二百話目 悪意の巣
基本的に、手配されている賊を討伐して、仮にそれを殺してしまったとしても、この世界では罪に問われることはない。
法の適用範囲は、国によって変わってくる。
神聖国レジオンや、独立商業都市国家プレイヌでは全域に発布された基本的に守るべき法がある。
しかし王国になると、貴族向けに全域に出されている法の他に、それぞれの領主が領地を治めるために定めた法と言うものがあり、それぞれの地域によって罪になる行動や、その大きさが異なってくる。
王国においては特に旅をするものが少ないので、それほど困ることもないそうだが、冒険者や行商人にとって王国は商売がしづらい場所なのである。
そんな王国内で、ノクトが作戦行動に太鼓判を押したのには理由がある。
実は人の暮す場所のどこにおいても、共通している約束事のようなものがあるのだ。
それは特級冒険者への法律の不適用だ。
正確には適用してもいいが、誰もその行動の責任はとってくれないよ、と言う意味でもある。
通常最高位である、一級冒険者と言うのは、人から離れた化け物たちのことだ。それを制圧するためには、入念な準備の上、数十人、数百人と言う人数をかける必要がある。
であれば、それより上の特級冒険者とは何か。
軍隊が返り討ちにされる、小国が潰される、そんなことができる者を人々は化け物とすら呼ばない。それは川が氾濫するような、地が揺れるような、真竜が襲い来るような、抗い様のない災害でしかない。
人々にとって幸いなことに、その災害は、自由を求め、人に縛られることを良しとしないものが多いので、人族社会において権力を持つようなことは極まれだ。
しかし歴史があり、過去を学ぶものほどよく知っている。
特級冒険者には手を出すべきではない。それは愚か者のすることだ。
魔物や
人が支配して長い王国では、冒険者を軽視する傾向もあり、特級冒険者の恐ろしさを理解していない支配者が多くなるのも自然なことだった。
ザッケロー男爵は情けなくも逃げ帰った兵士二人に怒鳴り散らしてから、配下の兵長に全兵力をもって無礼な冒険者たちを捕縛するように指示を出した。
「冒険者風情に舐められたまま終われるか!角の生えた獣人以外は皆殺しにしろ!」
一方ハルカ達は、街道から少しそれて、森の中へ入って行っていた。二人の男を先導にして、それについて行く形だ。男たちにはこの距離だったら、いつでも先ほどと同じ目に合わせられるということを言い含めてあったから、急に反抗してくるようなことはないだろう。
ハルカはその背中を追いかけながら考える。
例えば旅をしていて、急に襲われて仲間が殺されたら。連れ去られたら。そんな想定は今までだって何度もしてきたが、いざ人を傷つける場面となると躊躇してしまう。
結局力を得たところで、そこを思い切ることのできない自分は、冒険者に向いていないのだろうと思う。そう思っていても、やっぱり仲間たちと袂を分かつことはできなかった。
今回のならず者たちとの戦闘では、積極的に攻撃をするようにとノクトに言われている。今回こそ、自分がしっかりと冒険者としてやっていけることを仲間に示したかった。
何度もノクトから言われたことであるが、どうしても殺すことが怖いのであれば、相手を戦闘不能にすればいいということだ。治癒魔法を使えるハルカであれば、死にさえしなければ取り返しがつく。
言い訳のようではあるが、仲間が傷つくくらいならば、という思いもハルカの中には確実に存在していた。
木の陰にあばら家が幾つか見えてくる。
そこが、彼らならず者たちの暮す拠点だ。
ひょっという空気を裂く軽い音がして、片方の男の太ももに矢が生えた。男が地面に転げまわったのを見て、もうひとりが声を上げる。
「違うんだ!連れてきた、獲物を俺たちが連れてきた……」
「おい!馬鹿どもが敵を連れてきたぞ!!」
仲間たちに聞こえるように大きな口を開けて話していた男の口に矢が刺さる。男は矢を掴み何とか抜こうとしたが、そのままごぼごぼと音をたてて地面に倒れた。
見張りの男の声に、続々と小屋の中から武器を構えたならず者が現れる。
同じように矢が飛んでくることを予測して、ハルカは味方の前に障壁を張った。仲間たちは目の前に張られた、透明なガラスのような障壁を見ながら、それぞれの得物を抜く。
今回ノクトはユーリの傍で完全に子守りをしてくれるそうだ。ハルカがしっかり対人戦に集中できるようにと念押しをされていた。
ハルカが現れる敵へ目を凝らしていると、その後方の広場に、妙なものをみつけた。地面に刺された杭に、人が縛り付けられている。その人物の服は明らかに血で染まっており、遠目から見るとピクリとも動かない。男の全身に、数本のナイフが刺さっている。
そんな残酷な磔は一つだけではなかった。その周りにもいくつかの杭が立っていて、そこには白骨化した骨の一部が括り付けたままになっていたり、地面に骨らしきものが散らばったりしていた。
そうしてにらみ合いをしていると、布をくぐり大男が一人現れる。身の丈二メートルはありそうなその男は、どちらかといえば肥え太っているようにも見えたが、その脂肪の下に確かに筋肉もついていそうだった。
男が出てきた小屋の中に、何者かの素肌が見える。体のあちこちに内出血が見えて、遠目からではその人が動いている様子はやはり確認できなかった。
ハルカはぎりりと奥歯を噛んで、男たちを睨む。
成程、これがこの世界のならず者の姿かと、はじめてその全容を理解したような気がした。話に聞いた、本で読んだ、想像もしたけれど、実物の残酷さを見ることは、何よりハルカに衝撃を与えていた。
