いつもの元気はなりを潜めて、コリンが自信なさげにそう尋ねてくる。アルベルトは、仏頂面で立ち上がって振り返り、顔を合わせずに答える。


「お前がそうしたいならそうしろよ」

「あ、アル、ちょっと待ってください。どこいくんですか?」

「あっちで素振りしてくる」


 ハルカが止めようとすると、そのまま暗闇に溶け込むように、離れていってしまう。

 一番近くでずっと一緒にいたからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。そうおもってしまったハルカは、それ以上声をかけることができなかった。


「彼女に戦うところみてもらえないから、拗ねたですかね?」

「そうかもしれませんね……。…………モンタナ、今なんて?」

「拗ねたです?」

「あ、いえ、その前」

「彼女に戦うところ見てもらえないです?」

「彼女?」

「アルとコリン、許嫁ですよね?」

「…………ん?」

「だから大事な末娘を冒険に出すの許可もらったですよね? 前にオランズでコリンのお父さんにあった時、そう言ってたです。だから間違いないです」

「……知らなかった」

「知らなかったですか。そういえば言ってなかったかもしれないです」


 ハルカは口元に手を当てたまま、黙り込む。突然の情報に頭の中の整理がついていなかった。喧嘩っ早いアルベルトが、コリンにだけは逆らわないのは、幼馴染だからではなく、許嫁だったから?

 しかしそんな気配は全く感じなかった。自分が鈍感なだけなのだろうかと思いつつ、恐る恐るコリンに小声で尋ねてみる。


「あ、あの、そうなんですか?」

「え。まぁ、親が勝手に言ってることだけど。えっと、まぁ、かなりの確率でそうなるんじゃないかとは思う、かな? お互い別に嫌いじゃないし、一応それを承諾した上で冒険者になってるし。あ、でも別に強制力の高い約束じゃないから、互いに好きな人ができたりしたら別にそれでいい話だし、アルもそんなに気にしてないと思う……。だ、だからそういうんじゃないはずなんだけど……?」


 先ほど留守番すると言い出した時よりも、もっとしどろもどろで、歯切れの悪い返答だった。

 そんなコリンの対応に、モンタナがさらに一言のべる。


「コリンをいろんな冒険に連れてってやるんだって、アルが言ってたの聞いたことあるです」


 場に流れたのは、先ほどよりも少し軽く、しかし後に引きずりそうな沈黙だった。

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