百三十二話目 アルベルト、起きる

 ハルカが頭を撫でると、アルベルトの目尻が少し動き、やがてぼんやりとした様子で目を開けた。

 覗き込むハルカとモンタナの顔を確認して、アルベルトは自分の顎を幾度か撫でる。


「ハルカが治してくれたのか?」


 ベッドに手をついて上体を起こしたアルベルトは、体を少しずつ動かしながらその具合を確認している。


「いいえ、あちらのノクトさんが治してくれました」


 体に異常がないのを確認し終えたのか、ハルカの示した方向を見て、アルベルトは怪訝な顔をした。


「派手な頭した……、羊の獣人か?あれが聞かされてた治癒魔法士なんだな。結構ひどい怪我だったと思うけど、何ともねぇや」


 よっと掛け声をかけてベッドから飛び降りたアルベルトは、そのまま歩いてノクトの元へ向かう。


「ねぇねぇ、クダンさんって昔からあんな感じなの?」

「初めて会ったときは、もうあんな感じでしたねぇ」


 だいぶ砕けた口調になったコリンが楽しそうにノクトと話している。


「おーい、あんたが俺を治してくれたんだろ」

「あ、起きたんだ」

「起きたんだじゃねえよ、人が怪我してる横で楽しそうに話しやがって」

「怪我してないじゃない」

「……確かにそうか」


 アルベルトがやり込められて、顎をさする。そういう意図で言い始めたことじゃないはずだが、コリン相手だとアルベルトはあまり強くでない。長年の付き合いで、それ以上言いつのっても勝てないことがわかっているからだ。


「体の具合は悪くないですか?」

「ああ、試合前と同じくらいに調子はいいぜ」

「では治癒魔法がうまくいったということですね」


 ニコニコと笑うノクトは、それを一度やめて、目を細め、少し真面目な顔をしてアルベルトを見上げる。


「今回は武闘祭でしたから仕方ありませんが、お体は大事になさってください。いつでも治してくれる人がいる訳ではありませんから」

「……ああ、わかってる」


 アルベルトは一瞬ハルカの方をちらっと見たが、素直にうなづいた。ノクトは笑顔に戻りうんうんとうなづいてハルカの方を見る。


「素直ないい子ですねぇ」

「はい、そうなんです」

「おい、なんか恥ずかしいからやめろ」


 穏やかなやりとりを自分の横で行われて、アルベルトが苦い顔をした。こう言う褒められ方はくすぐったい。


 コリンが変な顔をしているアルベルトを見て笑いながら話しかける。


「あんたさ、またクダンさんと会う機会逃したわよ。さっきまでここにいたのに」

「は?なんで?起こしてくれよ!」


 無茶を言う。

 大怪我をして気絶していたのだから、そっとしておくのが普通だろう。


「何しに来てたんだよ!くそ、いいなぁ!」


 走ってドアを開けて廊下をみるアルベルト。

 スター選手の追っかけの子みたいで面白くて、ハルカは目を逸らして笑った。


 モンタナが、アルベルトの後ろにトコトコと歩いて近づいていく。トントンと肩を叩いて、何をするのかと思ったら、振り向いたアルベルトにVサインを出した。


「僕は会えたです」

「お前、わざわざそれ言いにきたの?」

「ですです」

「お前はぁあ!」


 モンタナの頭を捕まえたアルベルトがその髪をぐしゃぐしゃにした。しばらくされるがままになっていたが、スッとしゃがんで逃げ出したモンタナがハルカの後ろに隠れて、手櫛で髪をとかす。


 心なしか満足そうな表情をしていた。


「あんまりいじめちゃ駄目ですよ」


 ハルカがそういうと、モンタナはふいっと顔をそらして、小さな声で返事をした。


「心配させたお返しです」


 そう言われると、それ以上何も言えない。

 すっかり仲が良くなって、モンタナが年相応の表情を見せるようになってきた、と思えばいい傾向なのかもしれないとも思う。


「あーあ、ったく、もうちょっと早く起きてりゃなぁ」


 頭の後ろで手を組んで、拗ねた表情でベッドに戻ってきたアルベルトは、もう一つのベッドに眠っている男を見て、ハルカの方を向いた。


「なんでこいつまでここで寝てんの?」


 ギーツが穏やかな表情でベッドに横になっている。アルベルトが目を覚ましたので、ハルカもすっかり彼の存在を忘れてしまっていた。


「アルのことを心配して、お見舞いに来てくれたんですよ。本当は立ち入り禁止なこの部屋に入れたのも彼のおかげです」

「ふーん、そうだったのか。……んで、なんで寝てんだよ」

「あー、それはですね……」

「クダンさんに怒られてビビって気絶したのよ」

「ああ、なるほどな」


 ハルカが言い淀んでいると、コリンが横から口を挟んだ。ギーツのプライドとかを少し考慮してあげて欲しかったが、今更かとも思う。

 笑いもせず馬鹿にするでもなく納得したアルベルトが、彼に対してどんな印象を持っているかが良くわかる。


「あ、あとねぇ、アルの治療してくれたノクトさんだけど」

「ん、なんだよ?」

「彼も特級冒険者なのよ!」


 悪戯っぽく笑うコリンは、ノクトの横に立って胸を張る。彼女が威張ることではないが、ノクトも紹介されて手を上げて反応してくれている。


「あ、特級冒険者のノクトですー」

「ええぇ、すげえ、あんた俺より年下……、でもないのか、もしかして」


 モンタナを見てから、ノクトを見て、アルベルトは言葉を止める。


「……にしても、歳同じくらいだろ!優秀な魔法使いなのか?!」

「ほとんど光魔法しか使えないですよぉ。あと、僕は君のおじいさんより年上だと思います」

「獣人の年齢わかんねぇ……」


 モンタナといい、ノクトといい、本当によくわからない。

 ハルカもそれには心の中で同意していた。

 この調子で年齢がまるでわからないようだと、獣人の国に訪れた時に苦労しそうだ。

 子供だと思って話していたら、実は年上だったとか、気性の荒い相手にやってしまったらトラブルになりかねない。


 今そばにいる二人の獣人を見ていると、獣人族が全体的に穏やかな種族のように思えてくるが、実際のところはどうなのだろうか。


 後でノクトに聞いてみようと思いながら、引き攣った表情を浮かべているアルベルトを黙って見守った。

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