四十九話目 対狼戦
ハルカ達が焚火の周りに戻るころには、他の者も全員集まっていた。
中心に戦う力のないものを集め、戦闘力のあるものは各方向へ睨みを利かせる。
魔法使いであるハルカと双子は中心に近い位置に陣取って、狼たちが近づいてくるのを待った。コリンも弓を構えてハルカの横に並ぶ。
「なんでそこのダークエルフは前線に出ないの?」
「私魔法使いなんですよ。さっきも訂正しようと思っていたんですが」
「嘘、魔法使いであんなに力ある人見たことないもん」
「嘘じゃないです、断言しないでください」
周りを睨みつけるテオに対して、レオは気を紛らわすようにハルカに話しかける。ほんの少しの触れ合いであったが、彼の方が落ち着いた性格なのであろうかとがわかった。今も心配そうにたまにテオの様子を伺っているのが見て取れる。
コリンはすました顔をしているが、肩を震わせて笑いをこらえているのにハルカは気がついていた。ハルカが近接職だと思われていたのが面白かったようだ。
「コリン、何が可笑しいんですか?」
「ごめんてば」
双子の戦う姿を見たことがなかったので、少し心配ではあったが、ハルカは自分の仕事に集中することにした。視界の先には森の中へ目を凝らすアルベルトとモンタナの姿がある。
「でもおかしいわね、ウルフが人の集団を襲うのってあまり聞いたことないわ」
「そうだね、だからきっと狼たちのリーダーは魔物なんだと思うよ」
「あ、そっか、詳しいですね、コーディさん」
コリンの独り言に、コーディが返事をする。
動物は魔物に進化すると、強靭になるのと同時に、その動物としての特性がより強化される。狼というのは強いリーダーを先頭にして行動方針を決める生き物だ。賢く強いリーダーがいるのであれば、こんな行動に出る可能性もあった。
「でも君たちはタイラントボアを倒したことがあるんだろう?期待しているよ。」
コーディは余裕のある笑みを浮かべる。狼の襲撃を怖がっている様子はない。
その直後、デクトの太い声が響く。
「正面から来そうだぞ!遠距離組は攻撃準備!爆発が起こるような魔法は避けてくれ!」
コリンが矢を番え、茂みに目を凝らす。
ハルカと双子が同時に詠唱を始めた。
「風の刃、
「「風の刃、
魔法使いたちの示す先に魔法が展開され待機する。ハルカは茂みの先を見つめるが、まだ狼たちは姿を現さない。
体が若くなって健康的になったためか、視力も健全なものになってぼやけた様子がない。見逃す心配はなさそうだった。
「「示す方向に、いけ、ウィンドカッター」」
茂みが揺れた瞬間に、双子が同時に魔法を放った。
それは顔を出したばかりの狼の一体に当たり、身体を引き裂く。
「ちょっと、危ないでしょ!」
「うるせえな、当たったんだからいいだろ!」
「そういう問題じゃないのよ、そんなこともわからないの?!」
コリンが双子を睨みつけて怒鳴った。
姿が見えていない状態のものに魔法を打ち込むというのは、本来避けるべきことだ。もしかしたら人間が出てくることも考えられる。
今回の場合は、結局対象が狼であったからよかったようなものの、狼から逃げている近隣の住民や、狩りをしている冒険者に当たる可能性もあった。
冒険者ギルドでは新人研修でこのことが注意される。魔法を学んできたものであれば、どこかで同じような注意をされているはずだった。戦闘慣れしていない双子は気が急いて、姿を見る前に魔法を放ってしまったのだろう。年齢を考えれば無理もなかった。
言い争う三人の様子も気になったが、ハルカは茂みから目を離さず、狼に魔法を当てることに集中した。
茂みから別の狼が飛び出してくる。仲間がやられても躊躇する様子はなかった。よっぽどリーダーの統率力が優れているらしい。
前線にいる仲間たちに接近する前に、ハルカはため込んでいたウィンドカッターを目に映る全ての狼たちへぶち込んだ。
目標がハルカの視界に捉えられてさえいれば、ハルカの魔法は外れない。五体の狼の首が、声を上げる間もなく切り落とされる。
「よし」
手をぎゅっと握り会心の声を漏らす。
そのまま改めて同じ詠唱をし、モンタナとアルベルトの持ち場に目を向けた。何かあればいつでもサポートできるように、瞬きも忘れて注視する。
狼たちが前線を守るものに接敵し、戦いが始まる。次々と現れる狼に、反対側にいた騎士達も駆け寄っていった。かなり規模の大きい群れなのだろう、一人で二体以上相手にしているものもいる。
乱戦になると誤射が怖く、魔法を放つことは難しかった。
「もう、こいつらのせいで時間無駄にしちゃった!私もみんなの援護してくる」
何故か急に静かになった双子を置いて、手甲をはめたコリンが前線に走る。数は多くても戦い慣れた者たちにとっては恐れるほどの相手ではない。大きなけがを負う様子もなく、ハルカは安心して戦いを見守る。
アルベルトは目を爛々と輝かせて、狼を次々斬り伏せる。戦闘をしているときのアルベルトはいつもそんな感じだ。
勝手に少しずつ前線を押し上げているのが気になったが、モンタナがうまくフォローしているので大丈夫そうだった。あそこにコリンが加われば万が一ということもなくなるだろう。
こんなに冷静に戦況を判断ができるようになるなんて成長したものだ、とハルカは自分のことを褒める。展開していた魔法をキャンセルし、静かになった双子のことを思い出して、彼らに目をやった。
ハルカを凝視していた双子と、ばっちり目が合う。
ハルカは驚いてたじろいだ。てっきり拗ねているのか、戦いを見つめているとばかり思っていたからだ。
「お前、今詠唱省略しただろ」
「それに、追加詠唱もしてた」
どうやら集中するあまり、放つ時に詠唱をするのを忘れていたことに気づく。
「そうですね、そういう方法もあるんです」
ハルカは慌てずに返事をした。どうせ自分のことだから、いつか忘れたりするだろうと思っていて、魔法の詠唱についてはいろいろ調べていたのだ。その中には追加詠唱の記述も、詠唱省略や短縮という技術があることも書かれていた。ぬかりはなかった。
「知ってる、でもな……」
テオが言い募ろうとしたときに、彼らの後方の茂みが揺れ大きな影が姿を現した。最初に気づいたのは双子の方を見ていたハルカだった。
「後ろから何か来てます!!」
ハルカが大きな声を上げるのと、その影、巨大な狼が走り出したのは同時だった。その速さは他の狼の比ではなく、あっという間に距離を詰められる。
賢い魔物には魔法が自分たちにとって脅威になることが理解できていたのかもしれない。脇目も振らずハルカ達に向かって来ていた。
双子が狼の勢いに気圧されて後ずさり始めたころには、その魔物はもう間近に迫っていた。ハルカは慌てて彼らの前に飛び出し、魔物の大きな口に向けて距離を離すように腕を突き出した。
その腕が魔物巨大な口に吸い込まれるように消えていく。
子供達を守らなければと思い、慌てて飛び出したはいいものの、ただでは済まない予感にハルカはぎゅっと目をつぶった。
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