第一章〜⑫〜
7月11日(日) 天候・晴れ
金曜日の放課後、小嶋夏海の目の前で時間停止の《機能》を使い、彼女と、その機能の発動源である祖父さんから授かった木製細工の両方を見失ったオレは、途方に暮れて、丸二日ほど塞ぎ込んでいた。
あの一件の前日の夜に思いついたアイデアは、自分にとって、素晴らしいモノに思えたが、すべては思慮の浅い考えだったということを思い知らされた。
自分の行った行為が、彼女にバレてしまったのではないかということ、その木製細工の《機能》が他人に知られてしまったかも知れないこと等もさることながら—————―。
何より、自分の浅はかな考えで彼女を驚かせてしまったこと、そして、生前、オレを可愛がってくれていた祖父さんが、オレ自身を信じて託してくれた大切な品を安易な気持ちで使用して、失ってしまったことに申し訳なさを感じる。
何もする気が起きず、両親と食べる三度の食事時以外は、自室に籠もって、ベッドの上でまんじりともせずに、金曜日の放課後のことを思い出す。目を閉じると、瞼の奥に浮かんでのは、小嶋夏海の驚いた表情と、子供のころ、オレに色々な話しを聞かせて楽しませてくれた
ベッドに横たわったまま、額に右手をあて、二日前のことを思い返すと、情けなさと申し訳なさから、
「ゴメンな、ジイちゃん…………」
ひとりでに、そんな言葉が口をついて出ていた。
そう口にしたところで、亡くなった祖父さんに、自分の言葉が届くわけでなないことに、より一層、悔いが残る。
それでも——————。
まだ、自分には、きっちりと向き合って、謝罪しなければいけない相手がいる。
彼女に蔑まれ、二度と口をきいてもらえなくなっても、それだけは、しておかなくては——————。
「いいか、夏生。他人様には、まごごろを尽くせ。人間、誠意ある行動が一番大切だ」
いつもは、笑える話しや子供の興味を引く話しで楽しませてくれる祖父さんが、ことあるごとに、オレに言い聞かせていたのが、そんな言葉だった。
自分の言葉を届けることが出来ない祖父さんに対して、オレが出来ることは、自分なりに考え、誠意を相手に示すことだろう。
さらに、もう一つ、祖父さんがことあるごとに話すことがあった。
「夏生、人生に大切なことは、『愛する人を見つけること』と、『自分の人生を賭けて、夢中になれるモノを見つけること』だ。それは、仕事でも、研究でも、趣味でも、なんでも良い。大切にしたい人と夢中になって打ち込めるモノがあれば、どんなに苦しい思いをしても、たいていは乗り越えられるーーーーーー」
愛する人ーーーーーーというほど、大げさな表現が相応しいかはわからないが、自分は、気になる女子であるクラスメートを傷つけてしまった。そして、誕生日に祖父さんからの形見のように譲り受けた、研究対象としてピッタリの不思議な能力を持つ木製細工も手元から離れてしまった。
このままでは、来月のお盆の墓参りのときに、自分のことを良く気にかけてくれていた祖父さんに、合わせる顔がない。
(小嶋夏海には、明日キッチリと謝ろう)
そう決めたオレは、週明けに提出することになっている『進路希望調査書』の空欄を適当に埋めて(五月に受けた模試の偏差値に近い大学を検索して適当に記入した)、通学カバンにしまい、翌日の教室の前の席に座る女子との対話に備えることにした。
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