☆115話 悪人たちの謀略【side:ハイデ伯爵/ネイド男爵】

 部下から娘の様子を聞いたハイデ伯爵は、「そうか」と告げた。


「お嬢様は日に日に精神を病まれております。毎日踊り狂い、食事にも手をつけません。何か手を打たねば――」


「捨て置け」


「捨て、おかれるのですか……?」


「これまで社交界でそこそこ役立っていたが、今となってはアレはもう不要品だ。目的を達成することも出来ず、挙げ句の果てに私の命令を破って勝手に会見を開くなど言語道断。劣化し、使い物にならなくなった部品は早々に破棄するに限る」


 主人の容赦ない冷徹な口ぶりに、部下の男は顔を引きつらせる。

 「かしこまりました」と大人しく引き下がり、ブリジットに関してそれ以上何も言うことはなかった。


 ハイデ伯爵は葉巻から白い煙を見つめながら「さて、次の手を考えねばな」と呟く。


 彼の頭にはもはや娘に関する事柄はなく、ブラスト侯爵から提示されたソフィア・クレーベルの殺害方法について、ひたすら考えを巡らせていた。


 暗殺者を使い息の根を止めることも考えた。

 

 だが、もし我が家が雇い主だと発覚した場合、今まで積み重ねてきた地位や名誉が全て台無しだ。


 自ら手を汚すことなく目的を遂行するにはどうしたらよいものか……。


 思案すること数分――。

 伯爵は「良い案を思いついた」と老獪ろうかいな笑みを浮かべた。


 影のように自分に付き従う忠臣の一人を呼びつけると、詳細な計画を述べ、命令を下す。


 寡黙な部下は頷くと、主人の命を遂行するため、夜闇に紛れてあっという間に部屋を出て行った。


 ハイデ伯爵はこれからの展開を想像して、「実に愉快だ」と歯茎を剥き出しにしてゲラゲラと汚い笑い声を上げる。


「あぁ、私はなんて頭が良い男なんだろうな。セヴィル出身の女を殺害するだけでなく、同時にあの忌々しいアーサー・オルランドをも破滅させる名案を思いつくなんて。我ながら天才だ。くくくく……、お綺麗なオルランド伯爵次期当主、君の穢れなき手がどす黒い血に染まる瞬間が、私は実に楽しみだよ――」




◇◇◇



 薬品の匂いが漂う部屋で、ネイド男爵は虚空を睨みながら己の悲惨な人生を嘆き、憎きオルランドを呪っていた。


「あぁ……口惜しい。忌々しいオルランドを、この手で殺せなかった……。何たる無念か。わしが今まで、どれほど惨めな思いをしたことか。憎らしい、恨めしい、いとわしい」


 わずかな音を立てて自室の扉が開き、誰かが自分のもとに歩み寄ってくる。

 

 目を向ければ医者だった。恐らく鎮痛剤を打ちに来たのだろう。


 だが、白い布で覆われた目元がいつものかかりつけ医と違う気がする……が、特段気にすべき事柄ではない。


 ネイド男爵は椅子に背を預け、治療を施す医師に身を任せた。目を閉じてなすがままになっていると、ふいに目の前の男が問いかけてきた。


「ネイド男爵、我がリベルタ王国の真なる英雄よ。あなたはこれで良いのですか?」


 思わず目を開けて、「貴様、何を言っている」と返事をすれば、目の前の男は背後にいる監視の騎士に聞こえないよう、こちらに身を寄せて、囁いた。


「オルランドが憎いのではないですか? あなたは優秀な科学者だった。黒蝶を開発し、この国を帝国の脅威から救った。今のリベルタ王国が存在しているのはあなたの功績。あなたは紛れもない我が国の英雄だ。……なのに、世間はあなたを認めない。それは何故か? 理由は嫌と言うほどお分かりですよね?」


「…………あぁ、全てオルランドのせいだ。奴が戦争という舞台をわしから奪い、その上、国を救った英雄面して名誉も功績も全て自分のものにした。はっ、何が『民のための和平条約』だ。あやつは自分が英雄になるために戦争を終わらせた。強欲で傲慢な男だ。あああああ、なんと浅ましいのだ……」


「ええ、ネイド様の仰るとおりです。オルランドは浅ましく罪深い『悪』の一族。他の貴族たちも口には出しませんが、心の中では『滅びてしまえば良い』と思っているのですよ」


 その言葉に、ネイド男爵は身を乗り出して「それは本当か」と詰め寄った。


「本当です。今こそあなたが『悪のオルランド』を打ち倒し、『真の英雄』になるとき」


「だが……使える手駒ジルがいない。病に冒された老いぼれに何が出来るというのだ」


「私がお手伝いしますよ。一つ、策を授けましょう。良いですか。人間を狂わせる最大の方法は、その人間の一番大事な者を壊すことです。例えば、アーサー・オルランドの最も大切な人間は、ソフィア・クレーベルという女性です。詳しい方法は――」


 

 ネイド男爵は言われた計画どおり、監視の目を盗んで秘密裏に【ある物】を作り、次の訪問診療の際に医師へ手渡した。


 こんな簡単な方法で本当にアーサー・オルランドを破滅させることが出来るのか……?

 

 疑いは消えないが、果たしてどうなるか。


「せいぜい、残された時間、儂を楽しませてくれよ。アーサー・オルランド」


 

 血生臭い不吉な気配を感じ取ったのか。屋敷の外では、カラスの大群が不気味な鳴き声を上げて一斉に羽ばたいた。




 次章:『if―白と黒の蝶』


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