第14話
「ああ」またもや殿下は大変あっさりと頷いた。「あと『インアビ』もプレイ済。俺、めちゃくちゃ雑食のゲーマーだったから」
「はぁ!?」
なんてこった。王弟殿下がまさかの二人目の転生者だったとは。
しかも『インアビ』プレイ済の猛者ときた。
原作プレイ済転生者だからこそ、このゲームのラスボスだというデニス先生の本名を知っていたのだろう。流石にそんな突っ込んだ情報を持っているとは言えまい――何故知っているのか、と余計な疑いをもたれてしまうかもしれない。
「乙女ゲームまでプレイしているゲーマーなんて、鈴兄みたい……」
すると。
今度はエルンスト殿下が目を剥いた。
「え? なんで俺の『前』の名前を君が知ってるんだ?」
「……え?」
……え? え?
え、ウソでしょ。まさか、
「殿下、まさか鈴兄なの!?」
お互いに指を差してぽかん、とする。
そんなわたしたちの様子を見て回りもぽかん。――即席のカオス空間が爆誕した瞬間だった。
いやしかし、これは……つまりはそういうことなのだろう。
まさか乙女ゲームの悪役令嬢と、メインヒーローの叔父に従兄妹で転生することになるとは。なんたるとんでも偶然。誰も求めてない。
「……いやだったらもっと早くに助けてよ!」
わたしは人目もはばからず叫んだ。「わたし『インアビ』ミリしらでホントに大変だったんだからね!」
あー、とばつが悪そうに頭を掻く鈴兄――エルンスト殿下。
「そういえば未プレイだったよな。悪い、こういう場合の悪役令嬢転生者って大体原作知ってるから君もそうかと思って」
「勝手に決めつけないで! 確認作業大切!」
本当にふざけないで頂きたい。冗談抜きで死ぬ思いだったんだからな……!
というか、そもそも処刑ルートから同じ転生者を助けてあげようとするなら、もっと他に方法があったろう。
歯を剥き出しにして怒り狂うわたしの肩を、ある程度状況を察したらしいクルトが掴んで「まあまあ」と宥めてくる。わたしは、死ななくてよかったじゃないか……とでも言いたげなその表情を睨みつけた。そういうことではないのだ。
すっかり混沌となった現場で、状況を全く理解出来ていないシャルロットとデニス先生――いや、デトレスが、二人揃って目を白黒させている。
「……でも、じゃあ四人目の攻略対象って、一体」
「ああ、それは、
――クルト。君だよ」
……暫しの。
暫しの、沈黙があった。
クルトは、真っ直ぐ自身に向かって伸ばされたエルンスト殿下の指を見つめ、それから「……え?」と、どこか空虚な声を漏らした。
もちろん、わたしも衝撃のあまり、ぽかんと口を開けたまま、何も言うことはできなかった。
「メインヒーロールートをクリアしたら開拓される隠しルートでな。シャルロットとの出会いは六年前、闇オークションに出品されそうになっていた、男装姿の彼女を救った時だ」
「六年前の闇オークション……?」訝しげに眉を顰めたクルトが首を捻る。「俺はその作戦では指揮官を務めましたから、実働部隊ではありませんでしたよ」
「そうですよ」わたしもクルトに同調する。「実働部隊として子どもたちを助けたのはわたしです。わざわざ男装してまで潜入して、大変だったんですからね」
「えっ」
背後で声を上げたのはシャルロットだった。
薔薇色の双眸を大きく見開いて、彼女はじっとわたしを見つめる。それから、恐る恐るというように、ゆっくりと口を開いた。
「まさか、ユリア様がユリウスだったんですか……?」
「え、確かに男装時の名前はユリウスにしてるけど、シャルロットがどうしてその名前を……」
言い掛けて、思い出す。
「ああ、そういえば――」
確かに六年前、一緒に閉じ込められていた少年を助けた時、去り際に名乗った覚えがある。
あれは男装したシャルロットだったのか!
……ということはわたしはシャルロットとクルトの出会いイベントを、知らないうちにかっさらってしまっていたのか!
