二十五話目 前途多難

 依頼ボードの前から戻ってきた二人と、あれがいい、これじゃないと話しながら食事をするも、結局何を受けるか決めることができなかった。

 じゃあ一緒に見ればいいとなって、4人揃って改めて依頼ボードの前に立ち相談した結果、ホーンボアの討伐依頼を受けることになった。


 ハルカは部屋に戻って休む前に資料室に寄り道して、生物図鑑を確認してみる。それによればホーンボアというのは、ユニコーンのような鋭い一本の角を持った猪であった。ホーンボアはオランズの東にある『斜陽の森』に生息している、【魔物】と呼ばれる生き物である。


 この世界には地球にいたような普通の動物と、魔素を取り込むことによって歪に進化した、魔物が生息している。動物から派生した魔物は元となった動物との間でも子をなすことができる。そうして出来た子供は魔素に順応しやすく、魔物に変貌しやすくなる。世代を重ねるごとに魔物は段々と強靭に、そして狂暴になっていく。


 魔素を取り込んだ魔物の肉は味が良くなり、普通の動物よりも滋養強壮の効果がある。そのため、危険はあるのだが、全てを狩って絶滅させるようなことはせずに、適度に間引きしながら、大発生が起こらないように調整を行なっていると言うわけだった。


 ギルドからの常設依頼の討伐クエストは、こういった間引きと高級な食肉の確保を目的とされたものが多い。魔物を難なく狩れるようになれば、一人前の中級冒険者を名乗ることができるというものだ。


 3ヶ月の間仕事をしながらハルカは様々なことを学んできた。この辺り近隣の大まかな地図も頭の中に入っている。

 このオランズという都市は独立商業都市国家プレイヌの中で最も東にある都市だ。オランズの更に東には南北に大きく広がる斜陽の森があり、森の奥には爆心地のように何もない荒地が存在している。そこは神人時代に破壊者ルインズ達との激しい戦闘が行われた場所だそうで、『忘れ人の墓場』と呼ばれていた。忘れ人の墓場を挟んで東には斜陽の森と同じかそれ以上の面積を誇るの森が広がり、そこは暗闇の森と呼ばれている。


 暗闇の森は昼でも陽の光が届かないくらいの鬱蒼とした森となっており、神人時代の戦いで命を落としたもの達が、アンデッドとなり彷徨っているそうだ。

 実はアンデッドというのは人間だけがなるものではない。暗闇の森には人間の手によって命を落とした、破壊者ルインズのアンデッドもうろついている。一度アンデッドになってしまえばただただ生者を襲う存在になってしまうので、元がなんであろうとアンデッド同士での諍いは起きない。仲良く近づいてきたものに襲い掛かり、そして時には森を出て生きるものすべてに食らいつく。




 そんな物騒な暗闇の森を越えると、混沌領が現れる。様々な種族の破壊者ルインズがそれぞれ分かれて住処を持ち、そして破壊者ルインズ同士ですら争いあっているという、正に混沌とした領土だった。

 このオランズは人間達にとって対破壊者ルインズ、そして対アンデッドの最前線ということになる。この街がたくさんの冒険者達で賑わっているのも当然というわけであった。


 必要そうな情報を書き込んだメモ帳を閉じると、ハルカはベッドに倒れ込む。

 目を覚ませばついにハルカも本当の冒険者らしい仕事に臨むことになる。今までろくに喧嘩もせずに育ってきた自分が、一体どれだけのものになれるか心配ではあったが、それ以上のワクワクにハルカは胸を躍らせていた。





 張り切って目を覚ましたアルベルト一行は、まだちらほらとしか冒険者がいない本部受付付近に集まっていた。冒険者は夜遅くまで酒を飲んでいることが多いので、意外と朝が遅い。周りをうろうろしている冒険者はアルベルトと同じくらいの等級で、朝から土木作業に向かうものがほとんどだった。


「んじゃ、ホーンボアの討伐に、出発!」


 張り切って出発したアルベルトの後を追って、残りの3人がついていく。今回の依頼は常設のものである。つまり、狩る数の上限は設けられていない。常識的な範囲であれば、狩れば狩るだけ儲けることができるのだから、張り切らないほうが嘘だ。また、狩ることのできた数に応じて評価も上がる。アルベルトが鼻息を荒くするのも当然であった。


 ハルカは迷いなく歩みを進めるアルベルトに、しばらくの間黙ってついて行っていたが、やがて町の門が見えてきたあたりで、声をかけた。


「あの、そっち西門ですけど。」


 びたっと止まったアルベルトが、回れ右をして、誰とも目を合わせずに今来た道を戻り始めた。ハルカの隣に来た時、小さな声で恥ずかしそうに声をかける。


「…なんでもっと早く教えてくれねえの?」

「買い物でもするのかと思って」


 気まずそうな表情で目を逸らしているコリンもおそらく西へ向かって歩いていることには気づいていなかった。自身が先頭で歩いていなかったから言わなきゃわからないだろうと思っているようだ。コリンの性格的に、もしわかっていれば、こんな反対の門ぎりぎりまで放っておかず、アルベルトをからかう様に注意をするはずだ。3ヶ月も付き合っていれば、流石にそれくらいわかる。

 そうなるとモンタナがどうして注意しなかったのだろうか。ハルカが彼の姿を見下ろすと、モンタナはよくわかってなさそうな表情で目をぱちくりとさせたあと、小さく頷いた。

 彼はわかっていない時、無意味に頷いたり、相槌を打つ。ハルカはそのこともまた、理解していた。


「だ、だめね、あんたは方向音痴で!私が地図を持つわ、ほら、かしなさい」

「…いえ、私が持ちます」


 コリンに差し出された地図を途中で腕を伸ばして取り上げる。

 そういえば最初にあった頃に方向音痴だなんだと話していたことをぼんやりと思い出す。あれは冗談とかではなかったのか、と今更ながら気づくことができた。ハルカは、二度と彼らには地図を預けない様にしようと決めて、バサッとそれを開く。


 依頼前だというのにため息がでてしまった。

 先導をはじめる前にちらっとモンタナに視線を向ける。彼はやはりなんだか真面目そうな顔をして「です。」と言って、こくりと小さくうなづいた。

 絶対何もわかっていなかった。

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