18.コルネーの改革

第1話 新王の家庭教師

 イルーゼンを巡ってナイヴァルが慌ただしく動いている時期は、コルネー王国にとって回復の時期となる貴重な時間であった。


 新国王クンファを据えたコルネーは大改革……、に乗りだすようなことはなく、同じような時間を過ごしていた。



 海軍大臣フェザート・クリュゲールもまた、海軍事務所の中に詰めており、変わらぬ日々を過ごしていた。


 間もなく十月になろうという、その日も朝から事務所に出て、報告を受けているうちに時間が過ぎていく。そんな中、グラエン・ランコーンが入ってきた。


「フェザート大臣、面会希望者が来ていますが」


「うん?」


 フェザートは外を眺めて、太陽の位置を確認した。


「まだ大分仕事が溜まっている。悪いが、夕暮れ時まで待ってもらってくれ」


「ただ……」


 グラエンの煮え切らない態度に、フェザートは苛立った声をあげる。


「ただも何もない。私は忙しいのだ。面会希望者に一々会っていられない」


「それは理解していますが、相手はカタン王女を名乗っておりまして」


「何?」


 フェザートの手が止まり、再度叱責の声が飛ぶ。


「馬鹿者。それを早く言わんか。レミリア王女なら話は別だ。今すぐ会いに行く」


「……言う間もなく、忙しいと言っていたではないですか」


「何か言ったか?」


「いいえ、何にも」


 不満そうなグラエンを引き連れて、フェザートは入り口へと向かう。グラエンの言う通りレミリアが従者のエレワを連れて立っていた。


「これはレミリア王女、一別以来でございますな」


「はい。フェザート大臣もお変わりないようで」


「今回は一体どのような用向きで参られたのでしょう?」


「はい。実は……」


 レミリアの表情が曇る。


「私、ヨン・パオの大学を正式に退学し、エレワとともに転学先を探しているところでございます」


「何と? ヨン・パオの大学を? また、何かトラブルでも起こされたのですか?」


 サンウマ・トリフタの戦いの後、レミリアはフォクゼーレ当局とトラブルを起こして一時期ホスフェに退避していたことがある。また、そうした問題を起こしてしまったのであろうか。


 フェザートの何気ない言葉に対して、エレワが笑みを浮かべる。


 レミリアは一瞬、面白くなさそうな顔になったが、すぐに平静な顔に戻り、淡々とした様子で答える。


「いいえ、そうではなく、ヨン・パオの状況が色々と変わってまいりました」


「ヨン・パオの状況ですか?」


「はい。ワー・シプラスの戦いの後、軍の主導権はビルライフ・デカイトとアエリム・コーションが握ったのでございますが、彼らがどんどん政治への介入を強めているのでございます」


 レミリアの説明によると、軍はその本部において密告を奨励するようなことを始めたらしい。個々の住民に政治家や天主一族についての問題点などを書くように求めているという。


「彼らが言うには、仮に事実でないことを書いたとしても罰することはないそうです」


「それでは、あることないことが言われるでしょう」


 罰せられることがないのなら、恨みのある人物に対して好き勝手なことを言いそうなものである。


「はい。そうなってきますと、外国人でもあり、女である私などは何を言われたものか分かったものではありません。もちろん、私も散々なことを口にしていましたので、言われる分に関してはやむをえない側面もあります。私が反論すればいいのですが、軍が『政治家や天主一族に関しては事実でなくても構わない』と言っているということは」


「軍に関して文句を言う場合には、報復がありうるということですな」


 それは溜まったものではないだろう。フェザートは苦笑する。


「はい。しかも、軍のそうした指針に大学の多くの面々も賛同してしまいました。要は彼らも聖域化されることで好き勝手したいということなのでしょうけれど、そんなところにはとてもいられません。愛想が尽きたので出てきました」


「ふむう。軍が自分達の勢力を強めたくて、そのようなことをするというのは理解できますが、学生もというのは不可解ですな」


「たいした理由ではありません。ジュスト・ヴァンランが気骨ある学生をイルーゼンに連れていっている間に、学生の上層にいる連中を篭絡して、共同体のようになっただけです。学生にしても現状を批判するうえで軍がサポートしてくれれば、これほど安心できることはありませんからね。ということで、ホスフェにでも行こうかと思っております」


「しかし、ホスフェは現在、フェルディスとナイヴァルの間に囲まれた最前線でございますぞ。危険ではありませんか?」


「それはその通りではあるのすが……」


「どうでしょう? 国王陛下の教育役の地位を用意いたしますので、国王を導いていただけないでしょうか?」


 クンファに対する評価は微妙なところがある。凡庸というわけではない。ただ、例えばレファールやシェラビーといった相手国の一線級を上回るような才能があるかというとそうとも言えない。とはいえ、若いだけに優れた師を得れば伸びる可能性がある。


「私が、ですか?」


 レミリアは唖然としたが、しばらく考えて、「分かりました」と承諾した。



 翌朝、フェザートはレミリアを連れて王宮に向かった。簡単に紹介をして、レミリアの長所をアピールする。


「陛下、彼女はカタン王国の王女でございまして、この私も意見を仰いでいる存在でございます。また、ワー・シプラスの戦いの後、ヨン・パオで民衆が暴動を起こした裏にもこの方の存在がありました」


「そうなのか……」


 胡散臭げにしていたクンファも、幾つかの話を聞いて、乗り気になった様子を見せる。


 面白くない顔をしているのは、居並ぶ群臣達だ。


「その女性は幾つでございますか?」


「18ですが?」


 レミリアが答えると、タルハン・ミュラゴが「ハン」と鼻であしらう。


「陛下より年下ではないか。そのような女が陛下の教師役というのはどういうことであろう」


 という回答をするや否や、何かがプチンと切れるような音が聞こえた。いや、聞こえたというより、そんな感覚をフェザートの聴覚が抱いた。


「まず、貴方達がどのような存在か正確に存じ上げませんことをお詫びさせていただきたいと思います。さしあたり想像させていただきますに本日、コルネーの王宮に大樹のように生えているところを見ますと、遡ること数十年も同じく過ごされてきたのではないかと愚考いたします。私は確かに若輩ではありますが、15でカタンを出て四年近くを国外で過ごしております。一緒にされては溜まったものではありません」


「なっ……」


「賢者は子供の意見にも新しいものがあるのではないかと耳を傾けるものでございます。年齢と性別で全てを拒否する、あたかも植物のような方にあれこれと言われたくはございません」


 真っ赤になるタルハン・ミュラゴと対照的に、周囲の者は青くなった。と同時に、クンファが賞賛のまなざしを向けてくる。


 ただし、その中に「とんでもない奴が来た」というような畏怖の念があることもまた、否定できなかった。

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