第9話 師匠

 「あれか」

 朔は、対処する物を見ながら言った。

 それは上部に東西南北に向いた一本角の鬼の頭が付いた装置で、開いた口から出す光の幕で、門の周りを半円状に覆っている。

 「あれはなんですか?」

 「分からん。鬼と共に現れ、装置の近くには鬼動集が居て弦達が対処に向かったところで口から出す光の幕で覆ったのだ」

 「おそらく中に星巫女を封じ込めている間に皇居を陥落させる作戦だったのでしょう。破壊して梓さんを解放します」

 幕の発生装着に近付いてきたところで、鬼の角が稲妻を放ってくる。

 「そんな攻撃が通用するものか!」

 稲妻をものともせず、炎浄を飛び上がらせ、哀斬刀を横軸に振って、鬼の頭を斬る。

 炎浄が着地して、斬られた頭が地面に当たる間で爆発した後、幕が消えて鬼代の残骸が散らばる中で、獣面と対峙している梓が見えた。

 「梓さん!」

 「朔、無事だったか。心配したぜ~」

 梓が、炎浄に向かって、両手を振りながら歓喜の声を上げる。

 「刀の星巫女が生きて戻るってことは姫様はしくじったんだな」

 「あたしらに勝てると思うそもそものが間違いなんだよ」

 「お前は俺様に勝てると思ってるのか?」

 「勝つに決まってんだろ」

 「この顔を見てもそう言えるかな」

 獣面は、言いながら仮面を取った。

 「師匠?」

 梓は、獣面の素顔を見て、静かに言った。

 

 中に居る。

 いつから中にいたのか思い出せないが、物心が付いた時には、もう居た。

 左右や天井や背面など周りは岩で囲まれ、正面には鉄格子があって、出入り口はあるが鍵掛けられていて、自分から外に出ることはできない。

 灯りは、天井に付いてる光りを放つ球だけで、中を明るくするには十分だったが、鉄格子の外側までは届かず、その先は暗闇に覆われて見えないので、何があるのかと思い、声を上げてみたこともあるが、応えが返ってこないので、すぐに止めた。

 中は畳六枚が敷かれ、布団に用達の道具があるが、本や遊び玩具など生活に必要な物以外は一切無い。

 日に三回だけ鉄格子を開けられ、着物を着た女が食事を運んで来て、食べ終わると、朝は言葉や文字の読み書きを教え、昼は礼儀作法、夜は湯浴みをして体を綺麗にしていく。

 言葉を理解するようになり、自分は誰で何故ここに居るのか尋ねてみたことがあるが、能面のように無表情な顔のまま、応えられませんの一点張りだった。

 その内に理解した。

 自分は生きているのではなく、ここで生かされているだけなのだと。

 そのような日々が、何年も続いたある日、体の奥からこれまで感じたことのない強烈なうねりのようなものが沸き上がり、抑えきれそうになく、このままでは自分が破裂してしまいそうで、どうしていいのか分からない中、右手をおもいきり突き出す。

 その瞬間、右手から放たれた凄まじい霊力が、鉄格子を吹き飛ばした。

 鉄格子が地面に当たり、暗闇の先まで響くほどの大きな音を耳にして、いったい何が起こったのか分からない中、先へ進みたいという気持ちを押さえ切れず立って、裸足のまま畳から降りて進む。

 初めて踏む土や小石といった畳以外の感触に、痛みより新鮮な気持ちを強く抱きながら歩く中、女と違う服を着て手に棒を持った男二人が駆け寄ってきて、何があったのか聞いてきたので、自分がやったことを話すと、今すぐ戻るように言われたが返事をせず、両手から出す霊力で吹っ飛ばして、歩を進める。

 暗い一本道の先に見えてきた光に向かって進む。

 明かりを通り抜けて、真っ先に感じたのは強い光で、今まで感じたことのない強さに腕で顔を覆い、両肘を付いて踞ってしまう。

 少しして、目が光に慣れたところで、腕をゆっくり降ろして、顔を上げると、そこに広がる景色を見て言葉を失った。

 強い光を放つものの周囲に広がる青い空を見て、声を出せなかったからだ。

 青空という言葉も、どんな色かも女から教えられていたので知ってはいたが、実際に目にする眩しい光景に、すっかり魅了されてしまったのである。

 初めて見る青空は如何ですかな?

