第5話 新都市・シェローナ②

 一体、何者なのだ。レファールは最後に残った二人の挙動を確認する。


 年齢としては祖父と孫くらいに離れているように思えたが、年上の方が「殿下」と呼んだ以上血縁関係はないのであろう。また、外見からしても、歴戦の戦士といった男に対して、少年は眉目秀麗であり、全く違う。


(殿下ということは、アクルクアのどこかの御曹司ということか…)


 とはいえ、年端もいかない少年がいきなり支配するというのは穏やかではない。支配するのなら、故郷でやってほしいものである。


「…こんにちは」


 と、少年がレファールに気づいて声をかけてきた。それを見た男の方が慌てて振り返る。気づかれたのでレファールもそのまま挨拶をする。


「どうも…、ナイヴァル総主教の側近でレファール・セグメントと申します」


「レファール…。ということは、サンウマ・トリフタの?」


「えぇ、まあ…」


「ハルメリカから船で来る途中に伺いました。見事だったようですな。おっと失礼、私はアクルクアのホヴァルト王国から参りましたディオワール・フェルケンと申します。そしてこちらがホヴァルト王子のティロム・エレンセシリア様でございます」


「よろしく」


 ティロムと呼ばれた王子は、自ら前に進んできて手を差し出してきた。握手に応じたレファールは、彼の右手が思った以上に硬いことに驚いた。手を離す際にチラッと見ると、タコのようなものが何個か出来ている。おそらくは剣の練習でもしているのであろう。単に眉目秀麗なだけではないらしい。


(どうしたものかな…)


 先ほどの言葉はやはり気になるが、これを直接聞いた方がいいものかどうか。


「先ほど、ここには殿下の支配する国が、と言われていたようであるが?」


 結局尋ねてしまった。


「ああ、誤解を招くような言い方をしてしまいましたが、ここではありません。レファール殿はディンギア地方のことは知っておりましょう?」


「ええ、もちろん」


「あの地方はまだ統一を見てみないということで、私共で都市を作ろうと考えております」


「ディンギアに…?」


「というよりも、実は既に半分くらい出来上がっておりまして、名前もシェローナということで決まっております。今回は殿下にその下見をしていただこうということと、今後、ディンギアを統一するための傭兵を募ろうかと思いまして、やってきました」


「なるほど…」


 ディンギアに外部からの勢力が入ってくるということは初耳であったが、確かに部族同士の争いが多いと聞いている。まとまった勢力が外から来れば、統一できる可能性はあるかもしれない。


(部族同士で争っているのと、他所から入ってきた連中が統一するのと、どちらがいいのだろうな?)


 ナイヴァルやコルネーにとってはどちらがいいのか。正直分からない。


「先にラミューレ殿と一緒に行ったものも御仲間ですか?」


「そうです。彼らはセイハン・トレンシュ殿の仕事も行ってもらっていますが」


「貴殿は、殿下の護衛である、と…」


「はい。あとは、我々の活動について、あらかじめ理解していただこうという思いはございます」


「なるほど…」


 いきなりディンギア地方を統一した連中が現れれば、近隣諸国には脅威と受け止められる可能性が高い。あらかじめ話をしておけば警戒は薄れるし、場合によっては援助も受けられるかもしれない。


「ならば、領主のところまでは案内しますよ」


 レファールは二人をカルーグ邸まで案内することにした。



 カルーグ邸の屋敷まで近づき、入り口近くにいる少女にレファールは思わず呻く。


「まずいな…。怒れる姫がいる」


「怒れる姫?」


「あ、こちらの話です」


 入り口近くでメリスフェールがリュインフェアとともに縄跳びをして遊んでいた。先ほどまで怒られていたことを思い出し、また文句を言われそうだと内心で溜息をつくが、だからといって逃げるわけにもいかない。


(ま、なるようになるか…)


 シェラビーに話を通すには、逆にメリスフェールがいた方が有難いのも確かである。


「メリスフェール」


「あ、レファール。何か用?」


「シェラビー様のご都合を聞いてきてもらえないか?」


「は? シェラビー様の都合? そんなの自分で聞いてきなさいよ…」


 憎らしい口ぶりのメリスフェールが、少し視線をずらして目を見開いた。その視線の先にはティロムがいる。


「うん? あ、こんにちは」


 視線を向けられたティロムが笑顔を浮かべる。この笑顔がまた爽やかで優し気なものである。


「ちょ、ちょっと待っていて。確認してく…きます…」


 先程までの強気が一転、メリスフェールは軽やかな足取りで屋敷の中へと駆けていった。


「領主様の娘ですかな?」


 ディオワールの質問に、レファールは少し迷って「養女です。似たようなものですが」と答えた。


 五分程でメリスフェールが走って戻ってくる。


「大丈夫だって! あ、大丈夫です。応接室にいます」


「では、行きましょうか」


 レファールは二人とともに屋敷に向かう。メリスフェールはついてくることはなかったが、縄跳びの手を止めてティロムの後ろ姿に視線を向けていた。



「失礼いたします」


 応接室に入ると、シェラビーが足を組んで座っていた。入ってきた、二人を見て、二度ほど頷いた。


「…メリスフェールが珍しく浮ついた声をしていたから何事かと思ったら、なるほど」


「何でしょう?」


 視線を向けられたティロムが不思議そうな顔をする。どうやら、メリスフェールは一目惚れに近いが、ティロムはそうでもないらしい。


 レファールは二人を紹介し、ディオワールが経緯などを説明した。


 シェラビーはけげんな顔をしている。


「…貴殿らがディンギアに入植したいという事情は分かったが、ホヴァルトという国は聞いたことがない。恐らく知っていると思うが、我々はハルメリカと交易をしている立場であるからして、貴殿らを支援することでどうなるのかということは確認しておきたい」


「現状では、友好関係にあります」


「セイハン殿と一緒に来られておりましたので、敵対ではないかと思います」


 レファールも口添えをする。


「それならば問題はない。ディンギア地方がまとまることがナイヴァルにとってどうなのか、という点は政治的には何とも言えないが、交易拠点が一つ増えるということで我々にとってはプラスになると考えている」


「はい。そのような効果はあると思っております」


「傭兵をここで募ることについても、特に問題はない」



 その後も話は友好的に進み、一時間ほど情報交換や協力関係の下交渉などをして終わった。


 話が終わった後、シェラビーは夕食を共にしようと申し出て、従者に部屋を案内させる。レファールが続いて部屋を出ようとすると、「ちょっと待て」と止められた。


 二人きりになった部屋で、シェラビーが不敵に笑う。


「面白い連中が来たものだな」


「そうですね。ディンギアが統一されると、シェラビー様にとっては良くはないのかもしれませんが…」


「そんなことはないぞ。友好的な相手まで無理に従わせる統一をしたいとは思わん。例えばあの少年にメリスフェールを嫁がせて親族になることもできるわけだし、な」


「メリスフェール様には小ルベンスがいたのでは?」


「別に決まったわけではない。内諾すらない話だ。今後の状況でいくらでも変わる話だ」


「なるほど…」


 確かに、お似合いという点では美男美女同士ということもあり、ティロムの方が良さそうではある。


 と、同時に昼間のメリスフェールの「サリュフネーテを連れていってほしい」という言葉も思い出す。


(もし、俺よりシェラビー様にとって都合がいい相手が現れた場合には、これもなかったことにされるのかもしれないな…)


 もしそうなった時、自分はどう思うのだろう。


 しばらく考えるが、答えは見つからなかった。

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