327-魔獣国の新聞と俺

「大書店ってすげえなあ。魔獣国の新聞まであるのかよ、支配人さん……」


 俺が手にしたそれは、魔獣国の新聞だった。

 コヨミ王国の文字とは異なり、更には大陸共通文字とも違うが、俺には楽に読めるもの。


 印刷技術や紙の質なんかは当然ながらコヨミ王国の方が遥かに上。


 だが、魔獣国のこの地域の麦畑が豊作とか、女王陛下が威圧的に国交を結んでやると押しかけてきた某国の連中を遙か彼方に飛ばしただとか、穏やかだったり胸がすく様な記事だったりと、真実が語られていて、魔獣国の国民なら必見の新聞だ。


 然しながら、俺が今読んでいるのは。


 日付は何十年も前の、俺が魔力暴走を起こしたあの日のもので。力を入れて掴んでしまって慌てたが、皺も寄らねえ。

 紙面がきれいなのもそうだが、魔法付与のお陰か。


 記事の内容は。

『巨大な雷雲、四方をつんざく!』

 大きな見出しに続く記事。


『魔獣国に近い場所での災害について記す。

 恐らく、聖国の高位貴族とその手の者と思われる数名が国内にはかねてより警報が出ていた巨大な雷雲から発せられた落雷により死亡。

 その場に居合わせた幼子は無事であった。残念ながら、幼子の母親は聖国の手により亡くなっていたが、防御魔法が蓄積された魔力石と幼子自身の魔力が自身と母親とを守っていた。

 巨大な雷雲予報の為に国内で待機していた魔獣国自警団の団員達は「もう少し早く駆け付けてやりたかった……」と口々に述べていた。

 願わくば、今は自身の雷魔法により全てを灰燼にしたと誤解する幼子が、我が国での生活により、いずれこの事実を知ってくれればと切に願うものである』


「……なんだ、これは」


「読んだか、ハンダ」


 いつの間にか、隣にカバンシと、茶色殿と、それから、紙綴殿と殿下も。


「ハンダさん、支配人さんと寿右衛門さんから話を聞いたよ。きっと、ハンダさんは貴男の雷魔法で避雷針になって、お母様を守っていたんだよ」


 ひらいしん?

 「殿下。ひらいしん、って何だ?」


 あ、ごめん、ええと……。となった殿下に代わって、茶色殿が説明をしてくれた。


「こちらでは雷魔石の魔力貯蔵槽に該当しますな。ハンダ殿が己の雷魔力で雷撃をその身に受けられた為に、母君は無傷であられたのでしょう。父君の防御魔法の込められた魔石もございましたとの事ですし」


 雷魔法の魔力貯蔵槽。

 高い魔力の雷魔法を込めた魔石と空っぽの魔石を溜めておいて雷魔法に釣られてきた落雷を誘導する。そうして、空っぽの魔石にも雷魔法を溜める仕組みの貯蔵槽だ。

 俺が、貯蔵槽それになっていたから、母……母さんは焦げずに、いつもの姿でいてくれたのか?

 それに、父……父さんの魔石を壊したのは俺じゃなかったのか?

 魔石はきちんと作動したから割れた……のか?


 雷雲が?

 俺が魔力暴走を起こしたんじゃなくて?

 そもそも、俺が聖国のあいつらを……というのも違っていた?


『私のこの部分はハンダ殿、貴男の為のものです。……どうぞ』


 紙綴殿が何枚か自分自身……紙を綺麗に破った。

 痛くねえのかな。


 大丈夫ですよ、という念話と一緒に聞こえてきたのは。

 人の声?


『ああ、そうだよ、ハンダ-カーボン。かわいそうになあ、聖国の連中を自分が手に掛けたと思い込んでんだよ。実際は違う上にあいつから親父さんとお袋さんを取り上げたあんな奴等、気にする事ねえのになあ。ちびのくせに。全くよお、あいつのすげえ雷魔法がお袋さんを守ってたのになあ。……焼け焦げも何も全部、あのでけえ雷雲のせいなのに。信じねえんだよ、あいつ。ただ、お医者の見立てじゃあ、そう思い込む事もあいつの精神と肉体を強くしている可能性があるらしくてな。無理に訂正するのも良くねえかも、ってさ。え、あんた、あいつの親父さんを看取ったのか? これ、遺髪か? おお、ありがとうな、確かにあいつの魔力と似てるぜ』 


 この声。

 俺によくしてくれたあの国、魔獣国の騎士のおっさんの声だ。

 ガサツなのに強くて優しかった。ゴツゴツした手がでかくて、力強くて。


『あいつとあいつのお袋さんを魔獣国の近くに転移させる為に魔力を使い果たして、かあ。あいつの親父さんらしいな。ああ、絶対にあいつに渡すよ。二人を守って割れた親父さんの魔石があるから、それと一緒に埋めてやろう、ってあいつに言うぜ。ありがとうな、

 こっちは、魔獣国の冒険者の兄ちゃんだ。


 顔が良くて歌が上手くて、でも馬鹿強くて……。


 そうだ、俺の大事な父……父さんの、遺髪。


 どこで見付けてくれたんだ? って訊いても皆、悪いな、分からねえんだ、って。


 それでも俺は、皆がそうして渡してくれた遺髪に残ってた父さんの魔力を感じる事が出来て、それがめちゃくちゃありがたかったんだ。


 だけど、そうか、そうだったのか。


 あいつ……求が。


 あの頃も、俺があの国を出る前にも、皆は確かに連中の死因は雷雲のせいだと言っていた。


 だけど、俺は皆が俺を気遣ってくれていると頑なになっていて。


 求と故郷の話をしたあの時に求から聞いていても、きっと俺は信じなかっただろう。


 だが、色々な事を見聞きした今の俺なら。


 さっき自分で言った通り。


 俺の大切な故郷の新聞、ここには真実が記されていると確信している。


「お父君は恐らく、ご自身の魔力を使い果たされ、天に帰られた筈。求……殿が髪の毛だけでも、と残して下さったのだろう。もしかしたら、だが、再構築をして下さった可能性も」


『求める者は、聖国の悪しき者達を見張って動いていたのでしょうか。もしかしたら僕達も元を正せばあの国の出身なのかも知れませんね……。勿論、分かりませんが』

 カバンシと黒白殿の声。


 俺はそれを聞きながら、新聞と、それから紙綴殿から分かれた紙を握りしめていた。


 いくら小さかったとは言っても、俺なら、俺の魔力なら、あの国のクソ野郎共を落雷からも遠ざけられたかも知れない。


 だから、連中が灰燼に帰した事が俺のせいだった事は、変わらない。


 だが。


「ありがとうな、紙綴殿、支配人殿。」


 ただ一言。


 俺は、心を込めて言った。







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