「……出来るだけ多く、戦闘不能にします。そのあと接敵してください」
「できるのか?」
仲間たちが心配そうにハルカに視線を向ける。
ハルカは思う。
彼らはこんなリスクを想定している中で、足を引っ張り続けてきた自分を仲間として受け入れてくれていたのだ。仲間たちの顔をみて、その姿を倒れている人に、磔られている人に重ねてしまい、心が冷えていく。
「やります」
正面から矢が放たれて、それと同時にならず者たちが武器を掲げて攻め寄せてくる。その奥では大男が悠々と様子を伺っていた。
ハルカは腕を正面に突き出し、目に映るすべての敵の足元へ狙いを定める。指先に風の刃が無数に生んでからふと思う。地面を歩いて近づいてくるならば、一人ずつ狙わないでまとめて薙ぎ払ってしまったほうが、避けられる心配がないのではないか。
もう一歩前に出たハルカは、風の刃を結合させて、鎌のような形をした巨大な刃を作り出す。
ハルカが軽く手を横に払うと、死神のそれを思わせる刃は地面に生える草を薙ぎ、間にある木々を切断し、そうして正面に立つすべての敵の足を切り落とした。
その刃は大男のもとまで飛んでいったが、大男は前を走る男たちの足が切り落とされたのを見て、とっさに地面を蹴って刃を回避した。
ハルカは手を逆に払い、魔法を消す。よけられたことが分かって、次弾を用意しようとしたところで、アルベルトとモンタナが走り出した。
「あとはやる。討ち漏らしがないか確認しながらサポートしてくれ」
「いってくるです!」
「わかりました、お願いします!」
ハルカはウィンドカッターを展開させたまま、倒れた男たちを睥睨する。立ち上がるものがいれば、二人の邪魔にならないように即座に魔法を叩きこむつもりでいた。
モンタナとアルベルトは走りながら話す。
「やっぱりあいつすげぇな」
「でも多分今日の夜はへこんでるですよ」
「だな」
「さっさと倒して頭なでなでしてあげるです」
「おう」
大男は巨大なこん棒を振り回して、二人のことをけん制する。
「俺は、俺は三級冒険者のジダンだ!死にたくなかったら引っ込んでろ!!」
「うるせぇ、お前みたいなのが冒険者名乗るな!」
アルベルトが踏み込みと共に大ぶりの一撃を放つと、ジダンはこん棒を振り回しそれを迎え撃った。体格だけを見ると、アルベルトの方が力負けしそうに見える。しかし、上から振り下ろされたアルベルトの剣は、こん棒の半ばまで切り込み、じりじりと押し込まれていく。
「お、おぉおおお?!」
異様な力に雄たけびを上げて、何とか押し返そうとするジダンだったが、そちらに必死になるあまり、もう一人敵がいることが頭から抜けていたらしい。
モンタナの剣がジダンの手首を切り落とすと、アルベルトの剣が一気に押し込まれる。その剣はこん棒を半ばから切り落とし、そのままジダンの頭をかち割った。
「……よし」
アルベルトは、ジダンの絶命を確認すると、剣についた血や脂をその服で軽くぬぐい取って立ち上がった。
振り返るとここに至るまでの地面が全て血で染まっていて、中々酷い光景が広がっている。その光景を見ながら、もしハルカの魔法が自分に向けられたらどう戦うのかと、アルベルトは一瞬考えたが、今はそんな時ではないと首を振った。
ハルカが転がる人々を踏まないように、アルベルト達の方へ走っていく。
「モンタナ、もう敵はいなさそうですか?」
「いない……と思うです」
「ありがとうございます、ちょっとすいません」
ぐるりと周りを見渡したモンタナの返事を確認して、その横を通り過ぎて、磔にされた人間の方へとさらに走る。
そばによると呼吸はなく、手に触れてみても明らかに冷え切っており、顔も血の気がない。その死を確認して、ハルカは今度は大男が出てきた小屋へと向かった。
凌辱されていたであろうと思われる女性が裸で横たわっていた。
パッと見ただけでも呼吸の確認ができる。
ハルカはその女性にすぐさま治癒魔法を行使し、身体に自分のローブをかけてやった。
小屋から顔を出して、仲間たちに大きな声で伝える。
「生きている人がいます!」
「敵か?!」
「いえ、被害者かと!」
アルベルトとモンタナが歩み寄って、小屋の中を覗いて顔を顰めた。
二人は小屋の中から目をそらしてハルカに尋ねる。
「そいつ助けるものいいけど、あそこでぶっ倒れてる奴らはどうするんだ?」
「とどめ刺すですか?」
「刺さなくてもすぐ死ぬだろ」
改めて尋ねられて、平常な心に戻りつつあったハルカは自分のおこした攻撃の結果に、改めて動揺する。出血を考えればすぐさま治療しなくては死んでしまうだろう。
「ちょっとここをお願いします」
ハルカはその場を二人に任せて、地面に倒れ伏す男たちの様子を見る。
治すべきなのだろうか。人に害をなして、自分たちを殺そうとした相手を助けるべきなのだろうか。
ハルカは、倒れる男たちのすぐ横に立ち尽くして考える。
男たちから助けてくれと言う言葉はほとんど聞こえない。
許さない、殺してやるという口汚い怨嗟の声ばかりがハルカの耳に入る。
ハルカは悩んで悩んで、結局「助けてくれ」といっていた、ここまで案内してきた男だけを治療してやることにしたのだった。
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少し重い話となりましたが、これで二百話となりました。
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