二百十三話目 同行者
「さて、身体も元気になったしそろそろ僕は行こうかな」
そう言って立ち上がったイーストンに、アルベルトが呆れたように声をかける。
「おいおい、流石に夜が明けてからにしろよ」
「怪しい奴と夜を明かすのは嫌じゃない?」
「ハルカの友達なんだろ。別に構わねぇよ」
イーストンは笑う。
自分の知っている冒険者たちであれば、立ち去ることを要求してくるのが普通だった。ハルカという人物が異様であるとは思っていたが、その仲間たちも通常の感覚は有していないらしい。
ただその笑いは嘲笑ではなく、心地よい気持ちからあふれ出した自然な微笑だった。
「そうかな?じゃあ自己紹介をしておくよ。僕の名前はイーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマンだよ。呼び方はイースでお願い」
優雅な礼と共に自己紹介をしたイーストンの姿は、旅人の装束を纏っているのにもかかわらずどこか高貴で、男女問わずに魅力的に映るものだった。
陰があり、美人という表現が合う容姿と所作は、確かにのぼせ上がるものが出てもおかしくない。ハルカは自分の見た目のことを棚に上げて、すっかり感心してそれを眺めていた。
アルベルトたちもそれぞれ自分の名を告げると、イーストンは地面に座る。
「それにしても赤ん坊を連れて旅をするなんて酔狂だね。一体どこへ向かっているんだい?」
「まぁ、色々と事情がありまして」
「そう。東西どちらへ行くのかな?僕は今から東の海沿いまで行く予定だけれど」
「んー……?ハルカハルカ、向かう方向一緒じゃない?」
がさがさと地図を広げてコリンがにじり寄ってくる。
確かにこのまま一度東海岸へ向かい、V字を描くように王都へ向かうのが、今回の旅のルートとなっている。
ハルカ個人の感覚で言えば、一緒に旅をしてもいいんじゃないかと思っていた。イーストンの人柄は穏やかで、戦うこともできる。
ただその提案に踏み切れない理由もあった。
今は護衛任務中であるということと、ユーリと言う守るべき存在がいることだ。さらに、その二つのせいでイーストンを余計なトラブルに巻き込む可能性もある。ちらりとノクトの方を窺うと、まるでそうすることが分かっていたかのように目が合った。
「ハルカさんが決めていいですよ。情報の公開についても全て任せます。ただし本当に護衛任務をするときは、対象者の安全を一番に考えるんですよぉ」
ノクトは必要なことだけ告げて口をつぐんだ。そもそもこの護衛任務を、師匠と慕ってくれたハルカの成長のために使うつもりだ。
人を見る目を養うことも大切だと思っている。
また、冒険者にとって気の合う強者との出会いは、何物にも代えがたい宝になることもある。任務を優先するあまり、その可能性をつぶすつもりはなかった。
他にも思うことはあったのだが、ノクトは余計なことは語らない。弟子がどう考え判断するのかを楽しく眺めていた。
しばしの沈黙を破ったのは、意外なことにモンタナだった。
「ハルカが一緒に行きたいならいいと思うですよ」
ずっと動かしていた手を止めて、道具をしまい顔を上げる。
「ノクトさんは任務を受けるときに護衛、と言ってたです。でも、正確には戦闘が発生したときに撃退することと、攫われたときに救出するのが僕たちの任務です。イースさんが信用できる相手だと思うなら、一緒に旅をしたほうが安全です」
「モン君、珍しくいっぱい喋ったねぇ」
コリンが今度はにじにじとモンタナの方へ寄って行って、ぐりぐりと頭を両手でかき回す。モンタナが嫌そうに体を傾けているが、コリンがしつこくついてくる。結局こてんと横に倒れて、そのままされるがままになってしまった。
表情はあまり変わらないが、不満そうに見える。
「僕のがお兄さんです……」
ハルカはいつの間にか撫でていた自分の耳から手を放して、イーストンの方を向いた。
「イースさん、私たちはこれから東の辺境伯領まで向かうことになります。旅は道連れとは言いますし、よければ一緒に行きませんか? もちろん他の用事ができたり、目的が合わなくなればそこで分かれても構いません。いろいろ難があるので、その辺はすり合わせしたいんですが、イースさんは一人旅がお好きですか?」
イーストンは頬をかいて笑った。
「別にそんなに詳しく話してくれなくてもいいんだけどね。気楽にいこうよ。行く先が一緒だし、ペースも一緒だから一緒に旅をする。互いに危険が迫れば助け合うこともあるよねってところでどうかな?」
「ではそういうことでお願いします。このあとお互いの知っておくべき事情だけは話しておきましょう」
ハルカが手を差し出すと、イーストンがその手を掴む。互いの表情は穏やかで照れ臭そうだ。モンタナは撫でまわされながらその様子を眺めていたが、どこか満足そうな顔をしていた。
ユーリはベッドからじーっとイーストンの様子を観察していた。
新しく現れた人物を警戒していたが、それほど心配なさそうだと思い、ベッドへ戻る。怖そうではないと思ったものの、ユーリの心には少しだけもやもやが残っていた。
それは前世も含めて、はじめて自分が信用している人たちが、自分以外の人へ好意を向けてることへの嫉妬だった。
ユーリはその感情がなんであるかに気付けずに、ぎゅっと目をつぶった。
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