第8話
「ここだ、入れ」
「ちょっと。気安く触らないで頂ける?」
ぐいぐいと肩を押されたので、わたしは鼻を鳴らしてその手を払いのける。
そして、自分から学園本校舎の地下にある、仮牢の一室に入った。
わたしをここまで連れてきたハインツ殿下のシンパは大きく舌打ちをすると、「罪人が、調子に乗るなよ」と毒づいた後、ガチャンと音を立てて牢の扉を閉め、鍵を掛けた。
「大人しくしていろよ、ユリア・ヴェッケンシュタイン。逃げればどうなるか、わかっているだろうな」
「逃げられませんわよ、閉じ込められているのだから」
まあ嘘なんだけど。
学園に不法侵入した者、もしくは学園内で犯罪行為を犯した生徒などを、憲兵に移送する前に一時的に拘束するために作られたという仮牢の鍵の作りは、大変粗雑なものである。鍵開けがあまり得意ではないわたしでさえ、数十秒あれば針金で開けられる。もしかしたら訓練を積んでいないご令嬢でも、頭につけていたピンか何かで鍵を外せるかもしれない。
おまけに、わたしは『頭を冷やせ』というだけでここに入れられているので、四肢の拘束はされていなかった。
これではほぼ自由に出入りできると言っても過言ではないだろう。
「は、それもそうだな」
「せいぜいそこで己のしたことを省みることだ」
そう捨て台詞を残して去っていくシンパたち。その背中がすっかり見えなくなったのを確認すると、わたしは牢の中にあった粗末な椅子に腰掛け、「はァ……」と大きなため息をついた。
「疲れたァ……」
ここ数十分で溜めたストレスが尋常ではない。まさか第一王子がああまで愚かな人間だったとは。アレがメインヒーローでゲームの評判は大丈夫だったのだろうか。
いやむしろ、ゲーム内でハインツ殿下がイケメンヒーローであれたのは、悪役令嬢ユリアが彼を凌ぐ馬鹿で、かつ行った嫌がらせが真実であったからこその、奇跡のマリアージュだったのかもしれない。
あれでは、嫌がらせの真偽を確かめずに糾弾し、婚約を破棄して処刑にしたが、まあ実際にユリアが行った悪事であったから事なきを得た、とか普通にありそうだ――まあシナリオがそこまで細かく作り込まれていないのかもしれないけれども。
(でもなぁ、なんで鈴兄はこんなゲームにハマったんだろ)
鈴兄――従兄は筋金入りのゲーマーだ。特に重厚に作り込まれたノベルゲームが好きで、普段は大作のホラーゲームなどを嗜んでいた。
しかしわたしの経験した『メサイア・イン・アビス』のストーリーは、あまりにも陳腐だ。使い古されていると言い換えてもいいだろう。
ヒロインは美少女で、不思議な隠された力を持っていて、生徒会活動を通じながらメインヒーローをはじめとしたイケメン攻略対象と恋愛をする。もちろん胸きゅんシーンが沢山あるのならな女子からの需要は一定数あるのだろうが、ストーリー進行があまりにもテンプレート通りで、少なくとも従兄が好むような作り込まれたノベルゲームとは一線を画しているように思える。
(どうしても違和感があるんだよなぁ〜)
腕を組み、首を捻る。
従兄はゲーマーであるからこそゲームの評価に厳しい。『インアビ』にハマったのであれば、必ずどこかに秘密があるはずだ。
「うーん……もしかして、これからびっくりするようなことが起きるとか?」
それは確かにありそうだ。具体的には思いつかないが。
……それに、違和感と言えば、他にもいくつかある。
まずはあの、シャルロットの行動の矛盾と、あの全てに絶望しきったような暗い瞳。
そして何より――『ユリア・ヴェッケンシュタインがなぜ処刑されたか』がわからない。
何度考えても、男爵令嬢を害しただけで公爵令嬢が処刑になるとは思えない。嫌がらせがたとえ真実であったとしてもだ。普通に考えて揉み消されるだろう……まあ婚約破棄くらいはなされるかもしれないが、処刑になるとは考えにくい。何せ、ヴェッケンシュタインは第一王子派の筆頭貴族だ。国王も無駄にヴェッケンシュタイン公とは揉めたくないはず。
(いっそシャルロットを殺害してしまう、とか? それなら……ううん……でも公開処刑にまでなるかと言うとなあ)
ユリアがゲームの通り公開処刑になると言うのなら、それこそ大逆罪レベルのことをしでかしていないと。
それに、クルトの未来視だと、死ぬのはシャルロットではなくハインツ殿下で――。
(待てよ)
そこまで考えて、わたしはハタと思い出した。
そうだ。……これから死ぬのは、第一王子だ。
シャルロットではない。
ぐるぐるぐるぐる――止まっていた思考回路が高速で回転を始める。
(倒れ伏したハインツ殿下。寄り添っていたシャルロット。公の前で侮辱された悪役令嬢。盗まれた私物。なぜか公開処刑となった悪役令嬢。シャルロットのあの目。そして従兄が気に入った乙女ゲーム『メサイア・イン・アビス』――)
まさか。
……まさか。
これらが示す事実は。
「……ッ!」
信じられない。しかし、思いついたらそうとしか思えない。
わたしは唇を噛み締めると、髪に差していたピンを勢いよく引き抜いた。そして石壁に、零課にのみ通じる暗号文で、行き先を書きつける。
傷ついたピンの先を軽く手で払うと、今度は鉄格子から腕を通し、お粗末な鍵を壊す。想像した通り簡単に壊れてしまった鍵をちらと見下ろしてから、わたしは仮牢の扉を開けた。
そして、周囲に誰もいないことを確認すると、その場から駆け出した。
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