衝撃の事実の発覚に、わたしが狼狽えていると、「まじか」と言ってエルンスト殿下が爆笑している。なにわろてんねん馬鹿鈴兄。
「まあ、とにかくだな」一頻り笑ったエルンスト殿下が、不意につい、と視線を倒れたハインツ殿下に向けた。「シャルロット嬢。あの馬鹿甥を治してやってくれないか。少し話がしたくてね」
その言葉を受け、シャルロットの肩が強張る。わたしとクルト、それからデトレスも顔に緊張を滲ませた。
エルンスト殿下は微かな笑みを浮かべたまま、シャルロットの肩をポンと叩く。「悪い話ではないだろう?」と、そう言って。
「もう君にはアレを殺す理由はない。君が貴族も王族も好かないのはなんとなくわかるが、本当に恨むべきはあの男デレトスと、最悪の嘘で長年君を騙していた犯罪組織『アビス』……そうじゃないか?」
「っそれは」
「ハインツ殿下が死ななければ、ウルリッヒ公爵家と『アビス』は目的を果たせない。取り返しのつかない失敗をしたあの男は終わりだ。ただ王子の怪我を治すだけで憎い相手が地獄に落ちるんだ、君にとってもいい話のはずだが?」
まるで誘惑するような甘い声色に、ゆるゆるとシャルロットが顔を上げる。
きらきらと輝く銀髪の下、エルンスト殿下はふわりと優しく微笑んだ。
「さあ、シャルロット嬢」
「……、」
よろよろと立ち上がったシャルロットが、気を失っているハインツ殿下の傍に座ると、その血の滲んだ肩に手を翳した。焦ったデレトスが「やめろ!」と叫んだが、クルトがすかさず銃口を彼に向けた。「……動くな、ネズミ」
デレトスは舌打ちをすると、足を止めた。
その隙に、とばかりに。ぽう、と、シャルロットの手から白い光が漏れ出した。
「『光あれ』」
彼女の声が、響くと同時に。……未だどくどくと血が流れて出していたハインツ殿下の肩の傷が、みるみるうちに塞がっていく。
(すごい)
見るのはこれで二度目だが、なんと素晴らしい異能だろう。
やがて、完全に傷が綺麗に治ったと思うと、気を失っていたハインツ殿下の瞼がぴく、と動いた。どうやら意識を取り戻したらしい。
「ん……」
頭を手で押さえたハインツ殿下が、低く唸りながらゆっくりと上体を起こした。彼はぱちぱちと瞬きをしてから、刺されたはずの肩に触れて眉を顰める。
「え? 私は確か、シャルロットに……」
「ああ、おはようハインツ。起き抜けで悪いが話しがあってな」
「は……?」
胡乱な目をして顔を上げたハインツ殿下は、自分を見下ろしているエルンスト殿下に気づいたらしい。大きく目を見開いて叫んだ。「な、何故叔父上がここに!?」
(うん、まあ、その反応になるよね)
ハインツ殿下からすれば、まさに悪夢の連続だろう。好きな人に騙され、殺されかけ、至近距離で光と爆音を浴びて気絶し、起きたら政敵だということになっている叔父が目の前で微笑んでいるのだ。傍で見ているだけならばいいが、当人からすればホラーか何かだろう。
憐れな……と思いつつ扇子で口元を隠す。
「まあそう警戒するな、取って食ったりはしない。今日俺は、陛下からお前へのお言葉を伝えるために来たんだ」
「は? へ、陛下から? 一体何の話ですか、」
混乱を解消し切れていない様子のハインツ殿下が、落ち着かない様子で辺りを見回す。そんな彼を横目に、エルンスト殿下は懐から何かを取り出した。
あの、どこかで見たことのある形状の機械は――、
「レイモンドさんの小型通信機……!」
「正解」
思わず叫ぶと、エルンスト殿下が笑顔でヒラヒラと手を振った。
どうして彼がそれを持っているのか――いや、入手経路はわかる。叔父と知り合いならばそこから手に入れたのだろう。しかし、何故今通信機などを手にしているのだろう。それを使って、一体何をするつもりで――?
『ハインツ。聞こえているか』
果たして、受話器から聞こえてきたのは、わたしもよく知る声だった。
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