第2話

 美樹は机に肘をついたまま真希乃を見送ると、軽く溜息をついて窓の外をながめながら三ヶ月ばかり前のことを思い出していた。

 

   三ヶ月前


「美樹、お願い。後輩の相談にのってよ。あなただけが頼りなの」

「えっ、ちょっと待ってよ。恋がどうのなんて私は苦手だよ」

「あんたが苦手なものなんて私はもっと苦手だよ」

 こんなやりとりが続いたあげく引き受けた相談役。

 

 美樹は目の前に運ばれてきたオレンジジュースを飲みながら今さらながら軽々しく引き受た自分を恨んだ。

 

 店のドアが開いて一人の女の子が入ってきた。

「美樹先輩」 

 女の子は美樹を見つて深くおじぎをするとかけよってきた。


 (なるほど)


 美樹は心の中でうなずいた。ショートカットに大きめの目、元気一杯の明るい声に、可愛らしい笑顔、それに健康そうな脚。どこから見てもスポーツ少女そのもので、真希乃の後輩というのも納得だった。


「美樹先輩!」

 女の子は美樹の前に立ったまま緊張した顔つきでいた。

「あっ、どうぞ座って。何にする、私と同でいい?」

 美樹は女の子を座らせるとウェイターに向かってオレンジジュースを注文した。


「たしか、美佳子さんよね」

 美樹の問いかけに美佳子は体をこわばらせて返事をした。

「はい。あの・・・・・・美樹先輩、今日はほんとうに私なんかのためによろしいのでしょうか?」

 なんともカチコチになった美佳子はそれはそれは面白いものであった。 

 美樹は心の中でクスリと笑って優しく話しかけた。

「いいのよ。だって、真希乃の優秀な後輩でしょう。とても断れないもの。それよりも相談というのはなに?私で力になれること?」


 美樹の優しくそれで綺麗な笑顔に美佳子は思わず見取れたが、すぐに我に返って上目づかいで美樹を見た。美樹は優しく微笑んだまま美佳子の話しを待った。

 ウェイターがオレンジジュースを運んできた。それを待っていたかのように美佳子はゆっくりと口をひらいた。


「あのお~、美樹先輩。先輩は彼氏がいるのですか?」

「へっ!」

 美樹は一瞬、何を聞かれたのか理解できないほど驚いた。

「いっ、いえ、すみません。別にそんなつもりじゃないんです。ただ、これから私の話を真面目に聞いてもらえるか心配で・・・・・・」

「大丈夫よ。私、きちんと聞くから。信じて」 

 美樹は美佳子の目を覗き込んで言った。

「もちろんです」

 美佳子は驚いてこたえた。 


 美樹の目は不思議であった。美佳子はまるで心を盗まれたようにうっとりとすると、全てを美樹に預けてもいいように感じた。これが美樹の魅力である。そしてその魅力にひきつけられるように、美佳子は話し始めた。


「私、つき合っている人がいるんです。その彼は中学からの同級生でもう二年以上付き合っています。私、彼のこと嫌いじゃないんです。いえ、はっきり言って好きです。だけど」

 美佳子はそこで言葉をきって美樹を見た。美樹は何も言うことなく、ただ静かにゆっくりとうなずいた。美佳子はそれを見ると再び話し始めた。

「だけど、私、どうしても駄目なんです。全部は許せないんです。彼、何度も私を求めました。でも、私だめなんです。いまは私、陸上に懸けたいんです。だから・・・・・・いつも断るんです。嫌いじゃないのに・・・・・・」


 美佳子は自分で言ったことがはたして意味の通るものであったのか不安であったが、美樹の目を見たとたん落ちつきを取り戻していくのが分かった。

 美樹は話しのあとしばらくフッと目をとじて考えていたが、思い直したように目を開くと美佳子をあの優しい目で見つめた。


「ずいぶん苦しんだのね。今のままじゃどっちつかずね」

 美佳子はコクリとうなずいた。

「美佳子さん、私の意見が必ずしも正しいとは思わないでね。いいこと、美佳子さんあなたが本当に陸上に懸けたいというのなら、いまやるべきです。ただ、もしあなたの彼がその思いを解ってくれないのなら、その彼があなたを本当に理解してくれてあなたを好きなのか私は疑問に思います」美樹は透き通るような声を響かせて言った。「もちろんあなたがいますぐ、彼の要求を受けたとしても何も負い目を感じることはないでしょう。ただ、私は人を好きになるということはその人の立場と気持ちを考えられることだと思います」


 美樹は言い終わるとニコリと笑うと、美佳子もつられるて笑った。

「美樹先輩、私、たったいま吹っ切れました」 

 美佳子は元気一杯の明るい声で言った。

「そう。あっそれから最初の質問にこたえるけど私には彼と呼べる人はいないわよ」

 美樹はそう言いながら席を立った。

 美佳子は笑って美樹を見送った。

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