10.犯人との対峙
「犯人の居場所はおおよそ、目星が付いてる! お前も一緒に来てくれ!」
「かしこまりました!」
そんなやり取りを終えると、俺はアルノーを連れて庭園の真北を目指す。
現在の時刻は、二十三時三十分。ジャックが動き出す前に、何としてでも儀式を阻止しなければ。
人形店の壁一面にかけられた奇妙な古時計。
ジャックが患っている記憶障害。
通し番号がつけられた生贄の人形たち。
そして、術者に代わって恨みを晴らしてくれるという噂の『北の悪魔』の存在。
これらの手がかりから、推測できることは──
「……いた! あいつだ!」
叫びながら、俺は前方に見える人影を指差す。
辺りは暗闇に包まれており、さらに相手は黒いローブを着てフードを被っているため顔はよく見えないが、恐らくジャックとみて間違いないだろう。
「やめろ、ジャック!」
警戒しつつも側に駆け寄ると、黒いローブを着た人物はゆっくりと後ろを振り返る。
その人物の足元には、つい先ほどまで見張りに当たっていたであろうセントクレア家の使用人が倒れていた。
どうやら、気絶させられたようだ。
「やあ、侯爵。奇遇ですね。まさか、こんな所でお会いするなんて」
「白々しい挨拶はやめてください。テオをどこへやったんですか? あなたの正体がジャック・クリストフだということはわかってるんです。……確かに、レナードは擁護しようがないほどのクソ野郎だ。でも、その子供に罪はないでしょう? 幼い子供に危害を加えるなんて、言語道断だ」
「……子供に罪はない、か」
静かに呟くと、ジャックは口の端を大きく吊り上げる。
「それじゃあ、なんで僕の家は焼かれたんだろうね? いや、それ以前に父さんは無実だったか。……そう、クリストフ家は先代リーズデイル公の逆恨みによって幸せを壊されたんだ。ならば、相応の仕返しをしてやるのが筋だとは思わないか?」
ジャックがそう尋ねてきたが、俺は質問を無視して話を続ける。
「それだけじゃない! あなたは、テオの母親であるエルシーまで誘拐したんだ!」
「誘拐……?」
誘拐、という言葉を出した途端、ジャックは思いあぐねるように首を傾げる。
「ああ、なるほど。そういうことになっているのか。まあ、こちらとしてはその方が都合がいいんだけど……」
「何を言っている……? あなたは、エルシーを誘拐したんじゃないのか?」
何時にもなく、動揺していた。
今まで、犯人を追い詰める時にここまで感情的になったことは一度もない。
私情を挟むのは良くないということは頭ではわかっている。
だが……大切な従姉が誘拐されたかもしれないと思うと、冷静でなんかいられない。
「答えろ!」
俺は、あいも変わらずすっとぼけたような顔をしているジャックに詰め寄る。
「あなたは、十年前の放火事件の復讐をするためにリーズデイル家の人間に呪いをかけた。そして、今夜──新月の夜に儀式を完成させる目的でこの庭園に侵入したんだ。……そう、午後十一時五十分から零時までの間に、何としてでもこの庭園の真北にある『12』の番号が振られた人形を燃やすために。つまり、テオという生贄を捧げ、あなたの後ろにある人形を燃やし終えれば儀式は完成する。あとは、『北の悪魔』がリーズデイル家の人間を呪い殺してくれるのを待つだけというわけだ」
言いながら、俺はジャックの後ろにあるであろう人形の状態を何とか確認しようとする。
暗い上、彼が立ち塞がっているためよく見えないが、恐らくまだ人形は無事なのだろう。
「なるほど……人形の通し番号を手がかりに、あなたは僕が十二時の方向──つまり、真北にいるとわかったんですね」