 いつの間にか正面に立っていて、胴着を着て腕組みしている白髪の男が、笑いながら問いかけてきた。

 白髪が生えていることから初老と思われるが、腕の太さや雰囲気からかなりの強さを感じるも、この時は相手の力量を測ることを知らないので、中に居る男達のように吹っ飛ばしてやろうと、右手から霊力を放つ。

 男は、光の幕を張り、その場から微動ださえせずに防ぎ、大した力ですなと笑いながら言う。

 どうなっているのか理解できず、霊力を連発するが、男はさっきと変わらず、笑ったまま光の幕で無効化し続ける。

 出し続ける内に息が切れ、体にこれまで感じたことのない疲労が広がり、視界がぼやけきて、そのまま意識を失ってしまう。

 

 目が覚めると、知らない天井が見え、前より明るくて、周囲が岩で囲まれてないので、自分が違う場所に寝かされていることが分かる。

 顔を動かすとさっきの男が正座していて、ご気分はいかがですか?と聞いてきた。

 悪くないと応えて体を起こすと、男は菅原雷蔵すがわらのらいぞうと名乗り、都を鬼から守る星巫女の一人が死んだ為、あなたに強烈な霊力が覚醒し、今日から星巫女にするべく、自分が霊力の使い方を指導することになると事情を説明していく。

 言い終わる間で、雷蔵なら答えてくれると思い、自分は何者なのか尋ねる。

 今の帝の第一皇后に子ができず、第二皇后に生ませた子で、そのままであれば世継になれる存在であったが、生まれた一年後に皇后が懐妊し、今の情勢に不満を持つ反乱分子に担がれるなど内紛争いの種にならないよう、人里離れた山奥に住まわされたと話す。

 話す時の雷蔵の顔からは、笑顔が消えて、とても心苦しそうな表情だった。

 話し終えて優しい表情に戻った雷蔵は、今日からあなたはかつて鬼と戦ったご先祖の姓である坂田、名を梓と名乗るように言われ、この世界にて名前を持つ確かな存在になったのだ。

 次の日から霊力を扱う修行が始められ、梓は雷の力と格闘技を教わることになる。

 雷蔵の指導は厳しく、時には命を落としそうになるほどの重症を負う時もあったが、梓は反抗することなく耐え続けた。

 修行以外の時の雷蔵は、とても優しく親しみと安らぎを与えてくれたからだ。

 それは梓に取って、初めて人との絆が持たらす優しさと温もりであった。

 その間鬼は現れず、戦いに行くことなく月日は流れ、梓は星巫女に適した年齢に達し、その日は就任かつ誕生祝いとして、朝から豪勢な食事が用意され、雷蔵と喜びの言葉を交わしながら、全て平らげていく。

 食事が終わると、雷蔵は修行の仕上げとして、自分と戦って勝つように言い、梓は今までの成果を見せてやると喜んで受けた。

 戦いを始める前に雷蔵から銀鉄製で、表面に雷を思わせる波状の飾りの付いた、雷神拳という名の一組の籠手を渡され、これが星巫女になるあなたの武器だと告げられる。

 籠手を受け取り、両腕に嵌めるとぴったり合い、試しに武術の型をやってみたが、全く動きの妨げにならない。

 それから互いに見合って構え合うと、雷蔵の顔から一切の柔らかさが消え、代わりに険しい表情になって鋭い視線を向けて来て、全身から強い霊力を放出し、本気の勝負をするという気迫を十分に感じさせた。

