4.新情報

 一週間後。

 コンコン、と何度も寝室のドアを叩く音で俺ははっと目を覚ます。

 少しだけ仮眠をとろうと思いソファで横になっていたら、思いのほか寝すぎてしまったらしい。

 ふと窓の外に視線を移してみれば、いつの間にか辺りはすっかり夕闇に包まれていた。


「……アルノーか?」

「はい。お休みのところ、申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ。とにかく、入ってくれ」


 ドアを開け、申し訳なさそうな顔をしているアルノーを部屋に通すと、俺は自分が今まで寝ていたソファに彼を座らせる。


「それで……何か情報でも手に入れたのか?」

「ええ、その通りです」


 言いながら、アルノーはスーツの胸ポケットから手帳を取り出す。

 実は、俺にはエルシーの過去についてどうしても気になることがあった。

 アルノーには、数日前からその件について調べるよう頼んであったのだ。


「まず、エルシー様がご結婚前に短期留学に行かれていた件についてなのですが……クロリス家の方に、直接聞き込みをして参りました。まあ、クロリス家の方と言ってもギルフォード様の叔母上のことなのですが」

「俺の名前を出したのに、素直に教えてくれたのか? あの叔母さんが」


 自分のことを良く思っていない叔母の、不機嫌そうな顔が頭によぎる。


「ええ、エルシー様を見つけ出す手がかりに繋がるかもしれないと言ったら、渋々教えてくれましたよ。対面した瞬間、追い返されそうになって一時はどうなることかと思いましたが…」


 安堵したような顔で、アルノーはそう返す。

 そして、一呼吸置くと、何やら言いづらそうに報告を始めた。


「まず、結論から申し上げますと……ギルフォード様が予想していた通り、エルシー様が四年前にも一度行方不明になっていたのは間違いないそうです」

「やはり、そうだったか……」


 呟くと、俺は四年前のある日のことを思い出す。

 その日の朝、俺は突然父から呼び出された。

 何事かと思い事情を聞いてみれば、「エルシーは今、短期留学をするために外国に行っている。クロリス夫妻も何かと忙しい時期だから、暫くの間は遊びに行かないように」とのことだった。

 俺は、大人しく父の言いつけを守ってクロリス家に行くのを控えた。

 当時はまだ探偵をやっていなかったこともあり、素直に納得してそれ以上詮索しようとも思わなかったのだ。

 幸いその時は何事もなく、数ヶ月後に彼女は帰ってきた。

 その後、すぐにレナードと結婚したというわけだ。


「それで、叔母さんは何て?」

「ええ。それが、その……大変申し上げ難いのですが。当時、エルシー様はレナード様と揉めていたらしく、一時は婚約破棄まで突きつけられたらしいのです。でも、当然クロリス家としては納得できません。なので、『こんなことが世間に知れたら、クロリス家は大恥をかいてしまう。何とかして、リーズデイル家に考え直してもらえるよう交渉せねば』とばかりに直談判をしに行ったとのことでした。その間にも、エルシー様が家出をしたりと色々大変だったみたいですが、何とか居場所を見つけ出して連れ戻したそうです。まあ、その甲斐があってか知りませんが、半年ほど経った後に二人は無事復縁されたそうですが……」

「は!? 婚約破棄だって!?」


 驚愕のあまり、思わず叫んでしまう。


「おかしいな……うちは、そんなこと一言も聞いていないぞ。自分の娘が婚約破棄をされたなんて、どう考えても一大事だろ」

「つまり、ギルフォード様のお父上もご存知なかったということですか……?」

「いや、それはわからん。もしかしたら、父さんは知っていた可能性がある。でも、そういう感じでもなかったんだよな……」


 俺は、当時の父の言動を振り返ってみる。

 ……が、やっぱり何かを隠しているようには見えなかった。

 だからこそ、当時の自分も言われるがまま納得して「へぇー、そうなんだ」程度にしか思わなかったわけで。


「まあ、そうまでして隠したかったんだろうな。まず、叔母さんからして世間体を気にするタイプだからなぁ……」

「あはは……確かに、ギルフォード様の叔母上は人の目を気にしてばかりいそうなイメージですね。ギルフォード様のことも、相変わらず認めていないようでしたし……」


 俺たちは、互いに苦笑する。


「それで、エルシーとレナードが仲違いした理由は何なんだ?」

「ええ、それについてなのですが……なんでも、レナード様が別の令嬢と恋仲になったとかで……」

「なっ……それは、つまり浮気ということか?」

「あー、いえ……なんか、そういうわけでもないみたいです」

「……?」


 俺が首を傾げると、アルノーはさらに話を続ける。


「クロリス夫人の話によると、どうもエルシー様がその令嬢に嫌がらせをしたらしくて……それを知ったレナード様が怒って婚約破棄をなさったそうなんです。『いじめをするような女は、私の婚約者に相応しくない!』と啖呵を切っておられたそうで……」

「エルシーがいじめを……? 何かの間違いじゃないのか……?」

「事実らしいです。そして、結局レナード様はその令嬢と婚約を結び直したのだと伺いました」

「エルシーとの婚約を破棄して、その令嬢と婚約を……?」


 ……何だか、出来すぎた話だな。

 それじゃあ、まるでレナードがその令嬢と婚約したいがためにエルシーを陥れたみたいじゃないか。


「その後は、先ほどお話しした通りです。何度も謝罪に訪れるクロリス夫妻に根負けしたのか、レナード様はエルシー様と話し合って和解し、その流れですぐに結婚に至ったそうです」

