六十八話目 言い聞かす

 十代前半の子供相手に一体何をやっているんだろうという思いを抱えながら、彼女らを芝生に座らせて自分はその前に立つ。この世界にも怒られるときはそうなのか、あるいは怖くて姿勢を正しているのか、全員が正座をしている。


「足崩していいですよ?」


 優しくそう言ってみても、動く様子がないものだから、ハルカは困ってしまう。自分も彼らの前に座り、胡坐をかいて、もう一度促す。


「ほら、楽にしてください」


 おずおずと楽な姿勢を取り始める五人を黙ってみつめ、落ち着くまで待つ。


「終わったら呼んでくれよな、俺訓練してるから。たまには対人訓練しようぜ、モンタナ」

「いいですよ」


 そういって連れ添って歩いていくのはアルベルトとモンタナだった。コリンはハルカの横までやってきて腰を下ろす。


「ケガはないみたいね」


 ハルカの袖をめくって腕を見て、そこを撫でた。だらけていたが、少しは心配してくれていたみたいだった。


「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「ハルカも女性なんだから、怪我には気を付けないと」

「いえ、それは、まあ、はい」


 女性と言われても、嫁に貰われる気もないしなぁとハルカは思う。今のところ男にも女にもそういった感情を抱いていないし、これからもそれは変わらない気がしていた。

 今はそんなことより、目の前の子供たちの相手をする必要がある。


「はい、いろいろと言いたいことはあるのですが……。まずはお願いです。私はダークエルフですが、あなた達や善良に生きている人と呼ばれるもの全般に対して、敵対するものではありません。ですので私のことを見かけたとき、仲良く声をかけてくれとまでは言いませんが、他の人と連れだって攻撃することはやめてほしいと思います」


 そういって順番に子供たちをみていくと、皆神妙な顔をして頷いてくれる。立場は理解しているのか、これ以上逆らうそぶりは見せない。


「それからこれはお説教です。何をしてくるかわからない相手に、安易に喧嘩を売るのはやめましょう。もし本当に私が悪い者であったなら、あなた達は無事ではすんでいません。行動をする前にもっとちゃんと考えて、自分のことを大事にしましょう。次に、真実を確かめずに噂を信じ込むのはやめましょう。一体なぜ、ダークエルフがあなた達を害するものだと思い込んでしまったんですか?」

「み、皆さんがそうおっしゃっていたので……」


 震えた声でサラが答える。

 それを責めるような口調にならないように気を付けながらハルカは言葉を続ける。


「そうですか、ではその皆さんは誰からそれを聞いたのでしょう?最初に言いだした方はどなたで、その人はなぜそうであると知っていたのでしょう?そういう噂というのは辿ってみてもなかなか大元にはたどり着かないものですから、調べるのは難しいですけれどね。でも、誰かを傷つけるようなことであれば猶更、その真偽は確かめるべきでしょう。それから最後に、人に向けて簡単に魔法を撃ってはいけません、危ないですからね!わかったら解散していいですよ」


 子供たちは互いの様子を伺いながら、そーっと立ち上がる。まるでそれが見つかってしまったらハルカが襲い掛かってくるとでも思っているかのように、ゆっくり、そろそろとその場を後にしていく。


脅かすのも悪いと思い、黙ってその子たちを見送っていたハルカは、一人その場に残っているサラに気づいた。


「……背中を向けたからと言って襲い掛かったりしませんよ?あなたも、ほら」


 サラに対してもその場を立ち去ってよいと伝えるも、彼女はぎゅっと唇を結んで動き出そうとしない。

 困ったハルカは、どうしましょう、とコリンに目線を向ける。コリンはアイコンタクトにきづくと、私知らないとばかりに首を振った。


「えーっと……、サラさん、何かまだありますか?」


 仕方なくサラに話しかけるハルカに対し、彼女は顔を上げて決意したようにキッとハルカを見つめた。


「ほ、本当にあなたは、ダークエルフは、破壊の神の使徒ではないのですか?」

「……いえ、知りませんけれど、それって真実を知っている人いるんですか?」

「…………わかりません」

「えーっと、それじゃあ何故そうだと思うのでしょう?」

「先生が……、神人時代よりもっと昔の話をしてくれて……、その時にオラクル様はエルフのような姿を、破壊神のゼストはダークエルフのような姿をしていたらしいと……」


 そういう話になるとよくわからなくなってくる。


 専門家がそういうのならそうなんじゃないかとも思うが、しかしダークエルフが人に対して敵対しているという話も聞いたことがない。

 というか、そもそも自分以外のダークエルフなど姿かたちすら見たことがないし、ハルカだって本当は、この間まで地球でサラリーマンをしていたおじさんなものだから、真偽など確かめようもなかった。

 問題があるとすれば、先生という子供にものを教えるものが、真偽が定かでないことを軽い気持ちで話してしまった点ではないかと思う。

 とは言ってもこの辺りではダークエルフは見かけないらしいし、ハルカさえ現れなければそのうち分別のつく大人になるので、問題はなかったのかもしれなかったが。


「わかりました、では個人的な話をします。私は何か破壊的な目的をもって生きていません。ここにいるコリンやアルやモンタナと一緒に冒険者をし、各地を巡ってみたいと思って生きています。むやみに人を傷つけたりしません、どうしたら信じてもらえますか?」

「……信じます。あなたは優しい人だと思います。私たち、怪我もしてないし、怖い人だったら、もっとひどい目にあってるっていうのもわかります」


 ようやくわかってもらえた様子に、ハルカは息を長く吐いて、背中を伸ばした。


「そうですか、そうしましたら……」

「それから、約束も守ります!今日から私はあなたの僕になります!!」


 話をきって解散しようとしたところで、意志の強そうな瞳と共にサラがハルカの言葉を遮った。ハルカはまたも困った顔をして、コリンの方に視線を向けるが、コリンはぷいっと他所を見る。

 また妙なことになってきた、と思ったコリンは、この状況と困り顔のハルカを見て、ばれないようにこっそり笑っていた。




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