 梓は、右手に霊力を込め、拳を突き出して稲妻を放つ。

 猛烈な勢いで地面を抉りながら、向かってくる稲妻を前に雷蔵は左手から出した霊壁で防ぐが、体は激しく震えて踏ん張って耐えるが、足で地面を削りながら後方に押されていく。

 稲妻を防ぎ切って、霊壁を解いた雷蔵は、お返しとばかりに稲妻を放つ。

 梓は、霊壁を張って稲妻を防ぐが、雷蔵の時と違い、立ったままの姿勢を維持して、微動だにしない。

 霊力を解いた梓は走り出し、雷蔵も示し合わせたように駆け出す。

 二人は、互いに雷を込めた右拳を突き出し、ぶつかり合うと、水が弾けるようにして、雷の欠片が飛び散っていく。

 拳を引いた二人は蹴りや突きなど、接近戦による攻防を繰り広げ、頬や肩に傷を負わせていくが、どちらも決定殴を与えることはできない。

 何十回目かの打ち合いの後、梓は雷蔵の右腕を掴むなり、おもいっきり投げ飛ばした。

 雷蔵は、空中で停止した後、降りずに上昇して、全身から雷を出し、奥義を出すと察した梓は、同じく体から出した雷でその身を覆う。

 雷蔵は、雷龍稲妻蹴り《らいりゅういなずまげり》と叫んだ後に蹴りの姿勢を取って、稲妻のような凄まじい勢いで降下しながら迫って来る。

 梓は、雷獣猛進突き《らいじゅうもうしんつき》と叫びながら、飛び上がって右拳を突き出し、自身を雷の獣にして、雷龍とぶつかり合う。

 今までの修行の中で、雷蔵が出したことのない強大かつ凄まじい雷の威力に押し潰され、焼かれそうになるも、より強い雷を出して対抗し、龍を打ち消して突き進む。

 避けるかと思っていたが、雷蔵は何もせず、まるで受け止めるように両手を広げたので、右拳は腹を刺して背中から突き出る。

 あまりのあっけなさに驚き、師匠?と小声で問いかける中、雷蔵はこれが私の役目ですと言い、続けて嘘はいけませんなと言い終えると、頭が垂れて右肩に乗った後は動かなくなってしまう。

 それからどんなに呼び掛けようと、揺さぶろうとも雷蔵は応えず、右肩に乗る頭は冷たくなっていくのに対して、右腕に感じる血は温かいという矛盾する状況に訳が分からなくなり、浮遊していることも忘れて、地面に急降下していく。

 気付くと止まっていて、ゆっくりと降ろされ、地面に着いたところで、右腕を引き抜き、雷蔵に呼び掛けるが、さっきと同じく返事は無い。

 それでも呼び掛け続ける中、雷蔵はもう死んでると声を掛けられる。

 声のする方を見ると、袖に添って銀色の刺繍が施された千早を着た巫女が立って居て、自分達をゆっくり降ろしたのは、この巫女だと分かった。

 巫女は、星巫女の一人那須弦と名乗り、最後の試練は終わったと告げてくる。

 何も聞かないでいると、弦は星巫女になるには、鬼に愛する者を殺される都民の気持ちを分かる為、自らの手で愛する者を殺すことで、修行を完了すると事情を説明していった。

 雷蔵は、自分に殺される為に師匠になったのか?という問いに対して、弦は無言で頷く。

 梓は、雷蔵から腕を引き抜いた後、しゃがんだ姿勢のまま動かなかい。

 今まで生きてきた中で、初めて感じる失ったことへの悲しみと辛さが、胸の中で激しきひしめき、どうしたらいいのか分からなかったのだ。

 少しして、右腕に付いているのが雷蔵の血で、自分が殺したことを改めて理解し、修行の中でさえ出したことの無い声で叫ぶ。

 ひとしきり叫んだ後、血で汚れるのも構わず、雷蔵の死体にすがって大声を上げて泣き、それに応えるように空が大雨を降らせてきたが、弦はその様子を黙って見続ける。

 泣き止み、雷蔵を弔う為に宿所に遺体を運び、その夜は側に座り、優しさと暖かさを教え、悲しみと辛さを刻み付けた師匠に対して、ずっと思ってきたことや勝ったら言おうとしていたことを、ひたすら話す中で、こんな悲しい気持ちを誰かに味会わせたくないという思いが、芽生えていった。

