5.レミリアとフォクゼーレ

第1話 改革派①

 フォクゼーレの帝都ヨン・パオ。

 その宿屋で、カタン王国第一王女レミリア・フィシィールは前の戦いの顛末を聞いていた。もちろん、遠いナイヴァル国境の話が全てそのまま伝わるわけではないが、レミリアは周辺の事情も踏まえて戦いを整理していた。



(不思議なのは…)


 負けたはずのコルネーに、敗者意識があまりないらしいことである。


 停戦協定に対して、ナイヴァルに資金融通しきんゆうづうをしたという噂があるし、兵站分へいたんぶんも含めた戦費は相当な額に上るはずである。コルネーの財政状況までは知らないが、決して楽な話ではないとレミリアは思っていた。


 財政だけの問題ではない。そもそも戦端はというとプロクブルの艦隊が奇襲で全滅したことにある。

 それに対して懲罰のための戦いを仕掛けるためねわざわざフォクゼーレと同盟を締結し、わざわざフォクゼーレ分の戦費を負担したのである。それなのに、懲罰なるどころか、フォクゼーレ軍が壊滅してナイヴァルの威勢を高めるという結果に終わった。


 コルネーにとっては大失敗である。



 しかし、フェザートの修正は早かった。いや、きちんと目標を筋立てしていたというべきであろうか。


 両国が戦っている間にウニレイバで船団を再結成して、それをコルネー東海岸に送り込むことに成功した。これによってナイヴァルが完全に制海権を制するという事態を防ぎ、適当な条件で停戦した。


 コルネーの、いや、フェザートの第一の危惧が制海権にあったのであるから、失敗したとはいっても目標達成である。しかも、負けたのはコルネー軍ではなくフォクゼーレ軍なのであるから、戦費は重いとしても、敗北意識にはつながらない。


「負けたのは奴ら(フォクゼーレ)である。我々は十分戦った」


 コルネー側ではこうなっているのである。


(戦費に関しては結局、税金という形で取り上げればいいのだし、コルネーの上層部にはあまり気にならないのであろう)


 レミリアはそう判断した。


 また、ナイヴァルを決定的な勝利に導いたのはコルネー出身のレファール・セグメントであるということもコルネーに知られるようになっていた。これは恐らくフェザートがそう仕向けたのであろうとレミリアは考えている。


「コルネーはやはり強いのだ。ただ、馬鹿な国王や貴族が優秀なコルネー人をナイヴァルに行かせてしまった。これをどうにかすべきである」


 現在はこういう論調になっているようであるが、最後を「どうにかするためには、レファールを見出したフェザート様に主導権を握らせるべきである」としたいのであろう。それによってフェザートの権限が大きくなる。


(フェザートは言葉の端々に『コルネーの改革をしたい』というようなことを含ませていた。彼にとっては、今回の流れは一番いい形だったのかもしれない)



 一方、その割を食らってしまったのがフォクゼーレである。


 こちらは、国内で誰が勝利者というような状態ではない。全員が負けであると言っていい。二万の兵が捕虜となり、帰ってくる見込みもない。将官クラスは戻ってきたが、それもナイヴァルに身代金を払ってである。


 おまけにコルネーやナイヴァルで「フォクゼーレ軍はたいしたことがなかった」となっている。面子も丸つぶれである。


(歴史を見ても、ここまでの大敗というのは中々ないのではないか?)


 とすら思えてくるほどの大敗である。責任者が処刑されていないのが不思議なほどであった。


(いや、全員、敗北というわけではない。この敗北をきっかけに、自分達の発言力を強化できる者は出て来るだろう)


 それができる人間は個人的には勝者となるであろう。



 その動向を見極めよう、と思いながらレミリアは大学へと向かっていた。


「もし、レミリア様でしょうか?」


 と、向かう途中で唐突に声をかけられた。


「はい。レミリアですが?」


 振り返ると、長身の若者が立っていた。若者とはいっても、16歳のレミリアよりはもちろん年上である。また、170センチ前後の背丈の者が多いフォクゼーレにおいては比較的背も高い方であった。


「私は、フォクゼーレ軍のジュスト・ヴァンランと申します」


「はあ、そうですか…」


 レミリアは気の抜けた答えを返しながら、何故この人物が自分に近づいてきたのかを考える。


(直接的な動機は私がカタンの王女だからだろう。しかし、フォクゼーレ軍がカタンの王女に接近する理由は何がある?)


