四十二話目 勘違い

 ギルドの訓練場で、それぞれが自分の動きを確認している間、ハルカは護衛先までの道のりを下調べしていた。基本的にそういったことは使節団に任せて、護衛にだけ意識を割いていればいいとのことだったが、知っていて損はないだろうと思ったからだ。何でも人任せにしてしまうと、いざというときに対応できない。


「そういえばハルカって幾つ魔法使えるんだ?」


 ひと汗流したアルベルトが、ハルカの横に座り込んでそう尋ねてくる。

 答えるのに少し躊躇する。

 というのも、ハルカがいつも使っている魔法というのは、基本の4つだけだからだ。

 すなわち、ウォーターボール、ファイアアロー、ウィンドカッター、ストーンバレットだ。ハルカは普段、これ以外の魔法を一切使用していない。


 ただ、使えないかといえば話は違ってくる。

 これまでの期間、流石のハルカもただぼんやりと過ごしてきたわけではなく、自分の魔法に関しての検証はしてきたのだ。他の誰にも見られないように気を付けながら、最初にこの世界に来た湖の辺りでそれは行った。


 その中で普通の魔法と違うと思われる部分がとめどなくあふれ出てきたので、人前では、見本を見せてもらうことができた4つだけを使うようにしていた。


「うーん、四つ、ですかね」

「てことはまだ魔法使いって名乗れないんだな!」


 アルベルトの無邪気な指摘に、ハルカはうっとたじろいだ。

 そうなのだ、別に気にしているわけではなかったが、今のままでは魔法使いとすら名乗ることができないのだ、別に本当に気にしているわけではないのだが。

 そろそろ誰か新しい魔法を見せてくれると、それを真似できるのだけどなぁ、と思っていたが、なかなかそう都合よく訓練場で練習をしている人はいなかった。


 ハルカの使う魔法が、他とどう違うかというと、まず第一に詠唱が必要ない。

 四つの基本魔法を覚えてから、それを詠唱せずに使用してみようとしたところ、しっかり発動した。魔法になぜ詠唱が必要なのかという理由をそもそも理解していなかったが、誰もが詠唱をしているのだから、本来はその必要があるのだ。

 さらに、軌道や魔法の射出速度を途中で変えることもできる。

 これは本来熟練の者が詠唱を追加することで、可能にする技術だそうだが、ハルカは無詠唱でこれを行う。なんなら発射位置すらも自分が視認する範囲であれば自由にできた。

 こうなってくるとハルカの魔法というのは、この世界の魔法の法則に則っていない可能性すら出てくる。

 詠唱をしている四つの魔法だって、ただそういうものだと思って使っているからそのように発現されているにすぎない。


 いくら撃っても、この世界の魔法使いなら誰もが経験したことのある、魔力酔いと呼ばれる頭痛にも襲われないし、自身の身体は異常に丈夫で、そして怪力だ。

 みんながそれを見て、ハルカの能力を今この世界で認知されているものに当てはめて理解してくれているから良い様なものの、訳のわからない力というのは誰だって怖いし、大抵そういうものは迫害されたり、退治されたりするものなのだ。


 ラルフだけはハルカが変わった魔法を使うことを知っているはずだったが、それ以外の者には誰にも打ち明けず、ばれないように気を付けていた。




 だからこそ、他の人が使う他の魔法を早く見てみたいなぁと思う。

 今のハルカにはどこまでのことが既存の魔法で、どこからそうでないのかのラインがわからなかった。いつか魔法についてしっかり学ばなければならなかったが、冒険者をしている以上、本腰を入れて学びに行く機会はなかなか訪れるものではない。

 気を付けているつもりのハルカであったが、実のところ既にハルカの使っている魔法は普通ではない。

 射出速度やその範囲、数、それに時間あたりに唱えられる回数も駆け出しの魔法使いとは大きく異なっている。辛うじて、熟練度によってそれくらいに至ることはできるのではないか、というレベルだ。

 ハルカの異常性を伴う魔法を見たものは、最初にあったラルフ、それからパーティの面々や魔法に対して無知な護衛対象、とついでに実はこっそりストーカーして冒険や湖についてきてたヴィーチェだけだ。


 ラルフはハルカの魔法に強い恐怖心を抱いていた。さらにその恐怖心とハルカの容姿のせいで、妙なつり橋効果を受けて本当にハルカに惚れてしまっていた。そのため、ラルフはハルカの魔法の異様さや恐ろしさを理解したうえで、それを誰かに伝えるようなことをしていない。


 パーティのメンバーや護衛対象に関しては、ハルカの使う魔法の威力やスピードが凄いものだ、と漠然とは理解していたが、それだけだった。専門家でなく、実戦経験も薄い彼らには、その異常性が理解できなかった。


 こうした理由でハルカは、自分が控えめに使っている基本魔法が普通でないと知る機会を失っていた。


 身体強化だと思われている体の頑健さや力強さについても、ハルカは通常の範囲内、という理解をしていた。そんなはずがないのは少し考えればわかりそうなもののなのに、それを勘違いさせた人物がいる。ハルカのストーカー兼、一級冒険者のヴィーチェだ。


 ヴィーチェはたまに、一緒に出掛けたとき、正確には突然現れて付きまとっているときに、腕相撲を求めたり、全力ダッシュしてぶつかってきたりすることがあった。ハルカは腕相撲には勝利したし、全力ダッシュはよけると危なさそうだったので受け止めた。

 そのたびにヴィーチェは言うのだ。


、ハルカはすごいですわね」


 肉弾戦をメインとする一級冒険者が、身体強化魔法が得意でないはずがない。

 恐ろしい力のぶつかり合いだったが、傍から見ていればただの美少女と美女のじゃれあいだった。

 たまに気づいたものもいたが、見なかったことにしてスルーしていた。なぜなら一級冒険者が怖いから。


 ヴィーチェはワクワクしながら思っていた。


『いつになったら私のハルカが、冒険者として鮮烈なデビューを飾るのかしら』


 彼女はハルカがなにかとてつもないことを仕出かす日を心待ちにしている。

 私、最初から彼女に目を付けてましたの、と自慢したかった。ヴィーチェはとてもいい性格をしていた。



 とにかく、そんな人たちのおかげで、自身についてよく理解しないまま、ハルカはついに護衛任務の初日を迎えることになる。

 本人たちが思っている以上に、不安要素の多い旅が始まろうとしていた。

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