「そうか、情報をありがとう。お陰で、大体の事情は把握できた。……正直、全く納得はしていないけどな」

「私もですよ。あのエルシー様が過去にいじめをしていたなんて、とてもじゃないけど信じられません」

「ああ。本人に直接確認するためにも、必ず居場所を突き止めないとな」


 呟くように言うと、俺は心の中で「絶対にエルシーを見つけてやる」と決心する。


「それで、ですね。実は、この他にも気になる情報を二つ入手しまして……」

「他にも……?」

「ええ。まず、リーズデイル邸を取り囲むように置かれていた悪臭を放つビスクドールついてなのですが……どうやら、よく似た『呪いの儀式』が存在するそうです。あの人形がどこで買われた物なのかを調べていた時に、偶然訪ねた店の主からビスクドールを使った呪いの噂を聞きまして」

「呪いだって……?」

「はい。とはいえ、儀式に必要な材料を集めるのはそれなりにお金と手間がかかるため、誰でも簡単に行える呪いというわけではなさそうですが……。なんでも、『北の悪魔』と呼ばれる悪魔を呼び出す儀式を行うと、術者に代わって恨みを晴らしてくれるそうなんです」


 アルノーが聞いた話によると──

 その儀式を行うためには、まず悪魔に捧げる供物となる人形を複数体用意しなければならないそうだ。

 人形を用意したら、次はその人形たちの体内に『転移魔法』を応用して鼠、蜥蜴、虫等の小動物を埋め込んでいく。

 そうすれば、人形の体に傷をつけずに死骸を埋め込むことが可能だ。

 死骸を埋め込んだら、今度は人形を対象者が住む家の周辺に一体ずつ置いていく。

 その際、家の北側に置く人形はできるだけ豪華な服を着せて着飾らせる。体内に埋め込む小動物の死骸も多めに入れる。

 前述した『北の悪魔』という名前通り、その悪魔は家の北側に置いた人形を憑代として召喚されるからだ。

 そこまで終わったら、あとは誰かに儀式の邪魔をされないように人形たちに『呪縛魔法』と『保護魔法』をかけておく。

 ……つまり、これは恨んでいる相手を呪い殺すことを目的とした危険な呪術なのだ。


 リーズデイル邸の周辺から見つかった人形は、なんと全部で五十体もあったそうだ。

 そして、人形に振られていた謎の数字は、やはり俺の読み通り通し番号で間違いないらしい。


 ──なるほど。ということは、犯人は敢えてこの季節を狙ったということか。人形の中に埋め込んだ小動物の死骸の腐敗を、できるだけ遅らせるために……。


「なるほど……呪いか」

「ただ、その呪術には一つ難点があるんです」

「……?」


 首を傾げた俺に向かって、神妙な顔つきになったアルノーが言葉を続ける。


「どうやら、呪いをかけた術者本人もその代償を払うことになるらしいんです。つまり、相手を呪い殺したければ自分も災いを受けなければならないということですね」

「ふむ。人を呪わば穴二つというやつだな」


 アルノー曰く、その呪いは一定期間が過ぎた後に最後の仕上げとして人形を全て燃やさなければいけないらしい。

 人形を燃やし終えて、初めてそこで呪いが成就するのだ。


「ん? 待てよ。最後の仕上げがまだ残っているということは……つまり、呪いをかけた本人がまた邸に戻って来る可能性が高いということか」

「ええ。店主の話が本当なら、そういうことになりますね」

「とりあえず、暫くの間はうちの使用人に張り込みをさせておこう。嫌がらせ程度じゃ警察は動かないだろうからな。リーズデイル家の人間に呪いをかけた犯人が直接エルシーの失踪に関与しているかどうかはわからないが……いずれにせよ、捕まえて事情を聞いておかないと。まあ、呪いの効果自体は眉唾ものだが、用心しておくに越したことはない」


 俺がそう提案すると、アルノーもそれに賛成する。


「それじゃあ、二つ目の情報を教えてくれ」

「はい。実は、クロリス夫人からエルシー様の過去について話を伺った時に、当時レナード様と恋仲になったという令嬢の現状を教えていただいたんです」

「その令嬢の名前は?」

「アビゲイル・ミラー。ミラー男爵家の長女ですよ」

「ミラー男爵家? あの、没落寸前という噂の……?」

「いえ、既に没落しているみたいですよ。現在、ミラー家は一家離散し、問題の元男爵令嬢──アビゲイル様は、娼館で借金返済のために日々忙しく働いているらしいです」

「なるほどな。レナードに捨てられた後、娼婦に堕ちたのか。ということは、レナードに近づいたのも家を立て直すためだったりするのか……?」

「さあ……? そこまで詳しくは聞いていないので、私もわかりません。でもまあ、大体そんなところでしょうね。彼女、夜会に出向くたびに色んな男性にちょっかいをかけていたそうですから」

「それで、最終的にはレナードに狙いを定めたということか」


 話を聞く限り、アビゲイルは相当打算的な女性のようだ。

 とにもかくにも、一度彼女に会って詳しい話を聞いておく必要があるな。


「アビゲイルは、娼館で働いていると言っていたな。彼女との面会は可能なのか?」

「娼婦は、言わば商品ですからね。ただ、面会をしたいという理由では会わせてくれないでしょう」

「ということは、客として出向いて指名するしかないのか」

「ええ、恐らく」


 そう返し、アルノーは苦笑する。

 とにもかくにも、話を聞かないことには何も始まらない。

 そんなわけで、俺は何とか仕事の合間を縫ってアビゲイルが働いている娼館に出向くことにした。

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