八十五話目 やっぱり重くない?

 出発しようではないか、と意気込んで、先頭を歩いていたギーツだったが、すぐに自分が地図を持っていないことを思い出したのか、後ろ向きに歩いてハルカ達の横に並んだ。


「道はこちらであっているかな?」

「大丈夫ですよ。最後にもう一度確認しますけれど、荷物はそれでいいんですよね?確認とかいりませんか?」

「くどい!そんなに心配するんじゃない、大丈夫だとも」


 表情を見ると、頬がほんのり赤く上気している。緩む口元を見る限り、朝の冷えた空気のせいではなく、幾分か興奮しているためであると思われた。十日程度とはいえそれなりに長い旅になるのに、朝からそんなに元気いっぱいで、日が暮れるころまで歩けるのだろうかと、皆一様に心配になる。

 しばらくの間ルートは道なりだし、神聖国レジオンの中央部付近を歩いている間は特別なトラブルにも出くわさないはずだ。その間は距離の長い散歩のようなものだと思えば、余裕のあるうちに問題点を洗い出したかった。


「それにしても君たちは若いな。一体いくつなんだ?」

「私は十七歳です。パーティでは最年長ですね」


 記憶がないことを仲間に話した結果、誕生日をこちらに来た日とすることにしたハルカは、設定上まだ十七歳だった。

 アルベルトとコリンが十五歳、モンタナが十六歳、確かに成人前の者だけで遠征しているパーティというのは他に見たことがなかった。


「本当に見た目通りの年齢だったのか。落ち着いているからもっと年上かと思っていたぞ」

「ギーツさん、女性にその発言は失礼じゃない?」

「いや、褒めたつもりだったのだがな」


 間髪入れずに突っ込みを入れたコリンに、悪びれもせずにギーツが答える。すでに依頼を受けてもらったからか、最初の頃よりギーツは態度が大きくなっているように見えた。


「別に私は気にしてないですよ。ありがとうございます、コリン」

「えー、こういうのはきちっと言っとかないとー」

「はいはい、もしコリンが何か言われたら、私もちゃんと言いますから」

「えー、それなら、いいけど……、いや良くはないけどー」


 簡単にごまかされたコリンが、嬉しそうににどっちともつかないことを言う。こんな会話一つでも、ハルカは仲間が自分のことを慕ってくれていることを感じ、少し幸せな気持ちになれる。

 そんな気持ちを遮るように、空気を読まないクライアントは口をはさんでくる。


「そこのお団子娘は弓、少年二人は剣、君は何も持っていないところを見ると魔法使いだな、どうだ、あっているだろう?」

「ご明察です」

「しかしどうだろうな、私も少しばかり魔法には自信があるのだ。もしかしたら君より私の方が戦いが起こったときには役立つかもしれないな」

「そうかもしれませんね、楽しみにしています」

「はっはっは、任せたまえ、このギーツが皆のことを魔法で守ってやろうではないか」

「なるほど、何かあったときは戦闘に加わってくださるということですね」


 ギーツは一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに鼻を鳴らして胸をはった。


「もちろんだとも。師もなく魔法を使うものより、学園でしっかりと学び成績を残している私の方が優れているのは自明の理であるしな。いやしかし、学園で学ばずに魔法を使うことができるという君も、大したものなのであろうな」

「仰る通り私は我流ですから。ギーツさんの方が魔法を巧みに操れるのかもしれませんね」


 構ってほしいのか、自慢をしたいのか、延々と話が止まらないギーツ。ハルカは話半分で聞きながら、相槌を打つ。

 コリンからの冷たい視線にも気づかなければ、モンタナとアルベルトが二人で戦闘のシミュレーションやフォーメンションの話し合いをしていることにも気づいていなかった。

 ちなみにその話し合いの中で、戦闘に加わるといったギーツも戦力換算されてしまったことにも全く気付いていなかった。


 そんなギーツであったが、三時間も歩くとだんだんと口数が少なくなってきた。最初の頃とは違った理由で頬が上気して、額が汗ばんでいる。風がなくよく晴れているとはいえ、朝には霜が降りるような季節なのだ。普通だったら歩いたくらいではそんな風にはならない。


 静かになったギーツを好都合だと思う気持ちもありながらも、ハルカはしばらくそのまま歩かせてから、もう一度尋ねてみた。


「……荷物、重くないですか?」

「…………重くないとも」


 長い沈黙に元気のない返事、重い足取りが言葉を否定しているが、これが貴族の意地というやつなのだろうか。それでも口では否定をして見せた。

 この旅仲間の中ではギーツは一番年上だ。しかし、実際精神的には40越えのおじさんであるハルカから見れば、意地を張るギーツは社会人になるかならないか程度の子供だ。のろのろと元気なく歩くギーツを横目でずっと見ていると、だんだんかわいそうになってくる。

 しかし散々注意したのに聞かなかったのは本人だったし、いまだって意地を張り続けている。ここで甘やかしてしまっては本人のために良くないような気もしていた。

 ハルカがなんとかしてやろうか、どうしようか、ギーツを見たり道の先を睨みつけて考えてみたり、一人で百面相をしていると、くいくいっとローブの肘の辺りを引っ張られる。


「ハルカ、めっ」


 ハルカの気持ちを察したらしいコリンが、厳めしい顔を作って首を振った。ギーツにこちらを気にする余裕はなさそうであったが、こそこそ小さな声でコリンはハルカに話しかける。


「向こうから言うまで絶対に助けないでよね。旅の間にちょっと立場をわからせてやらないと」

「……立場って、向こうが依頼者ですよ」

「でも向こうだって私たちがいないと困るんだから、威張りちらされても困るの。だからだめっ」

「……そうですね」


 ちらりともう一度ギーツを見ると、地面を見て黙々と歩いている。このまま立ち止まったら一人でずーっと進んでいきそうな感じだ。周りの景色を見る余裕もないのだろう。やはり少しかわいそうだった。


「ハールーカー?」

「はい、わかってます」


 まじめな顔で返事をするハルカを見て、しばらく怖い顔をしていたコリンだったが、見つめあいが続くとその表情が維持できなくなったのか、トンとハルカの二の腕のあたりに額を押し付けてぐりぐりと動かす。


「もうー、ホントにわかってるのかなぁ」


 言葉では注意しながらも、声が笑ってしまっていた。

 コリンはハルカの甘い性格を心配していたが、反面そういうところが結構好きだった。

 しつこく文句を言ってみたものの、ハルカがギーツを気にしてちらちらとみている姿は、コリンには好ましく映っていて、自分がしっかりすればいいか、とすぐに気持ちが絆されてしまったのだった。



 ハルカはそんなコリンの様子を見て思う。

 ギーツばかり構っていたから、コリンも構ってほしかったのかな、と。

 的は外れているが、今日もおじさんの思考は平和だった。




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