 翌日、雷蔵の思いに応えるのはこれしかないと、弦に星巫女になることを告げ、渡された星巫女の装束を着て、一緒に超都へ向かう。

 そこで帝になっている妹と初めて顔を合わせたが、不思議と嫉妬心は沸かず、弦に教えられた通りに銀色の承認勾玉を賜り、星巫女となったのだった。


 「獣面、なんでお前は師匠の顔してんだ?」

 「鬼動集が遺体を盗んで偽物を作らせたんです。わたしも富士で同じことをされましたから」

 朔が、炎浄に乗ったまま事情を説明する。

 「師匠の遺体にいたずらするとは鬼のやることはほんと汚ねえな」

 「鬼だからな。それより鬼力包囲機が壊されたからにはこっちも本気を見せねえとな。鬼身融合!」

 その叫び声に合わせて鬼力機関が現れ、飛び上がった獣面が張り付いた後、鬼代の破片が集まり、巨体を形成していく。

 「今の内に攻撃すれば」

 朔が、炎浄に刀を振り上げさせる。

 「待て!こいつはあたしが直にぶちのめすから朔は手を出すな!」

 「分かりました」

 その間に完成したのは、下半身は猿の頭に虎の体に尻尾が蛇の怪物で、背中には一本角の黄鬼の上半身が生えているといったこれまでの鬼械とは異なり、機械と怪物が合わさった化け物だった。

