二百五十四話目 泣き虫
身体を地面に伏せてハルカの攻撃を避けた真竜は、迫りくる炎の塊を見て大きく目を見開いた。
『やめんか! お主の仲間まで巻き込むぞ! 我は殺してなどいない!』
「…………」
『無言で魔法をさらに展開するのをやめろ、たわけ! ええい、異様な魔素を纏ったものが来たから顔を出して構ってやったというのに、なんたる無礼! 我は風の真竜ぞ!』
「……本当に仲間は生きてますか?」
『嘘は言わぬ。突然怒って大暴れとは、なんと恐ろしいんじゃ最近の若者は! なぜこんな力の使い方も知らぬ大たわけがこれ程に魔素を使いこなしてるのだ。おい、はよう走ってこんか! 我とこのたわけエルフが本気で戦ったら、この辺の山が更地になるぞ!』
ハルカが油断せずに魔法の展開をし続けて数秒待つも、アルベルト達の姿が見えてくることはない。ハルカの目がだんだんと据わっていき、巨大な炎球が真竜をぐるりと囲った。
『やめよと言うておろうが! お主が遠くまで飛びすぎなのだ。仲間がいるのはもっとずっと向こう、ここまで来るのに時間がかかるに決まっておろうに! ええい、はようはよう!』
真竜が辺り一面に響く声でそう告げてから数秒、遠くから声が聞こえてきた。
「……い、ハルカ! 生きてるのか!?」
アルベルトの声がした。
一番前をモンタナが走り、その後ろに声を出すアルベルトが続く。
それから少し遅れてコリンがきて、最後尾にイーストンがいる。
ハルカは大きな声で返事をしようとしたのに、喉が引きつって声が出なかった。
ぼろぼろと涙がこぼれて、どうしたらいいかわからずに、その場に座り込んでしまった。空に浮かんだ凶悪な魔法が空気に溶けるように消えていく。
黒雲があっという間に散り散りとなり、夕陽と茜色の空が姿を現す。
ハルカは口と鼻を両手で覆い、涙を流した。
仲間たちの姿を再び見ることができたのがただただ嬉しくて、何も言葉にすることができなかった。
ずびずびと鼻をすすりながら、真竜と仲間たちとの間に障壁を張る。間違っても攻撃が届かないよう、執拗なまでに張り巡らす。
ハルカが地面に座り込んだのが見えた仲間たちは焦った。
何がそうさせたのかわからないまでも、全力で駆けて、ハルカの下にたどり着き、モンタナとアルベルトはその両腕を掴んで体を引き上げた。
「なんかわかんねぇけど逃げるぞ!」
「逃げるです」
ハルカは立ち上がって、二人の手を引いて抱き寄せる。
「ああ、生きてた。良かった」
「はぁ? なんだよ、いいから逃げるぞって、あいつがボケっとしてるうちに!」
「あの竜しゃべるですか?」
バタバタと暴れるアルベルトに対して、モンタナは諦めたように脱力しながら首をのけぞらせて真竜をみる。
そこにコリンが追い付いてきた。
「ちょっと、何してんの! 逃げるんでしょ、ほら、ハルカ早く! うわ!」
コリンも捕獲したハルカはそのまま動かない。
少し手前で止まったイーストンは賢明だったと言えるだろう。
「……大丈夫です、間に沢山障壁を張りました。追いかけてきたら逃げられないので、逃げずにここで殺します」
突然物騒なことを言いだしたハルカに、仲間たちは目を丸くした。まさかハルカの口からそんな言葉を聞くと思わなかった。
泣いて少し充血したハルカの目は、じとっと据わっており、飛んでいる竜から、ほんの少しも視線を外さない。
『おい、その物騒な娘を何とかせよ。やるならこちらにも考えがあるぞ』
「あいつはそのうち皆のことを殺そうとするかもしれないので、今のうちに…っ」
ハルカは衝撃に驚いて、口を開けたまま停止した。
アルベルトが首を引いて、ハルカの額に思いきり頭突きをしたのだ。
「ハルカ、俺は冒険者だ。お前に守ってもらうために冒険者になったんじゃねぇよ、放せ」
ハルカが目を瞬かせて、腕の力を緩めると、アルベルトはそこから抜け出してハルカを睨む。
「俺が死ぬときは、俺が判断を間違えたときだ。お前が守ってくれなかったときじゃねぇ。ふざけんな、これだけ一緒にいてそんなこともわかんねぇのかよ」
「わ、私は、ただ……」
「お前がいくら強くても、俺の自由を奪うんじゃねぇ。わかったのか? わかんねぇのか?」
分かっていたはずのことを、悲しみと怒りに流されてしまったせいで、すっかりわからなくなってしまっていた。彼らの心の強さや生き方に憧れたはずなのに、羽を奪って籠の中に閉じ込めようとしてしまっていたことに気付く。
「わ、わかって、わかってたんです。いえ、わかってます。でも、死んでしまっていたのではないかと思ったら、悲しくて辛くて、どうしようもなくなって……。……ごめんなさい、ただの言い訳です」
ハルカは下を向こうとしたが、そうすると真竜から目を離してしまうことに気付き、慌てて顔を上げた。
眉が垂れて、顔全体が情けなくなっているハルカを見て、アルベルトががりがりと頭を掻いた。ハルカが落ち着いたのは分かったが、そこから何と声をかけていいのか分からなかった。
モンタナがハルカの腕を尻尾で撫でながら、ゆっくりとした口調で話す。
「心配してくれてありがとです。でも、殺すなんて言葉は、ハルカに似合わないですよ。そういうのはアルに任せておけばいいんです」
それに続いて、コリンがハルカの背中に腕を回して、強く抱き着いた。
「私のことは守ってくれてもいいよ? 守って守って、代わりにお金稼ぎしてあげるから! ……でも、守るために怖い顔しなきゃいけないなら、無理しないでほしいかな。ほら、笑って笑って」
そう言われても、すぐに笑顔は出てこない。笑おうと思ったら、仲間たちが生きていたことと、自分が仲間に嫌な思いをさせてしまったこと、それに仲間たちの優しさに感情がぐちゃぐちゃになる。
口元が僅かに弧を描いているのに、眉が垂れ下がりポロリと涙がこぼれていく。
「なんだか、もう、わかんないです。けど、アル、ごめんなさい」
「……俺が弱いから心配かけたんだろ。さっさと強くなるように頑張る」
「違くて、そうじゃなくて」
「ああもう! それ以上泣くなよ!! 俺が悪者になるだろ!!」
「ごめん、ごめんなさい……」
ハルカたちの様子をイーストンと、真竜がすこし離れたところで黙って見つめている。
声をかけづらい雰囲気に、どちらも少し困ったような呆れたような表情を浮かべていた。
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