322-『聖女伝・写本』と私
『聖女伝・写本』。
やっぱり、どこからどう見ても
じゃあ、まあ、遠慮せずに。
こっそり……みたいな雰囲気で革表紙を開いたら、どうやら、この写本は存在しない筈の本らしい事が分かった。
本や書物の精霊さんでもある大書店の支配人さん達が聖国に存在する原本に念で干渉して形作ったもの。いわば、概要本だ。
なぜ分かったかというと、『念を交わせし原本に感謝を込めて大書店支配人が概要を書する』と中表紙にも記されていたから。
大書店の支配人さんであっても、この世界の全ての印刷物や書物達と心を通わせる、というのは難しいのだろう。
その中で、できるかぎりのことを支配人さん達がなされた成果がこの本ということなのだ。
『そもそも、この写本は限られたお方しか閲覧出来ませんし、記載事項をご覧になれるのは更に限られたお方となりますのでご安心を。万が一の場合は、我々支配人が亜空間に転送、これは行いたくはございませんが写本に相談の上で霧散させることも可能に存じます。無論、再構築も可能でございます』
やっぱり。さすがは大書店、そして支配人さん。
万が一の場合の対策が常識とは違う。写本さん(?)と直接遣り取り。
ええと、写本概要の主なものは聖女様の生涯なんだね。
『隕石』の事典の時も思ったけど、自分で言うのもなんだけど凄い速読力と読解力だな、私……とニッケル君の地力。
平民でいらした聖女様を聖霊王様が聖霊界から見守られていて、時たま念話を送っておられた事、あくまでも聖霊王様のお力で、ご自身の聖魔力による聖魔法とは知らずに、そのお力で万民を癒しておられた聖女様。
そのお力と民からの賞賛故に昔の聖国に見出され、ご家族と離されてしまわれて。
聖女様は、それでも今までよりも多くの方々や生き物達を癒せる、聖国での魔力診断や学びを経て活かす術を知る事が出来たご自身の聖魔力と聖魔法をより多くの人や獣達の為に使えるという希望を見出だされたのだ。
なんて健気な聖女様だ。真の聖女様はまだお一人しか現れていらっしゃらないというのも真実なのだろう、と異世界からの魂の転生者である私が素直にそう感じたほどに、素晴らしいお方だ。
然しながら、聖国からは貴族階級や裕福な人々を癒す事を求められて苦悩しておられた……?
え、これって、聖国としては残しておきたくはない内容じゃないのかな。
もしかしてこれが、原本とは異なる記載?
『わらび餅をお召し上がり下さい』
支配人さん、今日のお茶菓子のわらび餅は本当にお勧めなんだね。
スコレスさんが下さったものだから当然なのかな。
これは寿右衛門さんの言っていた通り、わらび粉が貴重だからとか遠慮しなくて良いって事だよね?
じゃあ、絶対に本が汚れたりしない様にと清浄魔法も掛けられている事だし。
いただきます。うん、やっぱり美味しい!とろっとろ!
あれ、手書きの文字が……増えた?
聖女様の召喚獣について……、ってやっぱり記載が増えてる!
召喚獣の召喚獣であられた蛇殿は所謂普通の蛇であったが瀕死の所を聖女様に癒して頂いた事で生まれ変わり、聖女様の双頭蛇……召喚獣としてお側に仕えた。
そして、聖女様が儚くなられる際にその召喚契約は絶えたが蛇殿は天に向かう事を望まず、聖女様が最も心を通わせていらしたものの召喚獣となり、現在も地上に残っておられる。
嘗て、同様に聖女様に命を救われた飛竜がその鱗を渡した為に蛇殿は双頭から多頭となられたのである。
そして、現在まで、聖国が不当に獣人や獣、善き魔獣達を蹂躙せぬように陰から尽力されている。
その飛竜はコヨミ王国に飛竜の里を開きし勇猛にして聡明、竜としての心身も卓越していたものである。飛竜はまだその頃は若き飛竜であったが、聖女様のことを深く知り、そしてお助けした飛竜であった。
蛇殿に鱗を渡し、その後はある湖で若き竜を待ち続けている。
湖にて飛竜が待つのは聖女様が最も心を通わせていらしたものを助く存在。
そのものは頭巾で姿を隠し、聖女様のお心を果たすべく動くもの。
聖女様を最も深く支えたものでもある。
同じく聖女様を支えた頭巾のものの友……狸は異世界で高位精霊そして高位精霊獣となりて異世界からの魂の転生人を導きしものとなった。
一時は頭巾のものも異世界にて魂の転生者たるコヨミ王国初代国王に旅路を示した。
そう、狸と、そして茶色き雀と共に。
え?
コヨミ王国初代国王。茶色き雀と共に……。
瞬きをしても、何度見返しても。
そこに記されたそれらの文字は、そのままだった。
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