君はコーヒー、俺ココア
初月・龍尖
ヒミツの取引
馴染みの喫茶店で俺は一人の女性と対面していた。
切れ長の目が鋭く俺を射抜く。
女性は机の影から極秘と描かれた書類袋を取り出し俺の方へ差し出した。
「いつもの奴だ。色を付けておいたよ」
そう言う彼女は表情を変えない。
俺も机の上に赤いインクでマル秘と描かれた書類袋を載せ彼女の方へ押し出した。
「こっちからはこれだ。気に入ると思うよ」
互いの書類袋を取った所ではかった様に飲み物が運ばれてくる。と言うよりもここの店員さんはこのやり取りを月に1回は見ている訳だから飲み物を運ぶタイミングはバッチリなんだ。
「それにしてもれーこさんはまだアイスコーヒーなんだね」
「君だってホットココアだ。まだまだ暑いぞ」
れーこさんは窓の外へと顔を向ける。俺もそれにつられて外を見るとゆく人々はまだ半袖の人のが多い。
「君は暖房の効いた部屋でアイスを食べる満足感を知らないか?」
「あいにく俺は冷たいものを食べると腹が下るんだ」
「それはご愁傷さま」
「でも気持ちは分かるよ。適度に冷房の効いた部屋でホットココアを飲むのは満たされる。マシュマロが乗っていればなお良しだ」
そこで彼女はくくっと笑った。
「君は相変わらず女々しいな。本当に付いているのか?」
「付いていますよ。見ますか? れーこさんだってそんなにきつい表情しているから彼氏ができないんですよ」
「なあ、同じ店で男と女が月に1回顔を突き合わせていると周囲からはどう思われると思う?」
「うーん? あ、先輩後輩とか?」
「君は本当に察しの悪いやつだな。普通は付き合っていると思われるぞ。しかも5年も続けているならなおさらだ」
そうなのか、そうなんだ。俺たちは付き合っていると思われているのか。でもれーこさんの本名知らないしなあ。
「まあそれはそれとして、だ。かかくん。君、最近BLばっかり寄越すね」
「あれ? やっぱりダメでした?」
「いや、刺さっているから困ってるんだ」
「そりゃ5年もやり取りしてますからね。れーこさんの好みは把握してます。それよりもれーこさんだって百合系が多いですよ」
「刺さったかな?」
「バッチリ刺さってます。また新しい世界を開拓できました」
そうなのだ、俺たちは自分の開拓した世界を共有している。さっき話題に出たようにもうかれこれ5年になる。
大学在学中に出会い、名前も名乗らない内に意気投合し漫画から小説、果ては学術書まで布教し合っている。ちなみに今も互いに本名と年齢を知らない。
俺はアイスコーヒーが好きな彼女を”れーこさん”と呼び、彼女はホットココアが好きな俺を”かかくん”と呼ぶ。
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