第49話<新フォーメーション>2
基地前の草むらに立ち止まっていた洋介は「オウ!やっとるけ!今日はちょっと用事が出来たけ、また明日来るわ!」と何事も無かったかのように話しかけ「ほら~来たやん!」と健太が喜ぶのもつかの間で、洋介はすぐにその場を去って行ってしまう。
「じゃあまた明日な~!」
嬉しそうに手を振る健太を見て、ハカセも根負けしたのか「確かに人数は多い方が良いですよね」と笑顔を返す。
「そうや!四人で応援するなら新しいフォーメーション考えやなアカンやろ!」
上機嫌で練習を中断した健太は、新しい立ち位置を考え始めている。
「明日来ないようならその必要も無いと思いますけどね」
ハカセは否定的な言葉を投げ掛けるが「やっぱり俺が団長やから真ん中じゃないとな~」と健太はチビと立ち位置の入れ替えに夢中で、全く聴き入れていない。
何だかんだ言いながらも三人が盛り上がっていたその頃、一人自転車で移動していた洋介は「あの時の奴達け‥‥、ふざけやがって‥‥」と不機嫌そうに呟き、ブラバン部員を捜し廻っていた。
「結局練習三人やったな~!まあ明日になったら来るからな!」
練習が終わり帰る時間になっても、健太の野望は少しも揺らいでいない。
「明日は来ないと思いますけどね~!」
ハカセはからかうが「明日は全員に新フォーメーション発表するからな!じゃあな~!」と健太は動じる事も無く、笑顔で手を振り去って行く。
自転車に乗った三人はそれぞれの帰り道に別れ、一人になったチビが帰り道を走っていると「オイ!そこの奴ちょっと待て!」と背後から突然誰かに呼び止められ。
立ち止まったチビが振り返ると、あの時争ったブラバン部員五人だった。
「やっぱりな!見た事有ると思ったんや!」
チビの顔を見ると、五人は刺々しい雰囲気で睨みを効かす。
「お前達またやってくれたな~!」
五人が怒る意味を理解出来ないチビが、どうする事も出来ず無言で俯いていると「黙ってごまかしても無駄や!俺達の自転車にイタズラしたやろ!」と五人は話しを聞こうともせずに、自転車に乗ったチビを蹴り倒す。
自転車ごと倒れたチビは、苦しそうにうめき声をあげているが「そうや~!旗が大事とか言っとたよな~!」とニヤついた部員の一人が、団旗を踏み付ける。
倒れた時よりも大きな声をあげて、チビは抵抗しようとするが「ん~!?どうしたんや~?」とニヤつく部員達は次々と団旗を踏み付けていく。
「坊や大丈夫かい?」
通り掛かった老人が、自転車に挟まれた状態で泣き声をあげるチビを見兼ねて声を掛けると「残りの奴達にも仕返ししたるから言っとけ!」とばつが悪くなった五人は、捨て台詞を吐き捨て走り去って行った。
「坊やは孫の友達かな‥‥、何処かで見たこと有る顔だね‥‥」
優しくおじいさんは話し掛けるが、チビは気恥ずかしそうに頭を下げ足早に逃げて行く。
家に帰ったチビはべったりと足跡の付いてしまった団旗を洗濯機に入れ、たどたどしい手つきで洗い始める。
洗濯完了時間迄待ち切れず何分も経たない内から、洗濯機の前をずっと行ったり来たり繰り返していると「今日は大事な話しが有るから、こっちに来て」とチビは台所に居た母親から呼びかけられた。
翌日の放課後、基地には約束通り洋介が来ていたせいか「よっしゃ!今日は四人やし気合い入れて頑張るで~!」と健太はいつも以上に大きな声を出している。
「じゃあ新しいフォーメーションやから、洋介は俺の隣りな!」
「それでは始めましょうか」
それぞれ立ち位置に並ぶが、何故かチビは団旗を出さず無言のまま下を向いていた。
「あれっ?チビどうしたんや?」
珍しく異変に気付いた健太の問い掛けに、返答出来ないチビは小さく頭を下げた。
チビの行動が理解出来ない三人の視線が刺さる中、チビがバックから取り出したのは所々名前が消えてしまった団旗だった。
「えっ?‥‥」
文字が滲んでいるせいか書き直せない程に汚れてしまった団旗に、健太は大口を開けて言葉を失っている。
「コイツ団旗を守る役やったんちゃうんけ?」
自分のせいだとは知らず、洋介が無慈悲な言葉を投げ掛けると「また作れば良いですよね団長」とハカセは助けを求めるが、健太はまだ固まったままで返事をしない。
「団旗ってそんな軽いモンなんけ?何か責任取るとか有るんちゃうけ」
追い討ちを掛ける洋介に、反論も出来ないチビはひたすら頭を下げ続けている。
「コレは破門やろ!破門ちゃうけ!?」
時代錯誤な言葉で追い詰める洋介に「ちょっと何を言ってるんですか!」とハカセは反論するが、チビは自ら責任を取る事を選んだかのようにその場を去ろうと走りだす。
「良いんですか団長!!」
慌ててハカセは引き止めようと健太に催促するが、健太は突然過ぎる出来事だったからか何も言えずチビは去ってしまう。
「ほな練習やろけ!」
何事も無かったかのように仕切る洋介に、ハカセは冷たい視線を送るが洋介は気付いていない。
結局この日の練習は中断される事はなく。
団旗を置き忘れたチビは、本当に伝えたかった事を伝える事が出来なかった。
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