「ああ、そうだ。ついでだから、あなたの店の壁一面にかけられた古時計が一つを除いて止まっていた理由も当ててあげましょうか? 十年前に起こった放火事件の唯一の生き残りであるあなたは、事件のショックから一過性全健忘を患っていた。メモを残そうにも、そのメモをどこにしまったのかすら忘れてしまうことも多々あった。だから、最後の儀式を行う時間だけは絶対に忘れないように、常に店内の時計を十一時五十分と零時に合わせて止めていたんです。そうですよね? ただ、何故俺たちに呪いの噂のことを教えたのかという疑問は残りますが……」
「これは驚いた。そこまで、推理していたとは……。ええ、そうですよ。全部、今、あなたが言った通りです。『北の悪魔』を呼び出す呪いは、昨今、巷で徐々に広まりつつある噂でした。僕が教えなくても、いずれあなた達は他所であの噂を聞くことになったでしょう。だから、親切なふりをして呪いのことを話したんです。それにしても……儀式の邪魔をされたくなくて、所々嘘を織り交ぜて教えたにもかかわらず、よくそこまでわかりましたね」
「探偵をやっているだけあって、推理には自信があるんでね。とはいえ、今日この時間にリーズデイル邸を訪れていたのは本当に偶然ですが」
「なるほど。あなたは、類まれなる推理力だけでなく強運まで持ち合わせているというわけか」
「ええ。昔から、運はいいほうなんです。……というわけで。この調子であなたの凶行も止めてみせますよ」
牽制するようにそう返すと、俺は自分の背後に控えているアルノーをちらりと見やる。
「こう見えて、うちの執事は腕っぷしに自信があるんですよ。雑務をこなしたり、美味しいお茶を淹れることだけが仕事じゃないんです」
「まあ、伊達にスラムで長年暮らしていたわけじゃありませんからね」
強気な態度で出た俺に続いて、アルノーが言った。
ちなみに、脅しじゃなく本当に彼は本当に腕っぷしが強い。
そこら辺にいるゴロツキなんか相手にもならないくらいだ。
「脅しているつもりですか? 言っておきますけど、誰になんと言われようと僕はこの儀式をやめませんよ。絶対に、この呪いの儀式を完成させてみせます」
「でも、その儀式を完成させるためには最後の供物として捧げる生身の人間の存在が不可欠なんでしょう? さあ、教えてください。テオをどこに隠したんですか?」
そう問いかけると、俺は周囲をぐるりと見渡す。
付近にテオらしき小さい子供の人影は見当たらない。
──まさか、もうテオは……。
「久しぶりね、ギル」
突然、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
鈴の音を転がすような、この心地よい声音は……もしかして……。
そう考えつつも、俺は恐る恐る後ろを振り返る。
「エルシー!? どうして、君がこんな所に……? ジャックに誘拐されたんじゃなかったのか!?」
「いいえ。私は、誘拐なんてされていないわ。だって、私は自分の意思でこの人と一緒にいるんだもの」
「なんだって……?」
唖然としてしまう。
アルノーのほうをちらりと確認すると、彼も自分と同じように呆気にとられたような顔をしていた。
「一体、どういうことだ? エルシー」
「私はね、この人と──ジャックと一緒に、リーズデイル家の人間に呪いをかけて復讐を果たすつもりなの」
「呪いって……エルシー、君はそんな根拠のないものを本気で信じているのか!?」
「ええ、そうよ。だって、あんなクズどものために自分の手を汚すなんて馬鹿みたいじゃない。だから、悩んだ末にこの方法を取ったのよ。この方法なら、仮にリーズデイル家の人間が立て続けに不審な死を遂げて私たちの名前が容疑者として上がったとしても『不能犯』として片付けられるわ」
自分と同じ、透き通った翠緑の瞳。
エルシーはその目でしっかりと俺を見据えると、さらに話を続ける。
「そして、復讐を終えたら、今度こそ幸せに暮らすの。……ジャックと、お腹の子と一緒に」
言いながら、エルシーは自身の腹部を愛おしそうにさすり、ジャックの隣に並ぶ。
──そう言えば、エルシーは妊娠していると言っていたな。彼女の話ぶりから察するに、子供の父親はジャックなのか……?
