本当の名は
「まあ、あいつはもう終わりだ」
「終わり?」
「殺人未遂傷害もろもろ、あいつは色々敵に回しすぎたんだ。コミュニティ、国、世界、オレたち。もう一生外には出られない。生き物を飼うことはもちろんただ生きることさえ自由じゃなくなる」
「そうか、顔を合わせることが無いってのはいいな。で、お前の職業を教えろ」
アサラは頭をかいて、言わなきゃだめか? だめだよな……、とつぶやいた。
「ここまで来て隠せねえだろ? 言え」
はあー、と一呼吸置いてアサラは表情をきりりとしたものに変えた。
「わたくし、人化愛玩動物保護館の館長をしております。名刺、なくてすみませんね、非番なもので」
「保護……」
シュウイチが困惑顔をするといつものにやけ顔に戻ったアサラは言った。
「捨てられた動物っ子の保護館の館長やってる。いつもオレの後ろについてくるあいつらわかるか? 虐待、飼育放棄、飼育崩壊、違法労働。あいつらみんな保護子なんだぜ?」
「それにしてはお前になつきすぎじゃねえか?」
「まあ、いろいろあるんだよ。個人的に受け入れたやつらばかりだから距離が近いのは当然だ。公的に受け入れたのはもっと多い」
「それにしても、なんでメスばっかりよ」
「公的な方にはしっかり男がいるぜ? 個人的な方にメスが多いのはそりゃもちろんオレが男だからさ。まあ、個人的な方にもオスはいるぜ? ちなみにお前は会ったことがある」
「会ったことのある、オス? 誰だ?」
シュウイチが頭を捻らせるとアサラは再びにやにや笑いを顔に貼り付けて言った。
「オレたちがじゃれ合っている時にいっつも鼻と口をおさえて何かつぶやいているうさぎ」
「あいつ、オスかよ」
「マジモンのオスだよ。でっけえの付いてる。今度うちに来た時に一緒に風呂に入るといい驚くから」
「いいのか? 行っていいのか?」
「かりんちゃんが学習するのにいい環境だし保護者が必要だからな。襲っちゃうといけないから保護者必須。これ割とマジ。あと、自慢する機会を伺ってただけ」
「かりんを襲う? お前はそんなことしねえな。俺はお前を信用しているし信頼している」
「おう、オレもお前を信愛しているし敬愛しているよ。ってあー、こんなシーンをアルテがみたら鼻血吹くな」
「アルテって?」
「さっき言ってたうさぎ」
「腐ってやつか?」
「うーん、なんて言っていいか。複雑なんだよなあ」
「まあ、無理に話さなくていい。話せるようになったらでいい」
「そういうとこ好きだ」
「そろそろ連れて行ってくれ。寝る」
シュウイチはアサラのラブコールをさらっと流して布団に潜り込もうとしたがかりんがぎゅっと右手を握って離さなかった。
「この状態で連れていけるわけねえだろ。一緒に寝とけ、そうすりゃこの子の安心する」
安心、安心か……、とつぶやいてシュウイチははっしてアサラを見た。
「そういや、この子の本当の名前ってなんだったんだ?」
「それな、付けなかったらしい。付けずに捨てた、って」
シュウイチは言葉に詰まった。
その瞳に怒りの炎が燃え盛るのをアサラは感じ取った。
「落ち着けよ。シュウ」
「落ち着けるかよ、クソ。名無しでここまで、愛情を知らないのはどれだけ辛いか」
シュウイチは言いながらかりんの手を左手で包み込んだ。
思えば思うほどかりんの手を握る力が強くなる。
かりんの顔がだんだんと青ざめる。
「落ち着けってあいつはいない親はいないんだよ。だから、だからな」
アサラはシュウイチの手をかりんから外し諭すように言った。
「かりんちゃんはもうお前のモノなんだよ。お前が親だ。お前が与えてやればいい」
かりんの頭をなでてアサラが笑みを浮かべるとかりんもそれを真似してぎこちなく笑った。
「この子、髪とか肌に目が行くけど部分部分はすごく良いんだよな。いいぞ、かりんちゃん。今の笑顔ははなまるだ。シュウを落とせ!」
「変なことを吹き込むなよ、アサラ」
「なんだ? もう父親か?」
「当たり前だろ? 俺の娘なんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます