コミュ厨映画製作委員会
あんきも
第1話
私は今、デスクで寄稿された文章を流し見しながら入社したての自分を思い出していた。
と言っても入社した目的についてはもうあまり覚えていない。
当時の同僚とウォッカを呑みながら目標を語り合ったり、もっともらしい事を言いながらプロポーズした様な事をにわかに思い浮かべていた。
「……君。……ポクロフスキー君!」
肩を揺らされてやっと編集長の声に気が付いた。
「ついて来なさい。」
呆れた様子で言葉を放った。
いよいよ自堕落な仕事にピリオドを打つ事になるのか…。
そんな事考えながら、編集長の後ろをついて行った。
しかしどうも様子が違うようだ。私は応接室の扉の前に立たされた。
「部屋の中で上客がお待ちだ。くれぐれも粗相の無いよう気をつけてくれ。」
そう言って部屋に通された。
「待ちくたびれたぞポクロフスキー君。」
そう言って振り返った男は、胸に党員バッジを着けていた。
「どのようなご用件でしょうか……?」私は恐る恐る話し掛けた。
「君も知ってるだろうが改革以降、市場原理を導入した政策によって物価が上昇し、経済が困窮してきている。」
「更に東方諸国各地にて民主化運動が活性化してきてな、最高会議議長閣下はこの動きを容認した上での新しい連邦の樹立を目指している。」
「しかしながら現在の我が連邦の国威では、東欧各国の国民が同調しないのは火を見るより明らかである。」
「国内においても、党を打倒し新しい体制での共和国創立を目論む動きが散見されるようになってきた。」
「そこでだ、生まれ変わった連邦を示し、再び民族同士の強固な団結と忠誠を取り戻す手段として、資本主義的な大作娯楽映画を製作する事で国内外へのアピールに利用するという案が持ち上がったのだ。」
ここまでの話を聞いて一つ質問をした。「それと私に一体何の関係が?」
と言うか、仮にも一端の新聞記者にこんな話をベラベラと喋ってよいのだろうか……?
「さっき『資本主義的娯楽映画』と言っただろ?だが著名な作家連中は、どうもその意味が理解出来ないようでな、彼らが作る話はどれもこれも退廃的で陰鬱な物ばかりで、
まるで我が党に対する当て付けの様な物ばかりだったんだよ。」
「そんな話をここの社長に話したら、『ウチで連載している小説が若者を中心に人気を集めてる。』と聞いてな、遥々君に会いに来たって訳だ。」
「確かに人気ですけど、ここに投稿されてるのは素人の作品ですし、何より脚本だけでは映画は作れません。」
私は問題を指摘しつつ嫌な予感が脳裏をよぎった。
「君がプロデューサーとなり、スタッフやキャスト集めを主導してくれたまえ。因みに予算に関しては、一ヶ月後の進捗状況報告会にて正式に製作が決定されたら、国有企業が公式スポンサーとなるのでそこは心配しないでくれ。」
「……まあ急な話で酷ではあるが、社長が言うには人一倍の情熱を持ち合わせてると伺ってるので是非とも期待しているぞ!同志ポクロフスキー君。」
そう言ってその男は私の肩を叩いて部屋を後にした。
……気が付いたら10分間部屋に立ち尽くしていた。
しかし社長も人が悪い、クビにするなら人思いに編集長にでも命令すればいいのに、もしかして国家反逆罪にでも仕立て上げようと思っているのか?
私は正気に戻り……いや、厳密に言えば正気ではやってられない状況なのだが、
デスクに戻り話を書けそうな人物を漁った。
確かにこのコーナーの人気は凄まじく、続きが掲載される度に、全国から投稿者に対してファンレターや考察の手紙が殺到する。その手紙が本人の元に届く訳では無いのにだ。
その中でも一際人気の投稿者が居た。本名はセルゲイ・ヤコヴレフ。
ゴーリキーというペンネームで送られてくる彼の短編小説は、ジャンルを問わず活劇的かつ情緒的、それでいてシナリオが理路整然という正に映画化にうってつけの内容だった。
問題を上げるとすれば少なくとも既存の作品の中では、祖国を称える内容の話が一つも無い事くらいだろうか。
ともかくアポイントを取る為、彼の現住所に電話を掛けた。
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