 「鬼獣きじゅう!」

 獣面の声が、辺りに響く。

 「鬼械の癖にわざわざ名乗りやるのかよ」

 「俺は鬼械なんて雑魚じゃないぜ。妖鬼械だ」

 「妖鬼械?」

 「超都になる前の平千京で大暴れした大妖怪鵺の複製と鬼械を合わたところにお前の師匠の力を足した存在さ。さっさと奇神になれよ。俺をぶちのめしたいんだろ~?」

 馬鹿にするような口振りで、挑発してくる。

 「妖鬼械だろうがなんだろうがぶちのめしてやるぜ。朔、あたしと交代してくれ!」

 「分かりました」

 朔が出ることで、炎浄から戻った巨神体に梓が入り、言霊を叫んで繋がって装甲結界で覆い、雷豪になる。

 「奇神!雷豪!」

 「もう知ってんだからわざわざ名乗りやる必要ないだろ」

 「それが決まりなんでね」

 「残っている都民はわたしが避難させますからおもいっきりやってください」

 朔が、梓に呼び掛ける。

 「頼んだぜ!」

 言い終えて、鬼獣と向かい合う。

 巨大な神と鬼と妖怪が合わさった化け物が、正面から対峙する。

 「こっちから行くぜ~!黒毒吐こくどくは!」

 鵺が、大きく口を開け、中から吐き出される黒い息が、周囲のものを灰に変えながら迫ってくる。

 「激道地雷拳げきどうじらいけん!」

 雷豪が、雷を集めた右拳を地面に叩き付けると、強烈な電流が前方に流れ、黒息を打ち消して、鬼獣へ向かっていく。

 鬼獣は、前方に飛んで電流を避け、鵺の前足の爪を鋭く伸ばしながら、雷豪に飛び掛かって来る。

 雷豪は、両手を前に出して前足を掴んで、爪が届かない距離で押し止めたが、その際に鬼獣の重さが全身にのし掛かり、足元の地面が深く沈む。

 「大した力だ。この鬼獣に押し潰されないなんてよ~」

 「ばか力が取り柄なんでね~!」

 言い返しながら、雷豪の両手に力を込め、鵺の手首を握り潰す。

 「ほんとにばか力だ。このまま毒息をぶっかけやる!」

 鵺は、手首が潰され、両手が地面に落ちても痛がりも苦しみもせず、獣面の命令通り、毒息を吹き掛けようと、口を大きく開けてくる。

 「やらせるかよ~!」

 梓は、雷豪の頭を引かせて、勢いを付けて押し出し、鵺の額に頭突きを食らわせ、怯んだところで何発もぶち当てて、顔面をぐしゃぐしゃにしていく。

 「これはどうだ~?」

 鵺の尻尾の蛇が伸び、雷豪の首に巻き付いてきたと思った時には、両足は地面から離れて持ち上げられ、勢いを付けて地面に叩き付けられてしまう。

 その後、鬼獣は尻尾を前後に激しく振って、雷豪を何度も地面に叩き付け、その度に轟音が鳴って、周囲に大きな窪みができていく。

 「お次はお前の得意の電気攻撃だ!」

 鬼獣は、動きを止めると、尻尾の根元から出した電気を流し、雷豪の全身が電光に包まれるが、焼け焦げるどころか損失さえしない。

 「効いてねえのか?」

 「この雷豪に電気攻撃が効くわけねえだろうが!」

 言い返しながら電流をものともせず、雷豪の腕を動かして尻尾を掴んで引き千切り、鵺に繋がる部分を両手で持って振り回す。

 「吹っ飛べ~!」

 雷豪が、都民が居ない方を狙って、尻尾を勢いよく離すことで、吹っ飛ばされた鬼獣は地面に叩き付けられ、大きく弾んだ後に転がりながら無人の建物を押し潰していく。

 「ちっきしょう~!痛えじゃねえか!」

 「止めだ!電光稲妻蹴り!」

 雷豪を飛び上がらせ、右足から雷を出し、倒れた状態の鬼獣に向かって、蹴りの姿勢で急降下する。

 蹴りが当たる寸前で、鬼獣の上半身と下半身が分離し、完全再生した鵺は雷豪の背後について灰毒を吐き、正面に来た鬼械は右手から出した刺股を投げ、前後からの同時攻撃を行う。

 「超電圧障壁!」

 水平に上げた両手から出す障壁で、二つの攻撃を防ぐ。

 「分離攻撃とはやるじゃねえか!こっちだって分離できるんだぜ!右近!左近!鵺の相手をしろ!」

 「承知いたしました!」

 梓の言霊に乗せて、雷豪の左右の肩に付いてる狛犬の頭部が外れ、雷獣となって鵺に向かって行き、毒息を吐かせないようにする。

 「お前の相手はあたしだ!」

 「いいぜ。かかってきな!」

 鬼械が、左手を前に出し、指を軽く上下に動かして、挑発してくる。

 雷豪は、正拳突きや蹴りを出していくが、鬼械はすんなり避けていってかすりもしない。

 「なんで当たらねえんだ?」

 「俺はお前の師匠なんだぜ。どう攻撃してくるか読めるのさ」

 獣面が、言い返しながら出してきた足払いをまともに受けた雷豪は、前のめりに倒れ、無様にも顔を地面に叩き付けられてしまう。

 そこへ鬼械は雷豪の頭に左足を乗せて、踏み着けてくる。

 「所詮弟子は師匠には勝てねえんだよ。そういやお前、こいつを殺す時に嘘を付いてたらしいな。出来上がって意識を持った時に初めて感じたのがすげえ残念ってた気持ちだったぜ」

