一章 冒険者ギルド
十話目 冒険者ギルド
冒険者ギルドにはたくさんの人が集まっている。
冒険者、依頼者、それにギルド職員。一口にギルド職員と言ってもその種類は多様で、受付、指導員、解体士や鑑定員、食堂の給仕や料理人等が忙しそうに動き回っている。
冒険者向けの格安の宿も併設されているこの建物は横長で、広い敷地面積を持っていた。
もっともそれはここオランズが比較的大きな商業都市であるからであって、その都市の規模によっては施設の数が足したり引いたりされるわけだが。
冒険者になるにあたって、資格というものは存在しない。
犯罪歴などは判明した時点で処罰の対象となるが、登録の段階では精査はしない。
名前を書いて年齢を書いて、登録のためのわずかなお金を払えばそれで冒険者の一員となれた。
ここで支払うお金というのは冒険者としてのドッグタグの料金程度のものであって、門戸は広く開かれている。
というのも、冒険者というのは何でも屋のような側面があるからだ。6級以下の冒険者にはほぼ戦闘力が皆無なものも混じっている。
彼らは地道に街や人にとって役立つような依頼を繰り返しこなしていたり、人にものを教える知識を持っていたりする者達だった。
商業ギルドともよく連携しているものだから、戦闘力がなくても等級の高いものなどは、信頼のできるアルバイトとして雇われることも多いようだ。
とはいえもちろん、冒険者の花形は街の外に出て戦う者たちである。
その為か段々と態度が横柄になり、威圧的な行動や、暴力をちらつかせる冒険者も少なからずいる。
あまりに態度が目立つようであれば、ギルドによる等級の降格や除名があることから、表向きギルド内でそういった行動は見られてはいない。
ギルドの受付はいくつか用意されていて、どこを使っても同じだ。特に受ける依頼によって変わるものではなく、登録や相談もそこで行われる。
今その受付の一つに、あちらこちらから様子を伺われている一人の女性がたっていた。
服装、種族、容姿、どれをとっても目立っており、注目を浴びるのも仕方なかった。
ただその横に2級冒険者が一緒に立っているため、その視線は幾分か遠慮がちではあった。
ヤマギシは冒険者登録にするために、登録用紙とにらみ合っていた。
ありがたいことなのか、不思議なことなのか、言語はこの体の脳にインプットされているようで、名前を書くことには問題がなかった。
身体がいじくられているのだから、脳みそだっていじくられていて当たり前なのだが、なんだか気持ちが悪いなと思う。なにせそうなってくると、言語野だけがいじられてるとは限らないからだ。こうして何か考えたり判断するのも他者の意志が介在していないとは断言できない。
思ったからと言って何もできないので、今はその便利さを享受するばかりだったが。
そう、名前はいいのだが、年齢と性別を書く項目で迷っていた。
ちなみに戦闘スタイルや特技は別に書く必要がないらしいので、今は空欄にしていた。
書いておくとチームのマッチングに役立つらしいが、現時点で誰かと組むことは考えていなかったし、そもそも戦闘をする勇気も今のところなかった。
ところで悩んでいる項目である。
性別は、身体が女性になっているので女と書くのが正解なのだろうと、ためらいながらも諦めて書き込む。
ただ年齢についてはどうしたものだろう。精神的なものでいえば43歳になるのだったが、この見た目でそれは嘘だとしか思えない。
ヤマギシは悩んだ末に、ボブカットの可愛い受付の女性にこう尋ねた。
「あの、私何歳に見えますか?」
めんどくさい女性みたいな質問をしてしまったなぁ、と思う。40前くらいの女性の部下が、新人歓迎会で新人を困らせていたのを思い出しながら、返答を待つ。
受付嬢の怪訝そうな表情に、責められている気がして心が痛くなった。困らせる様な質問だったと反省し、撤回しようと口を開きかける。
「あ、記憶喪失なんだよね、この人。」
ラルフがフォローを入れると、なるほどといった風に受付嬢は頷いた。質問に困ったと言うより、質問の意図を図りかねていた様だった。
「そうですか。ダークエルフの方は成人するとイヤーカフを付けるといいます。あなたはそれがありませんから、おそらく成人前なのではないでしょうか?とは言っても伝聞で聞くばかりなので、最近の事情はわかりません。ちなみにダークエルフの成人年齢は18歳です。寿命が長いのに人族と成人年齢が同じなのは面白いですね」
勉強熱心な受付嬢なのか、種族の特徴にも詳しく知っていたようで、ヤマギシはすっかり感心していた。
それでは、と、ギリギリ成人年齢となっていない17という数字を書き込んで、それを受付嬢へ提出した。
ちなみに受付料金はやはりラルフの財布から支払われた。
冒険者のドッグタグが作成されるまでには少し時間がかかる。
冒険者としての心得や簡単な知識を授けてくれる、自由参加の講習が開かれると聞いて、ヤマギシはそれに参加することに決めた。
講習の開催は昼過ぎだ。それまで少し時間が空くことになる。
資料室も自由に使っていいとのことだったので、ヤマギシはさっそくそちらに向かうことにした。
「ラルフさん、今日は講習を受けて、資料室で勉強しようと思います。お忙しいでしょうし、もう私に付き合っていただかなくても大丈夫です。ありがとうございました。」
「好きで一緒にいただけなんすけどね……」
頭をかきながら、どうしたもんかなとラルフは考える。
さっきのこともあり、ここで縁が切れてしまうと本当にそのままお金の貸し借りだけの関係になってしまいそうな気がしていたからだ。
「それで、お金のことですが」
「あーっと、それならまた今度で。宿は1週間分取ってあるから、別にお金も無理に返さなくていいし、じゃ、俺はちょっと次の仕事探すから!」
しっかり話を付けておこうと声をかける山岸に、逃げるように言い捨ててラルフは冒険者たちの間をすり抜けていった。
流石の身のこなしで込み合っている中をするすると消えていってしまう。
こうなるとヤマギシにそれを追いかけるすべはもうなかった。
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