 カタンはフォクゼーレの従属国であるから、その王女に何かをしてもらうメリットはないであろう。


 ならば、自分の能力を買ってのことであるか。それもないであろう。ある程度頭がいいとは自負しているが、軍隊に携わった経験はない。どれだけ人材に困っていたとしても、他国から大学に来ている軍事経験なしの者を招くことはない。


(となると、フォクゼーレ軍内部において、カタンの権威を借りて何かをしたいのだろう)


 レミリアはそう結論づけた。要はフォクゼーレ軍内部の政争である。


(正直、参加すべきではない)


 という結論になるのも早い。


 もちろん、それにより軍での発言権を得る可能性はあるが、失敗した場合どうなるであろうか。威信を失ったフォクゼーレ軍の懲罰的な軍がカタンに向けられる可能性もある。


(フォクゼーレ軍が弱いとしても、カタン軍もどっこいどっこいだろう。となると、負けるのが濃厚である)


「レミリア様のことは聞いております。できましたら、我々のために一度ご助言をいただければと思いまして」


「私の、ですか? 私のような小娘の意見を聞いてどうしようというのです?」


「そう卑下なさらないでください。コルネーの海軍大臣も意見を伺っていたではありませんか」


「……まあ、それはそうですが」


 一瞬驚いたが、特別隠し立てしていたわけではないし、当時はコルネーとフォクゼーレは同盟を締結しようとしていた時である。それをウダウダ文句言われる筋合いもない。レミリアは堂々と応じた。


「講義がおありだと思いますので、終わりましたら時間を割いていただけないでしょうか?」


「分かりました」


 コルネーはOKだけど、フォクゼーレはダメというわけにはいかない。レミリアも承諾せざるをえなかった。



 夕方、講義から戻ろうとするレミリアの前に、ジュストともう一人の人物がいた。


「クレーベト・イルコーゼです」


 そう挨拶するのは、30前後くらいの眼光の鋭い女性であった。どうやらこの女が責任者かあるいは責任者の一つ下くらいのポジションの人間であろうと見当づける。


 二人を伴って、泊りがけしている宿屋の広間に向かった。そこに座り、二人を前にする。


(何か尋問でもされそうな雰囲気ね…)


 一応、カタンからの人間は宿の中に二人いるので、不安はないが、緊張はせざるをえない。


「今回の敗戦を受けまして、軍内部で色々検討をしているのですが、王女殿下は共同軍を組織すべきではない、と提案されていたとか?」


「ああ、言いましたね」


 フェザートはフォクゼーレ軍に提案していたのか。そこまで突っ込んだ話はしないと思っていただけに、レミリアにとっては少し意外な話であった。


「両軍が同じ方向から来るのであれば、軍が多くても脅威は少ないと思いました。フォクゼーレ軍は無理をしてでも、北か東からバシアンを目指すべきだとは言いました。ただ、同盟を締結したばかりの両者の間に強い信頼関係を求めるのも厳しいですから、その方向でいかなかったことも理解しています。ただ……」


「ただ?」


「それがフォクゼーレ軍の失敗の最大の要因でもあって、結局、今回の戦いでフォクゼーレ軍は何をしたかったのかが全く分からなかったというのが大きいのではないでしょうか。フォクゼーレが対ナイヴァルに出たのは、イルーゼンを巡る状況があったのではないかと思いますが、それなら多少出費をしてでもイルーゼンから向かう方が良かったはずです。イルーゼンに対する示威活動にもなったと思いますので。結局は楽して、勝てればいいという安易な思いがあったのが良くなかったのではないでしょうか?」


「……心しておきます」


「あ、すみません。別に苦言を呈したわけでは…」


 と言い訳はしたものの、苦言以外の何者でもないよな、とレミリアは内心で苦笑した。

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