 鬼獣の問いに、梓は一切答えない。

 「なにが嘘かは知らねえがこれで終わりだ」

 鬼獣は、右手を伸ばし、指先から雷を出した状態で背中に向けて突き出したが、届く直前で雷豪の左腕が動き、手首を掴んで止めた。

 「この程度かよ」

 「なんだと?」

 「師匠の遺体から作られたっていうから拳はどんなもんかと受け止めてやってたがやっぱ紛い物だな~」

 「師匠の死体から作られたんだから本物に決まってんだろうが」

 「師匠の攻撃は凄く痛くて死にそうになった時もあった」

 鬼械の右手を掴んだまま、言い返す。

 「けど、その中には優しさと暖かさがあった」

 言いながら左手に力を込め、右手を握り潰した。

 「お前にはそれを全然感じねえだよ~!」

 続いて右手で左足を掴んで握り潰し、鬼械が体勢を崩したところで立ち上がって、右拳を突き出す。

 「へっ当たるかよ」

 鬼械は、避けようと動いたが、雷豪の右拳はさっきと違い、顔面に当たって打撃音を響かせた。

 「な、なんだと~?!」 

 「どうした?あたしの動きが読めるんじゃないのか?」

 次に蹴りを出したが、突きと同じく避けられることなく、鬼械の腹に当てて蹴り飛ばす。

 「なんで当たるんだ?」

 「あたしはとっくに師匠を越えてんだ!」 

 左手で鬼械の首根っこを掴み、雷豪の顔の高さまで持ち上げ、右拳でおもいっきりぶん殴る。

 「お前は所詮紛いものなんだよ~!」

 自分の思いを拳に込めて、避ける暇を与えず、顔面を殴っていく。

 「お前が師匠を語るなんこのあたしが許さね~!」

 今まで以上の気持ちを込めた一発を、鬼械に喰らわせて殴り飛ばす。

 「立てよ。そんなもんで終わりじゃないだろ」

 顔面がぐしゃぐしゃで、原型が無いほど痛め付けた鬼械に向かって、見下すような低い声で立つように言う。

 「言ってくれるじゃねえか」

 顔面を再生させながら、立ち上がる鬼械の両拳に雷が集まり、凄まじい光を放つ。

 「右近!左近!獣拳形態だ!」

 「承知いたしました」

 電流の体を消しながら戻る右近と左近が、雷豪の突き出した拳に装着されていく。

 「暗黒充電撃!」

 「雷獣咆哮殴!」

 雷を宿した四つの拳がぶつかり合って、凄まじい放電が起こり、地面を揺らし、周囲の物を弾き飛ばす。

 「雷の力は互角みてえだな~」

 「そんなわけねえだろ~!」

 梓の怒号に合わせるように、獣拳は鬼械の拳に食らい付き、肩まで一気に噛み砕いていく。

 「このくらいすぐに再生させてやる!」

 鬼獣に破片が集まっていくが、完全な形にならない。

 「なんだ。どうなってんだ?これは~?!」

 「腕を砕いてた時に肩に小さな式神を忍ばせて再生の邪魔させてるんだよ」

 「あじな真似しやがって~。鵺、こっちへ来い!」

 鬼獣は、鵺を呼び寄せ、空中で合体する。

 「これで終わりだ!毒雷破壊弾!」

 鵺の口に雷と毒が混ざり合い、どす黒い巨大な弾になっていく。

 「だったらこっちは師匠が死んだ後に編み出した技で倒してやる!」

 梓は、雷豪を鬼獣より高く飛び上がらせる。

 「右近、左近、獣脚形態だ!」

 「承知いたしました!」

 両拳から離れた右近と左近が、雷豪の足首に装着していく。

 「死ね~!」

 鬼獣の声に合わせて、鵺が破壊弾を放つ。

 「獣脚雷鳴蹴り《じゅうきゃくらいめいげり》!」

 梓は、雷豪に両足を突き出した姿勢で、全身から雷を出させ、稲妻のように雷鳴を轟かせながら急降下して、弾を打ち消し、続けて鵺の頭を砕き、最後に獣面の居る鬼獣の胸部を破壊する。

 そうして着地する間に合わせて、鬼獣は空中で大爆発して、跡形もなく消え去った。

 「確かにあたしは師匠に嘘を付いた。あの時本気を出せば師匠を木っ端微塵にできたけどそれが嫌だったんで力を抑えたんだ。やっと本気を出して木っ端微塵にできたから感謝してるぜ」

 梓は、涙を流しながら獣面に礼を言った。 

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