「いいのかい? このまま誘拐されたことにしておいたほうが、都合が良かったんじゃ……」
「いえ、いいの。いずれにせよ、旅立つ前にギルにはお別れを言っておきたかったから」
「そうか。君が構わないなら、それでいいけど……」
二人はそんなやり取りを始めたが、突然のエルシーの出現で混乱していて内容がほとんど頭に入ってこなかった。
「……?」
状況がよくわからない。
だけど、これだけはわかる。エルシーとジャックは、以前から知り合いだったんだ。
そして、エルシーは愛する自分の子供を──テオを最後の供物として悪魔に捧げようとしている。
「二人は顔見知りだったのか」
何とか平静を装いつつも、そう尋ねる。
「そうね……同じ苦しみを受けた者同士──差し詰め、被害者の会ってところかしら。何しろ、私たちはあの悪趣味な秘密クラブで実験台にされた被害者なのだから」
「……!」
「その様子だと、お母様から真実を聞かされたみたいね。そうか、全部知っちゃったのね……」
「エルシー。俺は、自分で言うのもなんだが君の一番の理解者だと思っていた。どんな事実を聞かされても受け止められる自信があった。なのに……どうして、そんな大事なことを隠していたんだ?」
「単純に、自分が汚れてしまったことを知られたくなかったからよ。あなたの中の私のイメージを壊したくなかった。嫌われたくなかったの。……優しかったのは、あなたと亡くなった伯父様だけだったから。父も母も、幼い頃から私を公爵家と親戚関係になるための道具としか見てくれなかったわ」
「そんな……俺が君を嫌いになるなんて……そんなこと、あるわけがないだろう?」
言って、一歩足を踏み出しながらエルシーに近寄ろうとする。
すると、彼女はそれを制止するように言葉を続けた。
「でも、こうなったからには、もう私と以前と同じように接することなんてできないでしょう? ……そう、私は憎い相手を呪い殺そうとするような心の醜い陰湿な女なのよ!!」
「そんなことはない。エルシーの気持ちはよくわかるよ。俺だって、自分が同じ目に遭ったらきっと復讐す──」
そこまで言った途端、エルシーが俺の言葉を遮るように割り込んでくる。
「でもね、この人は──ジャックは、そんな私を受け入れてくれた。いえ、分かり合えたと言った方が正しいかしら。あの日──偶然、彼のお店に立ち寄って再会した瞬間こう思ったの。『私たちは、このままでは一生幸せになれない。あの忌まわしき過去と決別するために、自分の心に正直になって憎い相手に報いを受けさせなければ真の幸福を手に入れることはできない』ってね。ねえ、ギル。あなたは、本当に私の苦しみが理解できる? 残念だけれど、自分が経験してもいないことをわかった風な口ぶりで『その気持はよくわかる』なんて言っている人を私は心から信頼することはできないの」
矢継ぎ早にエルシーがまくし立てたかと思えば、彼女はジャックの方をちらりと見やった。
エルシーの話しぶりから、彼女がジャックに対してどういった感情を抱いているのかは嫌というほど伝わってきた。
でも、きっと二人の間にあるのは愛や恋などといった単純な感情ではない。
恐らく、言葉では表現できないような絶対的な信頼関係で結ばれているのだろう。
……そう、俺なんかが入る余地なんてないほどの固い絆で。
それにしても……どうやら、エルシーは俺の言葉を口先だと思っているらしいな。
長年一緒に過ごした仲のいい従弟の言葉を信じられないほどまでに、彼女の心は傷つき荒んでしまったのだろうか。
「ねえ、侯爵。僕たちがあのクラブでどんな目に遭ったか知っていますか?」
「……? 会員たちに無理やり薬を投与されて、繰り返し仮死状態にさせられていたんでしょう? その際に飲まされる薬のせいで、大分苦しんだとか」
「本当に、それだけだと思いますか? ふふ……いいでしょう、真実を教えてあげますよ」
ジャックは小さく笑うと、淡々と話を続けた。
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